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第27話

 アイリの初期型スーツは、彼女が普段着用している洗練されたデザインとは比較にならないほどシンプルかつ大胆で、その白い肌の露出面積は、普段のミナやカレンの比ではない。

 明らかに「実用性」よりも「羞恥心」を最大限に引き出すことだけを目的とした、狂気の設計思想が透けて見える。

 

 アイリの表情は、恐怖、戸惑い、怒り、そしてほんのわずかな……覚悟。

 複雑な感情がモザイクのように入り混じり、美しいまでに整った彼女の顔を奇妙に彩っていた。


「グルルルル……アアアア……」


 俺たちを取り囲むデビルズの群れが、その数をさらに増しながら、じりじりと距離を詰めてくる。

 先程までの黒い人型から、その体表はドス黒い赤みを帯び始め、まるで内側からマグマでも噴き出しそうな不気味な輝きを放っていた。

 アイリの、今まさに溢れ出ようとしている感情の奔流に、奴らが直接反応しているのだ。


「奴ら……感情を、特に強い負の感情を餌にしてやがるのか……!」

 

 俺は歯噛みしながら分析する。


「恥ずかしさや恐怖、絶望……今の俺たちは、奴らにとっては極上のフルコースってわけだ……!」

「だとしたら……」


 俺の隣で、アイリが息を呑むのが分かった。

 彼女の青い瞳に、絶望ではない、別の色の光が閃いた。


「私のこの能力で……奴らを、飽和……過負荷状態に、できるかもしれません……!」


 アイリは、その場で深く、深く息を吸い込んだ。

 そして、ゆっくりと目を閉じる。


 まるで、長年固く閉ざし続けてきた、心の奥底にある重い扉を、今まさに開け放とうとしているかのように。

 

 恥ずかしさ。恐怖。無力感。

 

 そして、それらを遥かに凌駕するほどの、仲間を、いや……目の前にいる俺を、守りたいという、焼け付くように強い思い。


 彼女の全身から、これまで感じたことのないほど濃密な感情のオーラが、まるで陽炎のように立ち昇り始める。

 周囲の空気がビリビリと振動し、近くにいたデビルズの数体が、その赤い体表をさらに禍々しく発光させ、苦しそうに身悶え始めた。


「この……この感覚……!  私の、能力が……感情が……!  暴走、する……!」

 

 アイリの声が、歓喜と恐怖がないまぜになったように震える。

 彼女の銀色の髪が、まるで意思を持ったように逆巻く。

 

「制御しようとするな!  考えるな!  感じろ!  その流れに、身を任せるんだ!」


 俺は、理屈ではなく、直感で叫んでいた。

 今、彼女に必要なのは、完璧な制御ではなく、完全な解放なのだと!


 アイリは、震える手を、俺に向かって伸ばしてきた。


 俺は、迷わずその小さな手を、強く握りしめた。

 冷たい。だが、その奥に、熱いマグマのようなエネルギーの奔流を感じる。


 その瞬間だった。


 俺たちの間に、まるで稲妻が走ったかのような、強烈なセンセーションがほとばしった。

 ビリビリとした共鳴。

 俺の感情と、アイリの感情が、互いに引き寄せられ、混ざり合い、そして凄まじい勢いで増幅していく!

 

「な、何が……これは……!?」


 俺は驚きに目を見開く。


「私の能力が……あなたの感情も、増幅して……! そして……!」


 アイリは、息も絶え絶えに、しかし確かな力強さで言った。

 

「――そして、守りたいという、このどうしようもない気持ちだろ!」


 俺が、その言葉を継いだ。

 そうだ、この感情は、紛れもなく俺自身のものだ!


 俺とアイリの間に、目に見えるほどの青白い光の帯が生まれ、螺旋を描きながら天へと昇っていく。

 

 それぞれの逆バニースーツのエネルギー出力ゲージが、ありえないほどの勢いで振り切れる!

 

  周囲のデビルズは、その圧倒的な感情エネルギーの奔流に当てられ、明らかに混乱したように動きが鈍り、一部の個体は、まるで内側から破裂するように、赤い光を撒き散らしながら崩壊し始めた!


「今だ!  やるぞ!」


 俺は彼女に合図を送る。


「……はいっ!」


 アイリは、その増幅された感情エネルギーを、スノーウルフではない――彼女自身の手から放たれる、純粋な破壊の光線に変えて、正確無比に敵のコアを撃ち抜いていく!


 逆バニースーツの原始的な力と、彼女の覚醒した能力が融合したその攻撃は、まさに圧倒的だった。

 デビルズは、もはや抵抗することすらできず、次々と光の中に消滅していく。


 戦いの最中、アイリの顔には、止めどなく涙が流れ続けていた。

 だが、それはもはや絶望の涙ではない。


 彼女の青い瞳には、これ以上ないほど強く、そして美しい決意の光が宿っていた。


「私は……感情を……持って、いいんですね……!  こんな私でも……!」


 彼女は、まるで自分自身に言い聞かせるように、戦いながら叫ぶ。

 

「当たり前だ!」

 

 俺もまた、彼女に向かって叫び返した。


「それが、お前の本当の強さなんだ!  誰にも否定させやしない!」


 そして、ついに最後の敵――この地域のデビルズを統括していたのであろう、ひときわ巨大で禍々しいオーラを放つ、エモーショナル・ハンターの親玉――が、怒りの咆哮と共に俺たち二人に向かって突進してきた。


 その巨体は、アイリの感情の高ぶりに呼応するかのように、さらに膨れ上がり、全身から血のような赤い蒸気を噴き上げている。

 俺とアイリは、同時に互いを見つめ、無言のまま、しかし確かな了解を交わした。


 俺たちは、再び強く手を握り合った。

 

 アイリは、今度こそ、彼女が持つ全ての感情を、一切の躊躇なく解放した。

 

 恐怖、恥ずかしさ、怒り、悲しみ、そして……何よりも強く、大きく、全てを包み込むような、守りたいという、愛にも似た思い。


 それらが全て融合し、俺の感情と激しく共鳴し、俺たちの身体を中心に、巨大な青白いエネルギーの渦が巻き起こる!


「今ですっ!  司令官!」


 アイリが、これ以上ないほど晴れやかな声で叫んだ。


 俺たちは、同時に、その共鳴した全エネルギーを、眼前の最後の敵に向けて解き放った!


 天を衝くほどの青白い光の奔流が、周囲の全てを包み込み、エモーショナル・ハンターの親玉は、断末魔の叫びを上げる間もなく、その圧倒的な浄化の光の中で、塵一つ残さず消滅していった。


 ……光が、ゆっくりと収まっていく。


 後に残されたのは、破壊し尽くされた廃墟と、そして……疲労困憊で肩で息をしながらも、まだ固く手を握り合ったまま、そこに立つ俺とアイリの姿だけだった。

 

 アイリの顔には、初めて見る、本当に自然で、穏やかで、そして……どこまでも優しい微笑みが浮かんでいた。


「……私たち……やりましたね、司令官」

 

 彼女の声には、涙の跡が残ってはいたが、それ以上に、確かな自信と、そして解放されたことへの喜びのような、新たな響きがあった。


「ああ……」


 俺は、疲れ切った表情の中に、それでも安堵の笑みを浮かべて答えた。


 「君は……白雪アイリは、本当の力を見つけたんだ」

「……私は……まだ、怖いです」


 アイリは、それでも正直に告白した。


「自分の感情を持つことが、この能力を使うことが……でも……」

「それでいい。これから、一緒に学んでいこう」


 俺は、彼女の冷たかった手を、今度は優しく握り直した。


「焦る必要はない。一歩ずつで、いいんだ」


 その時、遠くから、ヘリコプターのローター音が聞こえ始めた。

 おそらく、マドカが手配してくれた救援だろう。


 俺とアイリは、互いの顔を見つめ合い、言葉にはならない、静かな、しかし確かな理解を共有した。


 白雪アイリの、本当の戦いは、そして本当の人生は、きっと、ここから始まるのだ。

 そして俺は、その隣で、彼女のその歩みを支えていこう。


 そう、強く心に誓った。

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