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届くのが遅すぎた女帝エリルの声

 馬車の中で、いつの間にか俺も眠りに落ちていたらしい。意識が暗闇に沈み込むように、深い底へと引き込まれていく。それは夢のようで、夢ではない感覚だった。


「さっき、目が合ったね。レン、おまえは、気づいてくれもしないんだね? 覚えていてくれているのかな? わたしだよ? エリルだよ。アリストラスト17世って言わないともうわかってくれないのかな……」


さびしそうなアリストラスト17世の声があたまのなかで響く。


 気づくと俺はアリストラスト17世、女帝エリルその人になっていた。ここは牢獄だろうか? 冷たい石壁に囲まれ、足元には重い鎖が絡みつき、身動きが取れない。そうだ、俺――いや、エリルは配下の兵に出会い、助かったと思ったのに裏切りに遭い、この地下牢に閉じ込められたのだ。革鎧は傷だらけで、銀髪は乱れ、かつての威厳は失われている。手に握る青いペンダントだけが、俺を――エリルを繋ぎ止める唯一の希望だ。


「レン……レン……助けて……」


 俺の口から、エリルの声が漏れる。絶望に震えながら、ペンダントを握りしめる。牢獄の暗闇で、俺は彼女の心を感じる。彼女は俺を、勇者レンを待ち続けている。兵に裏切られ、鎖に繋がれたこの身体は衰弱し、冷たい床に膝をつく。


「お願い……来てくれ……私をここから連れ出して……」


 声が弱々しく掠れ、ペンダントを握る手に力がこもる。爪が掌に食い込み、血が滲む。遮断魔法結界が張られたこの牢獄では、外からの音も届かない。俺は――エリルはレンの名を呼び続けるが、返事はない。夢の中で、俺は彼女の絶望に飲み込まれる。


「レン……なぜ……なぜ来てくれないの?」


 涙が溢れ、銀髪に絡みつく。裏切りと孤独が彼女を蝕み、俺の胸を締め付ける。


「約束したよね……必ず助けに来るって……俺を信じろって……」


一日、また一日と時間が過ぎる。身体は衰え、声はかすかにしか出なくなる。それでも俺は――エリルは諦めず、ペンダントを胸に抱き続ける。


「もう……だめ……なのかな……」


 壁に寄りかかり、目を閉じる。ペンダントを握る手が震え、かすれた声で呟く。


「でも……私は信じてる……お前が……何か理由があって……来られなかっただけだって……」


 その言葉が俺の心を抉る。彼女は最後まで俺を信じていた。だが、俺は――レンは遮断魔法結界に阻まれ、彼女に届かなかった。いや、そうなのか? この時点では俺はもう300年後に行っていたのかもしれない! だとしたら俺はどうやって彼女に謝ればいいんだろうか?


 夢の中で、エリルの意識が俺に重なり、彼女の絶望が俺のものになる。


 光景が暗闇に溶け、エリルの亡霊が目の前に浮かぶ。銀髪が幽かに揺れ、俺をじっと見つめる。彼女の瞳には恨みと愛が混ざり合い、静かに口を開く。


「レン……いや、アル。ごめんね。私、あなたを愛することをやめられない。あなたを待つうちに裏切られ、死に、アンデッドとなってしまった。でも、あなたが来られなかったのはあなたのせいじゃない。世界が、私たちを引き離したんだ。だから、私は世界を恨むことにした」


 エリルの声が静かに響き、ペンダントから伝わる熱が俺の手を焼く。彼女の言葉が胸を刺し、夢が終わる。


「エリル!」


 俺は叫びながら目を覚ました。額に冷たい汗が浮かび、心臓が激しく脈打っている。窓の外はまだ暗く、月明かりだけが部屋を薄く照らしていた。首筋を伝う冷たい感触に手をやると、それは涙だった。


 手に持つ蒼い宝石のペンダント――世界の意思と呼ばれるそれが、かすかに光り、熱を帯びている。この夢は、亡霊となった女帝エリルが俺に送ってきたものだ。俺が彼女の視点に没入し、裏切りと絶望を味わった。彼女は俺が現代に生きるレンだと気づき、ペンダントを通じてその想いを訴えた。俺は、彼女をアンデッドに変える原因を作ってしまった。あの時果たせなかった約束が、彼女の恨みを生んだ。


窓の外を見つめる。どこかでエリルが俺を待っている気がする。

今度こそ、必ず――。

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