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第18話

 夜明けまで、あとどれくらいだろうか。

 東の空がようやく白み始め、星々の輝きがその勢いを失いつつある、そんな薄闇の中。

 

 俺たちバニー・フォースのメンバーは、再びあの忌まわしい試験施設――『感情増幅装置』が安置されたアルテミス・ラボ――周辺の森林エリアに、それぞれの持ち場で息を潜めていた。

 

 空気は、まるでガラス細工のように張り詰め、肌を刺すように冷たい。

 夜露に濡れた草木の匂いが、鼻腔をかすめる。


 俺は、少し離れた位置に隠蔽設置された指揮車両の中で、複数のモニターに映し出される各員のバイタルサインと戦況予測データを睨みつけていた。

 傍らには、冷めきったコーヒーの入ったマグカップが、また一つ増えている。

 

「――各自、最終チェックを怠るな。装備、弾薬、そして何よりも自分自身の精神状態をだ」


 俺は通信回線を開き、全部隊員に向けて、努めて冷静な声で最終指示を送る。

 

「繰り返すが、お前たちの命が、この任務における最優先事項だ。決して無理はするな。状況によっては、装置の保護よりも、お前たちの安全確保を優先する。いいな?」

 

 これは、単なる建前ではない。

 部下を犬死にさせるつもりなど毛頭ない。


『……了解』

『了解しました』


 アイリとカレンの、それぞれ落ち着いた、しかし緊張感を隠せない声が返ってくる。

 モニターの片隅に映る彼女たちの顔も、覚悟を決めた良い表情をしていた。


 アイリは、少し離れた高台の狙撃ポイントで、既に愛用の対物ライフルを構え、氷のような瞳で闇の向こうを見据えている。

 カレンは、ミナのやや後方、施設のメインゲート近くで、回復用のフィールドジェネレーターの最終調整を行いながら、キュッと唇を引き結び、祈るようにミナの背中を見守っていた。


 そして、橘ミナ。

 

 彼女は、前回の悪夢が蘇るであろう、あの失敗地点――鬱蒼とした木々に囲まれた、森林の一角に、たった一人で立っていた。


 オレンジ色のアクセントが鮮やかな逆バニースーツが、夜明け前の薄闇の中で、ぼんやりと浮かび上がっている。


 モニター越しに見える彼女は、静かに目を閉じ、ゆっくりと深呼吸を繰り返していた。

 その横顔は、驚くほど穏やかで、しかし鋼のような強靭な意志を秘めているのが見て取れた。


 その時だった。


 ウオオオオオオォォォン―――!!!


 遠く、森の奥深くから、デビルズ特有の、腹の底に響くような不気味な咆哮が、夜明け前の静寂を切り裂いた。


 ほぼ同時に、指揮車両の全てのセンサーが一斉に反応し、けたたましい警報音を鳴らし始める!

 

『警告! 多数のデビルズ反応を感知! 目標、当ポイントへ急速接近中!』

 

 モニターの戦術マップには、おびただしい数の赤い光点――デビルズの大群――が、まるで津波のようにこちらへ迫ってくるのが表示されていた。地響きすら伝わってくる。


 ミナは、その警報音と共に、ゆっくりと目を開いた。


 そして、俺がいるであろう指揮車両の方角を、一度だけ、力強く見据えた。


 彼女の口元に、ほんのわずかな、しかし確かな笑みが浮かんでいる。

 次の瞬間、彼女はヘッドセットの通信スイッチを入れ、静かに、しかし凛とした声で、俺に語りかけてきた。


『司令官。――本当の私で、戦います』


 その言葉を聞いた俺は、思わず口元に笑みを浮かべていた。

 

「ああ、信じているぞ、橘」


 確信に満ちた声で、俺はそう返した。


 言葉は短かったが、その一言に、俺の彼女への、そしてバニー・フォース全体への、全ての信頼が込められていた。

 モニターの中のミナが、小さく、しかし力強く頷いたのが見えた。

 俺たちの間に、もう余計な言葉は必要なかった。言葉以上の、確かな信頼と絆が、そこには確かに通い合っていたのだから。


 ヒュオオオオオッ!


 ミナの身体から、まるで内側から発光するかのように、強烈なオレンジ色のエネルギーが一気に溢れ出した!


 彼女の逆バニースーツ全体が、これまで見たこともないほどの眩い輝きを放ち、特に露出した手足からは、まるで陽炎のような、淡く燃え立つオレンジ色のオーラが揺らめき始める。

 羞恥心エネルギーだけではない、恐怖を乗り越えたことで生まれた、彼女だけの新たな力が、今、まさに解き放たれようとしていた。


 デビルズの大群が、地響きと共に、木々をなぎ倒しながら、もうもうたる土煙を上げて目前に迫ってくる。


 そのおぞましい姿を、ミナは、決意に満ちた琥珀色の瞳で、真正面から見据えた。

 うさ耳型ヘッドセットが、戦闘開始を告げるように、ピンッと鋭く前を向く。


 戦いの火蓋が、今、切られようとしていた。

 

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