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第16話

 橘ミナの変化は、俺の予想以上に顕著な形で現れ始めていた。それは彼女個人だけでなく、バニー・フォースという、このいびつなチーム全体にも、確実に良い影響を与えつつあるようだった。


 バニー・フォース作戦司令室。


 現在、俺たちは最近出没頻度が増している新型デビルズ――コードネーム『スパイダーレッグ』――の行動パターン分析と、それに対する各員の連携について、最終確認を行っている。

 

 以前のミナなら、こういう地味で根気のいる会議では、すぐに集中力を切らしてそわそわし始めるか、あるいは的外れな元気任せの発言をして場を引っ掻き回すのが常だった。

 

 だが、今の彼女は違う。


 俺がモニターに表示されたスパイダーレッグの三次元モデルを指し示しながら、その特異な攻撃範囲と弱点について説明していると、ミナは真剣な眼差しで聞き入り、時折、的確な質問を挟んでくる。


「司令官、そのデビルズの予測移動ルートですが、過去の出現ポイントとの相関性を考慮すると、A地点よりもB地点の方が優先警戒区域となるのではないでしょうか?  私が前衛としてB地点を封鎖すれば、アイリさんの狙撃ポイントも確保しやすくなるかと」


 その声には、以前の空元気な響きはない。

 落ち着いていて、それでいて自分の意見をはっきりと述べる、頼もしさすら感じられた。

 隣で聞いていたアイリも、わずかに目を見張り、そして小さく頷いている。


 ◇

 

 会議後、俺が執務室で報告書をまとめていると、白雪アイリがタブレット端末を片手にやってきた。


「司令官、先日の特殊シミュレーション以降の、橘ミナの戦闘シミュレーションデータです」


 彼女が差し出したタブレットには、複雑なグラフと数値が並んでいる。

 

「以前と比較して、状況判断の精度が平均で28.7%向上。特に、パニック状態に陥る閾値が大幅に上昇し、それに伴い、戦闘中の被弾予測率も63.2%低下しています。精神的安定が、彼女の戦闘パフォーマンスに極めて良好な影響を与えていると分析します」

 

 その冷静沈着な声には、普段は滅多に表に出さない、ほんのわずかな――だが確かな――感嘆の色が混じっているように聞こえた。 

 氷の戦術家も、ミナの変貌ぶりには驚きを隠せないらしい。


 ◇

 

 その日の午後、バニー・フォース専用休憩室。


 そこは、隊員たちが訓練の合間に一息つくための、ささやかな憩いのスペースだ。

 コーヒーの自動販売機と、いくつか古びたソファが置いてあるだけの殺風景な部屋だが、最近はカレンが持ち込んだハーブティーの良い香りが漂っていることが多い。


 俺がコーヒーを片手に休憩室に入ると、ソファではミナとカレンが何やら楽しそうに話していた。

 

 カレンが、可愛らしいラッピングが施された小箱から、ほんのりバターの香りがする、少し不格好だが愛情のこもっていそうな手作りクッキーを取り出し、ミナに差し出しているところだった。


「ミナちゃん、最近なんだかすごく頼もしくなったね。なんていうか、無理してないみたいで……私も、すごく安心」


 カレンは、ふんわりとした薄紫色の髪を揺らしながら、心からの優しい笑顔をミナに向けている。

 ミナは、その言葉に少し照れたように頬を赤らめながらも、素直にクッキーを受け取った。

 

「あ、ありがとう、カレンちゃん。それに……アイリも。うん、なんだか……みんなのおかげだよ。私が一人で空回りしてただけだったんだなって、最近やっと分かった気がするから」

 

 そう言ってにかっと笑うミナの笑顔は、以前のような張り付いたものではなく、どこか肩の力が抜けた、自然体で、そして何倍も魅力的なものに見えた。


 ◇

 

 この数日、バニー・フォースの雰囲気は確実に変わった。


 以前はどこかギスギスしていたり、あるいはミナの空元気に引きずられていた部分があったが、今はもっと穏やかで、互いを尊重し合う空気が流れている。


 誰かが訓練でミスをしたり、弱音を吐いたりしても、それを茶化したり、ましてや非難したりするような者はいない。

 ごく自然に受け止め、そっと手を差し伸べ、支え合おうとする雰囲気が、確かにこのチームの中に生まれていた。


 それは、ミナが自分の弱さをさらけ出したこと、そして俺自身もまた、彼女に(そして結果的にチーム全体に)自分の脆い部分を見せたことが、大きなきっかけになったのかもしれない。

 

「弱さを認め合える関係」――それこそが、このイカれた逆バニースーツ部隊が手に入れつつある、新たな強さの形なのかもしれないな。


 俺は、そんな彼女たちの様子を壁際から静かに見守りながら、口元に微かな笑みを浮かべていた。

 このバニー・フォースも、ようやく一つの「チーム」として機能し始めたのかもしれない。


 そう思った、まさにその時だった。


 ピリリリリリリリリリッ!


 休憩室の壁に取り付けられた緊急連絡用スピーカーから、けたたましいアラート音が鳴り響いた。

 途端に、和やかだった空気が一変し、全員の顔に緊張が走る。

 

『JDF本部より、バニー・フォースへ緊急連絡! 緊急連絡! 直ちに作戦司令室へ集合されたし!』


 また、面倒なことの始まりでなければいいが……。

 俺は、そんな甘い期待はすぐに打ち消し、鋭い声で号令をかけた。

 

「バニー・フォース、作戦司令室へ急行する!」

 

 一瞬にして戦闘モードに切り替わった隊員たちが、俺の後に続いて休憩室を飛び出していく。


 その背中を見送りながら、俺は、このチームならあるいは、という確かな手応えを感じ始めていた。

 

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