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第9話

 午後の日差しが、バニー・フォース作戦司令室のブラインドの隙間から数条の光の帯となって差し込んでいる。

 空気中には微かなコーヒーの香りと、冷却ファンの低い作動音が漂っていた。


 俺は、午前中の訓練でミナが見せた一瞬の曇った表情のことがどうにも頭から離れず、デスクで冷めかかったコーヒーをすすりながら、重いため息を飲み込んだところだった。

 胃がまたシクシクと存在を主張し始めている。


 その時だった。


 けたたましいアラート音と共に、司令室の壁一面を占める大型メインモニターに『JDF本部ヨリ緊急通信』の赤い文字が躍った。


「なんだ?  デビルズの襲来か?」

 

 俺は反射的に身構え、コーヒーカップを叩きつけるようにデスクに置くと、応答回線を開いた。

 

「こちらバニー・フォース司令、真田ハヤト。どうした、緊急か?」


 モニターの映像が切り替わり、そこに映し出されたのは、ヨレヨレの白衣に身を包み、見たら目の下に濃い隈が刻まれた、いかにも「寝食を忘れて研究に没頭してます」といった風情の女性だった。


 紫藤マドカ博士。


 逆バニースーツをはじめとする、我がバニー・フォースのイカれた装備の数々を生み出した張本人であり、JDF科学技術局のトップに君臨する天才(そして間違いなく変人)だ。

 長い黒髪は無造作にまとめられ、フレームの太い眼鏡の奥からは、睡眠不足とカフェイン過多で爛々と輝く瞳がこちらを睨みつけている。


「真田司令! 緊急事態よ! 超々緊急事態! 私がここ数ヶ月、不眠不休不潔で開発に心血を注いできた『感情増幅装置』の試作品が、今夜! 秘密裏に! 最終テスト施設へ移送されることになったんだけど! どうやらデビルズのクソったれ共に、その情報が一部漏洩した可能性があるのよぉぉぉ!」

 

 スピーカーから響くマドカ博士の甲高い声は、既に半分パニックを起こしている。

 相変わらず、人の話を聞く前に自分の言いたいことだけをマシンガンのようにまくし立てる女だ。


「落ち着け、マドカ博士。まず深呼吸をしろ」


 俺は冷静に促すが、彼女が聞く耳を持つはずもない。

 

「深呼吸してる暇があったら、アンタたちはとっとと出撃準備なさい!  あの装置はね、いいこと?  アレはね、逆バニースーツが誇る『羞恥心その他モロモロ感情エネルギー変換効率』を、文字通り桁違いにブーストさせる代物なの! これでデビルズの野郎どもを宇宙のチリにしてやれるんだから!」

 

 胸の前で両手を握りしめ、熱弁を振るうマドカ博士。

 その言葉に、司令室に詰めていたバニー・フォースの面々の間に緊張が走った。


 最初に声を上げたのは、やはりミナだった。

 彼女はいつの間にか俺のデスクのすぐそばまで来ており、目をキラキラと輝かせている。

 

「それって、私がもーっと強く、もーっと派手に戦えるってことですか!?」

「そういうことよ!  あなたのその有り余る元気と恥じらいが、そのまま超絶火力に転換されるの! 素晴らしいでしょう!?」

「すっごーい!」


 俺はこめかみを押さえながら、マドカ博士に本題を促す。

 

「博士、話は分かった。それで、俺たちバニー・フォースへの任務内容は?」

「よくぞ聞いてくれたわ、真田司令! 今夜0時から24時間、極秘裏に稼働テストを行う試験施設及びその周辺エリアの完全警護! そして、万が一、億が一にもデビルズの襲撃があった場合、何としてでも装置を死守すること! これはJDFの総力を挙げたプロジェクトなの。失敗は絶対に許されないわよ!  いいこと、絶対に、よ!」


 念を押すように指を突きつけてくるマドカ博士。

 その剣幕に、俺は溜め息をもう一つ重ねた。


 すると、それまで黙って話を聞いていたミナが、ドンッ!と自分の胸を力強く叩いた。

 

「博士!  お任せください!  私が!  この橘ミナが!  最前線でどんなデビルズの群れだって食い止めてみせますから!」

 

 自信満々に言い切るミナ。

 その琥珀色の瞳には、強い使命感と、そして…………ほんのわずかだが、焦りのようなものが浮かんでいるのを俺は見逃さなかった。

 まただ。

 午前中の訓練で見せた、あの張り付いたような笑顔の奥にある何かと同じ種類の気配。


「敵の規模、予想される戦力、及び試験施設の詳細なデータは?」


 冷静な声でアイリが状況分析に必要な情報を要求する。

 彼女は既に携帯端末を取り出し、高速で何かを打ち込み始めていた。

 さすがは我が隊のクールビューティー担当、少しも見習ってほしいものだ、誰とは言わんが。


 そして、もう一人。

 部屋の隅で、小動物のように成り行きを見守っていたカレンが、心配そうに小さな声で呟いた。

 

「あの……ミナちゃん、そんなに一人で頑張らなくても……私たちも、いますから……」

 

 俺はミナに釘を刺すように言った。

 

「橘、油断は禁物だ。博士の言う通り、失敗は許されない任務だ。お前一人の力でどうにかなると思うな。全員で連携して任務にあたる。いいな?」

「はいっ!  司令官!  もちろんです!  みんなで力を合わせれば、どんな敵だってへっちゃらですから!」


 ミナは満面の笑みで力強く返事をする。

 …………その笑顔に、もう先程のような翳りは見えない。

 だが、それが逆に、俺の胸のざわめきを大きくさせた。


 モニターの中のマドカ博士は、「じゃあ、そういうことで! 健闘を祈るわよ、バニーちゃんたち!」と一方的に通信を切った。

 嵐のような女だ。


 俺は、司令官席から立ち上がり、バニー・フォースの面々を見渡した。


 「――バニー・フォース、出撃準備!  これよりブリーフィングを開始する!」


 俺の号令と共に、ミナは「はいっ!」と誰よりも大きな声で返事をし、弾かれたように作戦司令室を飛び出していく。

 その小さな背中を見送りながら、俺はまたしても、得体の知れない一抹の不安を感じずにはいられなかった。


(頼むから、何も起こってくれるなよ…………)


 そんな俺の切なる願いが、このイカれた世界で聞き届けられた試しは、残念ながら一度もないのだが。

 

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