第8話
「ったく、あのお調子者は……」
俺は、広大なJDF基地内バニー・フォース専用訓練場の管制室で、眉間に深く刻まれた渓谷をさらに深くしながら、メインモニターに映し出される訓練風景を眺めていた。
この訓練場のドーム型天井は、最新の光学迷彩技術で青空を映し出しているが、俺の心は一向に晴れやしない。
モニターの中央で、オレンジ色の光を閃かせて跳ね回っているのは、橘ミナ。
腰まで届きそうなオレンジ色のツインテールを元気いっぱいに揺らしている少女だ。
彼女の輝く琥珀色の瞳は常に好奇心でキラキラしていて、小柄ながらも引き締まった身体は、驚異的な運動能力を秘めている。
そして、その彼女が身にまとう「逆バニースーツ」が、俺の視線を半ば無理やり引きつける。
いや、正確には彼女の「露出した肌」が、だ。
通常のバニースーツとは逆に、ミナの手足は黒い光沢のある素材で完全に覆われ、首元には純白の襟と小さな蝶ネクタイ、手首には白いカフスが輝いている。
頭には象徴的な長いうさ耳のカチューシャ、腰の後ろにはふわふわとした白い尻尾。
それらは全て制服的な厳格さを感じさせるのに、胴体部分だけが大胆に解放されていた。
胸から腹部にかけて、背中の大部分まで、ほとんど何も身につけていないに等しい。
肌理の細かい彼女の白い素肌が、激しい動きのたびに汗で艶やかに輝いている。
胸の膨らみはそれほど大きくないが、引き締まった腹筋と相まって、ある種の官能的な美しさを放っていた。
そのミナが、訓練場の模擬ターゲット――デビルズの姿を模した巨大な多関節機動兵器――に向かって、何やら叫んでいるのがスピーカー越しに聞こえてきた。
「司令官! 見てくださいよ、私の新技! 名付けて『シャイニング・サイクロン・バニー・アタック』! いっきまーす!」
おい、そのネーミングセンスはどうにかならんのか。
そんな俺の心のツッコミなど知る由もなく、ミナは言葉通り、まるでオレンジ色の竜巻のように高速回転しながらターゲットに突っ込んでいく。
スーツの露出した胸元や腹部、そして背中から、瞬間的にオレンジ色のエネルギーフィールドが薄く明滅するのが見える。
回転する彼女の体が一瞬スローモーションになったかのように見え、引き締まった腹筋の一つ一つ、鎖骨の繊細なライン、汗で濡れた背中の弧線が鮮明に映し出される。
あれが、羞恥心やら何やらをエネルギーに変換している証なのだろう。
馬鹿げている。
そんな非科学的な原理で本当に戦えるはずがない――と冷静な軍人である俺は思いたい。
思いたいのだが、それでも目の前で起きている現象は紛れもない現実だ。
ドゴンッ! と、模擬ターゲットの分厚い装甲に、ミナの小さな身体から放たれたとは思えないほどの衝撃が叩き込まれ、ターゲットが大きくよろめいた。
威力だけは、確かに申し分ない。
だが――。
「うひゃっ!?」
勢い余ったミナは、着地に見事に失敗し、訓練場の床をごろごろと転がって、大の字になった。
額には汗が滲み、ぜぇぜぇと肩で息をしている。
その姿勢で、彼女のスーツで覆われていない胴体部分が余計に強調され、上下に激しく動く胸や、汗で光る平らな腹部が否応なしに目に飛び込んでくる。
俺は視線を逸らし、マイクのスイッチを入れ、努めて冷静な声で呼びかける。
「派手なのはいいが、もっと防御を意識しろ。今の動きは実戦ではただの的だ」
「へへっ、大丈夫ですよ司令官! 当たらなければどうということはないってヤツです!」
ミナは悪びれもせず、額の汗を手の甲で拭い、ニカッと太陽みたいな笑顔をこちらに向けてくる。
彼女が上体を起こす仕草で、鎖骨から胸元にかけて流れ落ちる汗の雫がゆっくりと肌を伝い、黒いスーツとのコントラストがさらに際立つ。
だが、その笑顔はいつも通りのはずなのに、ほんの一瞬、どこか張り付いたような、不自然な硬さを見せた気がした。
「……はぁ」
思わず、深いため息が漏れる。
このやり取りも何度目だろうか。
と、その時、ミナの隣で長大な対物ライフル――これも対デビルズ用にカスタマイズされた特殊狙撃銃だ――の調整を行っていたもう一人の隊員、白雪アイリが、温度の感じられない声で口を開いた。
アイリもまた、ミナと同じ「逆バニースーツ」を身にまとっていたが、その雰囲気は全く異なっていた。
長身でスレンダーな体型に合わせた銀色のスーツは、四肢を完璧に包み込み、手首と首元の白い襟元が凛とした空気を醸し出す。
そして逆バニー共通の特徴である胴体部分の大胆な露出も、彼女の場合は氷の彫刻のような冷たい美しさを放っていた。
豊かとは言えないまでも整った胸の形、華奢な肩から背中にかけての繊細な曲線、引き締まった腰のラインが、完璧な彫像のように磨き上げられている。
「あなたのその『大丈夫』が、最も信頼性の低いファクターです。過去の戦闘シミュレーションデータに基づけば、あなたの予測被弾率はチーム内で突出して高い数値を記録しています」
アイリの言葉に合わせて、銀色に輝く長い髪が揺れる。
彼女は常に無表情だが、鋭い氷青色の瞳には計算しつくされた冷静さが宿っていた。
彼女が調整のために銃を持ち上げた瞬間、その動きに合わせて露出した腹部の筋肉がわずかに緊張し、綺麗に引き締まった腰のラインが強調される。
それでいて、彼女の表情や態度には一切の羞恥心らしきものが見えない。
ミナはアイリの的確すぎる指摘に、頬をぷくりと膨らませた。
その仕草と共に彼女の胸元が揺れ、汗で濡れた肌がさらに光を反射して輝いた。
「むっ、アイリは相変わらずカタいなぁ。心配性なんだから! 大丈夫だって言ってるでしょー?」
「その『大丈夫』の論理的根拠を提示してください。感情論ではなく、再現可能なデータに基づいて」
「うぐっ……そ、それはそれとして! 気合とド根性で何とかなるもーん!」
ミナが立ち上がる動作で、彼女の胴体部分がより露わになる。
汗で濡れた素肌が訓練場の光を浴びて艶やかに輝き、その少女らしい体つきが意図せず強調されていた。
引き締まった腹筋と背筋のラインが美しく、動くたびに筋肉が波打って見える。
(橘ミナのポテンシャルは間違いなく高い。あの底抜けの明るさと行動力は、時に絶望的な戦況すらひっくり返す起爆剤になる。だが、その反面、あまりにも危うすぎる。アイリの言う通り、いつかその無謀さが命取りになるんじゃないか……)
俺の視線がモニターに映るもう一人のメンバー、早乙女カレンに移る。
カレンは訓練場の片隅で、静かに座禅を組んでいた。
彼女もまた「逆バニースーツ」を着用しているが、その雰囲気はミナともアイリとも全く異なっていた。
肩までの柔らかな薄紫色の髪に優しい紫色の瞳、常におっとりとした表情を浮かべる彼女のスーツは、淡い藤色。手足を覆う部分と胴体の露出部分のコントラストが不思議に調和していた。
彼女の場合、女性らしい柔らかな曲線を持つ体つきが美しく露わになっており、その姿はどこか神聖ささえ感じさせる。
座禅を組む姿勢で、引き締まった腹部と整った胸元のラインが静かに呼吸に合わせて上下する様子は、まるで古代の女神像のようだった。
俺の胃が、またキリリと痛んだ気がした。
このどうしようもない部隊の指揮官に任命されてからというもの、胃薬が手放せない。
奇妙な装備、奇妙な戦闘理論、そして日に日に上がってくる脅威のレベル。すべてが俺の軍人としての常識を根底から覆していく。
ピピピピッ!
無情な電子音が訓練場に響き渡り、今日の基礎訓練の終了時刻を告げた。
俺はマイクに向かい、意識して重々しい声で告げる。
「今日の訓練はここまでだ。各自、装備のメンテナンスを怠るな」
「「「はーいっ!」」」
モニターに映るヒロインたちが、それぞれの特徴的な立ち姿で応答する。
日差しを浴びる彼女たちの肌は、それぞれに異なる輝きを放っていた。
ミナのそれは健康的な活力に満ちた輝き、アイリは冷たい月光のような神秘的な白さ、そしてカレンは柔らかな春の日差しのような温かみのある艶。
三者三様の「露出」でありながら、そのすべてに共通するのは、バニー・フォースのメンバーとしての誇りだった。
ミナは誰よりも元気な声で返事をしたが、その声がスピーカーから聞こえてきた瞬間、モニターの中の彼女の表情が、ほんのコンマ数秒だけ、暗く曇ったのを、俺は見逃さなかった。
その小さな翳りは、俺の胸に、新たな懸念の種を蒔いた。