第1話
「真田中佐、至急司令官室へ」
無機質な通信音声が、俺、真田ハヤトの比較的多忙だが平穏ではあった日常を木っ端微塵に叩き壊した。
一体なんだってんだ、こんな時間に。
デビルズの襲撃か?
いや、それならもっとけたたましい警報が鳴り響くはずだ。
眉間に寄るしわを感じながら、俺は重い足取りで司令官室へと向かう。
磨き上げられた廊下に、規則正しい俺の足音だけが響く。
2045年、テクノロジーは進歩の果てに人類の倫理観を置き去りにしかけている。
だが、ここ国際防衛機構、通称JDFの日本支部は、未だ古き良き軍隊の規律を保っていた…………。
少なくとも、今日までは。
◇
「失礼します。真田中佐、入ります」
返事を待たずにドアを開けると、そこには俺の上官、高崎大将が厳めしい顔で待っていた。
窓の外には、遠くの街区から立ち上る黒煙がいくつか見える。
デビルズの小規模な攻撃だろう。
もはや日常の一部となりつつある光景だ。
「来たか、真田」
「はい。ご命令でしょうか」
俺は背筋を伸ばし、敬礼する。
軍人としての体に染みついた動きだ。
両親をデビルズに奪われて以来、俺はこの組織で、ただひたすらにデビルズを殲滅することだけを考えて生きてきた。
それが俺の存在意義であり、復讐であり、使命だった。
その結果が、「鋼の司令官」なんていう、どこか人間味のないあだ名だ。
高崎大将は何も言わず、デスクの上に置かれたデータパッドを俺の方へ滑らせた。
何かの作戦計画書か?
俺は無言で手に取り、画面を覗き込む。
「……………………は?」
思わず、素っ頓狂な声が出た。
画面に映し出されていたのは、およそ戦闘用とは思えない、奇怪なデザインの…………なんだこれは?
バトルスーツ……なのか?
黒いハイレグレオタードに、ウサギの耳のようなヘッドギア、そして白いカフスと蝶ネクタイ。
だが、最大の問題はその露出度だ。
胸元は大きく開き、おまけに網タイツまで履いている。
これが、なんだって?
「……バニー・フォース……?」
画面の上部に表示された部隊名らしき文字を読み上げる。
隣には注釈。
『逆バニーバトルスーツ:露出部防御力S+、被覆部防御力E-』
露出してる部分が最強で、覆ってる部分が無防備?
ふざけてるのか?
「高崎大将、これは……何かの冗談、あるいは新型の心理戦兵器でしょうか?」
俺は努めて冷静に問いかける。
だが、声がわずかに震えているのを自覚する。
「冗談ではない。そして心理戦兵器でもない。厳密に言えば、君が指揮する新しい部隊の、正式装備だ」
「…………俺が? この部隊を?」
「そうだ。君に、この『バニー・フォース』の指揮を命じる」
言葉が出ない。
エリートとして数々の戦果を上げてきた俺への評価が、これなのか?
左遷か?
それとも罰ゲームか?
「納得がいかない、という顔だな」
「当然です! こんな……こんなふざけた装備で、どうやってデビルズと戦えと!? 見世物じゃありませんか!」
思わず語気が荒くなる。
俺としたことが、またしても。
「落ち着け、真田。気持ちは分かる」
大将はゆっくりと立ち上がり、窓際へ歩み寄る。
「だが、これが現時点で、デビルズに対抗できる唯一の手段かもしれんのだ」
「唯一の、手段……?」
「そうだ。従来の兵器が効かないことは、君もよく知っているだろう」
その通りだ。
デビルズは物理攻撃にもエネルギー兵器にも異常な耐性を持つ。
奴らを倒せるのは、ごく限られた条件下での特殊攻撃だけだ。
「詳細は開発者に聞け。国立感情科学研究所の紫藤マドカ博士だ。彼女が説明してくれる」
「感情科学研究所……? あの、オカルトじみた研究ばかりしていると噂の……」
「噂に惑わされるな。事実は君自身の目で確かめろ」
大将は俺の肩に手を置く。
「君の能力は誰もが認めるところだ。両親を失った君のデビルズへの憎しみも知っている。だからこそ、この任務を君に託す。これは命令だ。成功の保証はない。だが、もし成功するとすれば、それは君だからこそだ」
「…………」
反論の言葉は、喉の奥で止まった。
軍人として、命令は絶対だ。
たとえそれが、常識外れの部隊の指揮であっても。
「…………了解、しました」
歯を食いしばり、敬礼する。
部屋を出る俺の背中に、見えないはずのウサギの耳が生えているような、そんな屈辱的な感覚があった。