第2話
国立感情科学研究所の地下実験室は、青白い光と未来的な機材で満ちていた。
消毒液とオゾンの匂いが混じり合った、独特の空気が鼻をつく。
「あら、あなたが新しい司令官さんね。お待ちしてました!」
白衣を着た、紫色の長いポニーテールの女性が、満面の笑みで俺を迎えた。
紫藤マドカ博士。
この狂気のスーツの開発責任者だ。
見た目は若いが、その瞳の奥には底知れない知性が宿っているように見える。
「単刀直入に聞かせてもらう。あのスーツは一体何なんだ」
俺はぶっきらぼうに問いかける。
もう丁寧な言葉遣いを心がける余裕はない。
「あらあら、そんなに怖い顔しないで」
マドカ博士は悪びれもせず、巨大なホログラムディスプレイを操作する。
「説明するわ。まず、デビルズのことからね」
ディスプレイに表示されるのは、おぞましい姿のデビルズと、人間の脳の活動を示す複雑な図表。
「デビルズはね、人間の『負の感情』をエネルギー源にしてるの。特に、恐怖、怒り、嫉妬……そして、最も彼らが好むのが『抑圧された感情』よ」
「抑圧された感情……」
「そう。だから通常の兵器じゃダメージを与えられない。彼らは感情のエネルギーそのものに近い存在だから」
マドカ博士は指先でホログラムを操り、グラフを示す。
「でもね、ある大発見があったのよ。人間の感情の中で、一つだけデビルズにとって『毒』になるエネルギーを生み出すものがあったの」
「毒……?」
「ええ。それはね……」
彼女は悪戯っぽく笑う。
「『羞恥心』よ。それも、ただの羞恥心じゃない。『克服された羞恥心』から生まれる特殊なエネルギーフィールド。私たちはそれを『逆羞恥フィールド』って呼んでる」
「羞恥心……が、武器になる、と?」
頭がクラクラしてきた。
俺はエリート軍人だぞ。
こんな非科学的な話、信じられるわけがない。
「非科学的だと思うでしょ? でも、データは嘘をつかないわ」
マドカ博士は自信満々に胸を張る。
「そして、その逆羞恥フィールドを最大効率で発生させるために設計されたのが、これ!」
ホログラムに、例の逆バニースーツの三次元モデルが映し出される。
「名付けて、『逆バニーバトルスーツ』! 最大の羞恥心を引き起こし、それを乗り越えることで最強のエネルギーを生み出すための究極装置よ!」
どうやら彼女は本気らしい。
しかも、妙に楽しそうだ。
「露出部分ほど防御力が高いのは、着用者に『恥ずかしい! でも脱げない! だってここが一番安全なんだもん!』っていう究極の葛藤を与えるため。この矛盾した感情の克服こそが、エネルギー増幅の鍵なのよ!」
「……狂ってる」
俺は思わず呟いていた。
「褒め言葉として受け取っておくわ。とにかく、このスーツを着こなせるのは、強靭な精神力と、高い羞恥心を持ち合わせ、なおかつそれを乗り越えられる特別な才能を持つ少女だけ。だから、あなたに白羽の矢が立ったのよ、彼女たちを率いる指揮官としてね」
「俺に、羞恥心を克服する精神力があるとでも?」
「さあ? でも、そういう不条理な状況でこそ輝くタイプに見えるわよ、あなたは」
マドカ博士は意味深な笑みを浮かべる。
「……もう一つ、聞きたいことがある。デビルズの目的は何なんだ? 単なる侵略ではなさそうだが」
「あら、鋭いわね。それについては……」
彼女が何かを言いかけた瞬間、別の研究員が慌てた様子で部屋に入ってきた。
「博士! サンプルの準備ができました!」
「あ、そう。わかったわ。ごめんなさいね。この話の続きは、また今度。まずは、あなたの可愛い部下たちに会いに行ってあげて」
何かを隠している。
それは明らかだった。
だが、今はそれ以上追求する時間はない。
俺は釈然としない気持ちを抱えたまま、実験室を後にした。
そして、その『特別な才能を持つ少女たち』と対面することになったのだった。