第15話
橘ミナの「本当の私で戦う」という決意表明から数日後。
俺は彼女のために、特別な訓練プログラムを考案し、実行に移していた。
場所は、JDF基地内でも最新鋭の設備を誇る、特殊シミュレーションルーム。
この部屋は、VR技術と脳波ダイレクトフィードバックシステムを組み合わせることで、対象者の深層心理に潜む恐怖やトラウマを刺激し、極めてリアルな仮想戦闘空間を現出させることができる。
……まあ、平たく言えば、精神的にかなりキツい訓練ができる部屋、ということだ。
俺は管制ブースのガラス越しに、プラットフォーム上に立つミナの姿を見つめていた。彼女の身にまとう逆バニースーツは、今日もまた視線を引きつける存在感を放っている。
手足はピカピカと光沢のあるオレンジ色の素材でぴったりと包まれ、足先から指先まで完璧にフィットしている。
首には純白の襟と蝶ネクタイ、手首には同じく白いカフスが、どこか凛とした気品を与えていた。
そして特徴的なのは胴体部分——胸から腹部、背中にかけての大部分が大胆にカットアウトされ、彼女の肌が露わになっている。
アスリートのような引き締まった彼女の腹部には微かに筋肉のラインが浮かび、緊張からか浅く呼吸するたびに、その起伏が波打つように動いていた。
頭にはバニースーツの象徴であるうさ耳型ヘッドセットが装着され、それはまるで彼女の決意を表すかのように、今はピンと前を向いている。
「いいか、橘。これから行うのは、お前が最も目を背けたいものと向き合う訓練だ」
シミュレーション開始直前、俺はマイクを通して冷静に告げた。
オレンジ色のスーツは、数日前の彼女の決意を反映してか、以前よりも心なしか輝きを増しているように見える。
特に彼女の体が露出している部分から、微かなオレンジ色のオーラが漂い始めていた。
「恐怖を感じることは弱さじゃない。それは生物として当然の反応だ。問題は、その恐怖にどう向き合い、どうコントロールするかだ。逆バニースーツが、お前たちの羞恥心というネガティブな感情を物理的な力に転換するように、お前自身の恐怖もまた、使い方次第で計り知れない力になる。恐怖を否定するな。それを見つめ、理解し、そして……飼い慣らせ」
俺の言葉に、ミナはこくりと唾を飲み込み、その仕草で彼女の喉元が優雅に動いた。
しかし、彼女は琥珀色の瞳で真っ直ぐに前を見つめ、力強く頷いた。
「戦闘シミュレーション、プログラム『ナイトメア・リフレイン』、起動!」
俺の号令と共に、シミュレーションルームの壁面が漆黒に染まり、次の瞬間、目の前におぞましいデビルズの大群が咆哮と共に現出した。
それだけではない。
先日の任務で感情増幅装置が破壊された瞬間、そして、アイリやカレンがデビルズの群れに囲まれ、悲鳴を上げている凄惨な幻影が、ミナの眼前に次々と叩きつけられる。
これらは全て、ミナの深層意識に記録された恐怖の断片を元に再構成された、彼女だけの悪夢だ。
「う……あ……っ!」
ミナの顔が恐怖に引き攣り、肩が小刻みに震え始める。
彼女の逆バニースーツに露出した部分が、緊張で硬直しているのが見て取れた。
腹部の筋肉が強張り、鎖骨がより鮮明に浮き上がっている。
何度かデビルズの幻影に突撃しようとするが、その動きは明らかに硬く、精彩を欠いている。
以前のような軽やかさはなく、まるで鎧を着たように重々しい。
「怖い……! ダメ、また……足が、動かない……!」
膝をつきそうになり、弱音が漏れる。その姿勢で、彼女の背中の曲線が照明に照らされて浮かび上がった。
逆バニースーツの輝きも、まるで呼応するように弱々しく明滅し始めた。
「弱音を吐いてもいい、橘! それがお前の今の本当の感情だ!」
俺はマイクを通して、厳しくも的確な指示を飛ばし続ける。
「だが、そこで止まるな! その恐怖の先に何があるか、自分の目で見届けろ! なぜ怖いのか、何が怖いのか、言葉にしてみろ!」
ミナは俺の言葉を信じ、歯を食いしばりながら、震える声で叫んだ。
汗が彼女の額から頬を伝い、さらに首筋を通って、露出した胸元から腹部へと滴り落ちていく。
「怖い……! 私が失敗したら、またみんなを危険に晒しちゃうのが怖い! 司令官や、アイリちゃんや、カレンちゃんが……私のせいで傷つくのが、何よりも怖いんだぁぁぁ!」
その叫びと同時に、不思議なことが起こった。
ミナの逆バニースーツの輝きが、一瞬強く明滅した後、それまでの不安定な揺らぎを失い、まるで炎のように力強く、そして安定した光を放ち始めた。
彼女の露出した肌からは、オレンジ色のエネルギーが湧き上がり、まるでオーロラのように波打ちながら彼女を包み込んでいく。
「そうだ……怖いのは当たり前なんだ。みんなを失うかもしれないって思うと、胸が張り裂けそうになる。でも……怖くても、私は……私はみんなを守りたい!」
ミナの心の中で、何かが吹っ切れたのが分かった。
彼女はゆっくりと立ち上がり、デビルズの幻影を睨み据える。
その姿勢に力強さが戻り、露出した肌の筋肉が引き締まって、今度は躊躇ではなく、決意に満ちた緊張感を帯びていた。
その瞳には、もう先程までの怯えはない。
「私は……臆病だ! 弱い! でも……だからこそ、もう絶対に誰も失わない! この力で、みんなを守り抜くんだ!」
次の瞬間、ミナの動きが劇的に変わった。
以前のような、ただ闇雲に突っ込むだけの無謀な突撃ではない。
恐怖を受け入れたことで生まれたであろう、驚くほどの冷静さと集中力。
デビルズの動きを的確に見切り、最小限の動きで攻撃を回避し、そして、露出した手足から放たれるエネルギーを一点に集中させ、カウンターの一撃を叩き込む。
そのたびに、彼女の体からはオレンジ色の光が閃き、露出した肌が輝くように浮かび上がる。
動きのたびに筋肉が美しく波打ち、汗で光る肌が戦闘の熱気を伝えてくる。
それはまるで、精密機械のように計算され尽くした、洗練された戦闘スタイルだった。
彼女のオレンジ色の軌跡が、悪夢のような戦場を切り裂いていく。
数十分にも及ぶかと思われた激しいシミュレーション戦闘。
それが終わった時、ミナは肩で大きく息をしながら、汗だくのままプラットフォームに立っていた。
光沢のあるスーツが彼女の体にぴったりと密着し、露出した部分からは戦いの余熱が立ち上る。
汗に濡れた肌が照明に照らされ、まるで宝石のように輝いていた。
その身体は疲労困憊で、今にも倒れ込みそうだったが、その顔には……これ以上ないほどの達成感と、そして自信に満ちた、晴れやかな笑顔が浮かんでいた。
俺は、コントロールパネルのスイッチを切りながら、満足そうに頷いた。
このイカれた逆バニースーツが、本当に「人間の感情」を力に変えるというのなら、今のミナは、間違いなくバニー・フォース最強の戦士へと、その第一歩を踏み出したのだった。




