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第17話

 休憩室での和やかな時間も束の間、けたたましい緊急アラートに呼び出された俺たちは、再びバニー・フォース作戦司令室のメインモニターの前に集結していた。

 

 モニターには、数日前に俺とミナを呼びつけた、あの神経質そうな鷲鼻の男――戦略作戦局のゴードン中将が、苦虫を百匹ほど噛み潰したかのような、実に不愉快そうな顔で映し出されている。

 その眉間のシワは、以前よりもさらに深くなっているように見えた。


「……諸君には、遺憾ながら、再び任務を命じねばならんことになった」


 ゴードン中将は、まるで汚物でも見るかのような目でこちらを一瞥すると、手元の資料に視線を落として忌々しげに告げた。

 

「例の『感情増幅装置』だが、マドカ博士の常軌を逸した尽力により、予定よりも早く修復が完了した。だが、ここ数日、デビルズの活動が周辺宙域で異常なほど活発化しており、再度、例の試験施設が直接的な攻撃対象となる可能性が極めて高いと判断された」

 

 そこまで言うと、中将は一度言葉を切り、わざとらしく大きなため息をついた。

 

「……正直に言えば、この重要任務を、また君たちのような『キワモノ部隊』に託さねばならないのは、JDFの人材不足がいかに深刻であるかを如実に示しており、全くもって嘆かわしい限りだ。だが、現状、他に迅速に動かせる遊撃部隊もない。よって、不本意ながら……再び貴官らに、当該施設の警護任務を命じる」


 その言葉の端々から、バニー・フォースに対する侮蔑と不信感が、これでもかというほど滲み出ていた。

 俺の隣に立つミナの肩が、ピクリと反応したのが分かった。


 彼女は唇をきつく結び、緊張した面持ちでモニターのゴードン中将を真っ直ぐに見つめている。

 前回の失敗の記憶が、脳裏をよぎっているのかもしれない。

 

 だが、その琥珀色の瞳の奥には、あの時のような怯えではなく、まるで静かに燃える炎のような、強い意志の光が宿っていた。


 そのミナが、不意に俺の方を向いた。

 そして、はっきりとした、少しだけ震えを帯びつつも力強い声で言った。

 

「……司令官。私に、もう一度だけ、チャンスをください。今度こそ、必ず……!」


 その言葉は、懇願であり、そして何よりも、彼女自身の過去を乗り越えようとする決意表明だった。


 隣では、カレンがミナのその言葉を聞いて、そっと彼女の手に自分の手を重ね、励ますように小さく微笑んでいる。

 アイリは、冷静な表情を崩さずにデータパッドを操作していたが、その指先が一瞬だけ止まり、ミナの方へわずかに視線を向けたのを俺は見逃さなかった。

 彼女もまた、ミナの覚悟を感じ取っているのだろう。


 俺は、そんなミナの目を、正面からしっかりと見据えた。

 そして、力強く頷く。


「無論だ、橘。お前にチャンスを与えない理由など、どこにもない」


 そして、言葉を続けた。


 「だが、忘れるな。一人で背負い込む必要はない。我々はチームだ。お前一人の力ではなく、バニー・フォース全員の力で、この任務を成功させるんだ」


 それから、俺はモニターのゴードン中将に向き直り、揺るぎない声で断言した。

 

「――承知いたしました、ゴードン中将。バニー・フォースは、必ずや任務を完遂させてみせます」


 その声には、数日前の俺にはなかったであろう、確固たる自信が満ちていた。

 それは、目の前にいる部下たちの成長と、そして俺自身の、彼女たちへの揺るぎない信頼から生まれてくるものだった。


 ゴードン中将は、俺のその言葉を聞いて、わずかに眉を上げたようだったが、すぐにまた不機嫌そうな表情に戻り、「……せいぜい、期待せずに結果だけは待っている」と吐き捨てるように言って、一方的に通信を切った。

 相変わらず、好感度の欠片もない男だ。


 モニターが暗転し、司令室に再び静寂が戻る。


 だが、それは先程までの重苦しいものではなく、むしろ、これから始まる戦いへの、心地よい緊張感に満ちた静けさだった。

再び訪れた試練。

 

 今の橘ミナは、そして俺たちバニー・フォースは、あの時とは違う。

 

 俺は、目の前に立つ、決意に満ちた表情のヒロイン……いや、戦士たちの顔を、一人一人見渡した。

 彼女たちは、過去のトラウマを乗り越え、そして、真の強さとは何かを見つけ始めている。

 その成長した姿を、今度こそ世界に……いや、まずはあの嫌味な中将に、見せつけてやる時が来たのかもしれない。


 俺の胸の奥で、静かな闘志が燃え上がっていた。

 

 ◇


 時計の針が、とっくに深夜0時を回ったことを示している。

 

 俺は司令官執務室のデスクで、山積みになった作戦資料と睨めっこを続けていた。

 明日の感情増幅装置警護任務――前回は手痛い失敗を喫した因縁の任務だ。


 今回は絶対に失敗するわけにはいかない。

 神経が妙に冴えて、眠気などどこかへ吹き飛んでいた。

 傍らに置かれたコーヒーカップは、とっくに冷めきっている。


 コン、コン。


 不意に、執務室のドアが控えめにノックされた。

 

 こんな時間に誰だ?


 「入れ」


 俺が声をかけると、ドアが静かに開いた。


 「……橘か」

 

 そこにいたのは、JDF支給の薄手のスウェット上下という、ややラフな服装の橘ミナだった。

 オレンジ色の髪は下ろされ、少しだけ寝癖がついている。

 その顔には、やはり緊張の色が濃く浮かんでいた。


「司令官、夜分にすみません。あの……少しだけ、お話してもいいですか?」


 ミナは、小さな声で、しかし真っ直ぐに俺の目を見て言った。

 俺は頷き、デスクの向かいにある簡易的なパイプ椅子を示す。

 

「構わん。どうした、眠れないのか?」


 ミナはこくりと頷き、おずおずと部屋に入ってくると、椅子の手前で立ち止まった。

 その手は、スウェットの裾をぎゅっと握りしめられている。


「あの……明日、のことなんですけど……」


 ミナは一度言葉を切り、深呼吸を一つした。

 そして、再び俺の目をしっかりと見据える。


「明日……私が本当に、みんなの役に立てるか……正直、まだ少し、怖いです。また失敗したらどうしようって……考え出すと、胸が苦しくなって……」


 その声は、わずかに震えていた。

 だが、以前のように絶望に打ちひしがれているのとは違う。

 恐怖を自覚し、それと向き合おうとしている人間の、誠実な震えだった。


 「でも」と、ミナは言葉を続ける。その瞳に、強い光が灯った。


「もう逃げずに、ありのままの私で……全力で挑もうと思っています。司令官が、私に教えてくれたから。怖いことから目を逸らさないで、それを受け止めることが大事なんだって」


 俺は、ミナのその言葉を静かに聞いていた。

 彼女の中で、確かに何かが変わった。

 それは、俺の想像以上に大きな変化なのかもしれない。


 俺は、力強い眼差しで彼女を見返した。


「それでいい、橘」


 俺の声は、自分でも驚くほど、穏やかで、そして確信に満ちていた。

 

「お前は、完璧な戦闘マシーンになる必要はない。恐怖を感じ、迷い、時には立ち止まりそうになりながらも、それでも歯を食いしばって前に進もうとする……それが、人間というものだ。そして、それこそが、本当の強さというものなのかもしれない」


 俺は、デスクに両肘をつき、ミナの目を真っ直ぐに見据えて言った。


「道具としてではなく、一人の人間として戦え、橘。お前の心がお前の最大の武器だ」


 俺の言葉を聞いたミナの琥珀色の瞳が、カッと見開かれる。

 そして次の瞬間、その瞳には、まるで内側から発光するかのような、一層強く、そして燃えるような決意の光が宿った。


「……はいっ!」


 ミナは、それ以上何も言わなかった。

 だが、その短い返事と、力強く頷いたその姿には、彼女の全ての覚悟が込められているのが分かった。


「ありがとうございます、司令官。明日は……絶対に……!」


 そう言うと、ミナは背筋を伸ばし、ビシッ!と、これまでで一番美しい敬礼を俺に向けてみせた。

 その顔には、もう迷いの色はなかった。

 あるのはただ、明日への揺るぎない決意だけだ。


「……ああ」


 俺は、短く応え、彼女の敬礼に静かに頷き返した。


 ミナは、もう一度力強く頷くと、踵を返し、執務室を後にしていった。

 パタン、とドアの閉まる音が、深夜の静まり返った執務室に響く。


 俺は、彼女が出て行ったドアをしばらく見つめていた。

 胸の中に、なんとも言えない温かいものが込み上げてくるのを感じる。


 それは、部下の成長を目の当たりにした指揮官としての喜びであり、そして、一人の人間が困難を乗り越えようとする姿への、純粋な敬意だったのかもしれない。


(頼もしくなったじゃないか、橘)

 

 だが同時に、明日の戦いが、これまで以上に激しいものになるであろうことも予感していた。


 俺は、再びデスクの上の作戦資料に目を落とす。


 この小さな、しかし確かな希望の光を、絶対に消えさせるわけにはいかない。

 俺の戦いもまた、始まっているのだ。

 

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