第5話
『緊急警報! 緊急警報! 都市部A-7区画にて、高エネルギー反応を確認! デビルズの大規模侵攻と判断! 付近の第3正規部隊、応答せよ!』
スピーカーから緊迫した音声が流れる。
『こちら第3正規部隊! 敵が予想以上の数だ! くそっ、囲まれた! 増援を……ぐあっ!』
通信が途絶える。
指揮ブースのコンソールに、A-7区画の惨状が映し出される。
黒煙、破壊されたビル、そして無数のデビルズの影。
俺の表情が凍りつく。
同時に、隣に立つ三人の少女たちの顔にも緊張が走る。
「司令官……」
ミナが決意を宿した目で俺を見る。
「行かせてください」
「馬鹿を言うな! 君たちはまだ実戦経験がない!」
「でも、私たちなら戦えます! 正規部隊がダメなら、私たちが行くしかないじゃないですか!」
「論理的に考えて、現時点で最も有効な戦力は我々です」
アイリも冷静に、だが強い意志を込めて言う。
「お願いします、司令官。わたしたち、本気なんです」
カレンも震える声で訴える。
俺は三人の目を見た。
そこにあるのは、恐怖ではなく、使命感と覚悟だった。
こんな少女たちを戦場へ?
俺の中の常識と軍人としての理性が激しく抵抗する。
「…………わかった」
俺は深呼吸し、決断する。
「出撃準備! だが、忘れるな。作戦中の指揮権は俺にある。俺の指示には絶対に従え。危険と判断したら、即座に撤退する。いいな?」
「「「はい!」」」
力強い返事が、訓練室に響いた。
彼女たちはすぐさま格納庫へと走り出す。
俺はコンソールを睨みつけながら、固く拳を握りしめた。
守る。
この子たちを、そしてこの街を。
俺の指揮で、絶対に。
◇
JDF基地の巨大な格納庫は、出撃前の慌ただしさに満ちていた。
メカニックたちが走り回り、整備用のドローンの飛行音が響く。
その中で、俺たちバニー・フォースの準備は異様な注目を集めていた。
まあ、無理もない。
あの格好だ。
「最終チェック、急げ!」
俺が指示を飛ばしていると、背後から嫌味な声がかかる。
「よう、真田。噂は本当だったようだな。お前が、例の『バニーさん部隊』の指揮官様とはな」
振り返ると、そこにはJDF正規軍のエース、速水ケイ大尉が腕を組んで立っていた。
士官学校時代からの、腐れ縁というか、一方的に俺をライバル視している男だ。
「任務だ」
俺は短く答える。
こいつと口論している暇はない。
「任務、ねえ」
速水は鼻で笑い、ミナたちの姿を値踏みするように見る。
「こんな見世物でデビルズが倒せるなら、苦労はしねえよ。なあ、お前ら」
正規兵たちがどっと笑う。
ミナがカッとなって言い返そうとするのを、俺は手で制した。
「速水、貴様と話している時間はない。現場へ急ぐ」
「まあ待てよ、真田」
速水の表情が少し真剣になる。
「今回のデビルズは、ちっと様子が違うぞ」
「何?」
「やけに統率が取れてる。まるで、誰かが指揮しているみたいだ。それに……妙な精神攻撃を仕掛けてくる。兵士たちの恐怖心を煽るような……そんな感じだ」
感情を操作する能力……。
マドカ博士の言葉と、速水の報告が繋がる。
これは厄介なことになった。
「だからよ、こんなド素人の姉ちゃんたちを連れて行くのは自殺行為だぜ。おとなしくここで待機させとけ。現場は俺たちプロに任せな」
「部隊の運用は俺が決める」
俺は速水を睨みつける。
「彼女たちには、お前たちの知らない力がある」
「力だと? あのふざけた格好がか? 馬鹿も休み休み言え!」
速水が声を荒らげる。
「お前、あの子たちを死地に送るつもりか!?」
死地……。
その言葉が、俺の心の奥底にある古傷に触れた。
両親の最期の姿がフラッシュバックする。
「黙れ!」
俺は気づけば、速水の胸ぐらを掴んでいた。
格納庫の空気が凍りつく。
「俺は……部下を死なせるつもりはない。絶対にだ」
低い声で言い放つと、速水は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにニヤリと歪んだ笑みを浮かべた。
「……へっ、その目だ。それでこそ『鋼の司令官』様だよ。久しぶりに見たぜ、お前が本気になるのを」
俺はハッとして手を離す。
いかん、感情的になりすぎた。
「……せいぜい足手まといにならねえよう、祈ってるぜ」
速水は制服の襟を直し、部下たちに顎をしゃくる。
「行くぞ、お前ら! バニーさんたちの前座は、俺たちが務めてやる!」
捨て台詞を残し、彼らは自分たちの輸送機へと向かっていく。
「司令官、大丈夫ですか?」
心配そうにミナが声をかけてくる。
アイリとカレンも不安げな表情だ。
「問題ない」
俺は深呼吸して平静を取り戻す。
「速水はああいう男だが、腕は確かだ。現場では彼の部隊との連携も重要になる。心しておけ」
「「「はい!」」」
少女たちの力強い返事に、俺はわずかに勇気づけられる。
いつの間にか、俺はこの奇抜な部隊の可能性を、本気で信じ始めているのかもしれなかった。