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勇者を騙る詐欺師

帝国領への街道。王国の辺境でもある。

馬車の窓から見える荒々しい岩肌や、遠くに連なる山脈に目を奪われていると、エリルが俺の腕を軽く叩いた。


「ねえ、アルさん、あれ……」


彼女の視線を追うと、街道沿いの広場に大勢の人だかりができているのが見えた。その中心で、一人の男が演説をしていた。馬車を少し停めさせると、彼の声が群衆の上に響き渡ってきた。


「みんな今は平和だと思っているよな?  でも勇者である俺は300年前からここにきた。理由は魔王が復活するからだ!」


俺は息を呑んだ。その男は俺と似ているな、と一瞬で思った。顔立ち、背丈、声の響きまで……まるで鏡に映った俺みたいだった。民衆は半信半疑の表情で彼を見つめている。でも、その男の言葉には不思議な説得力があり、徐々に人々の目が真剣なものに変わっていくのが分かった。俺は目を凝らして彼を見た。俺、本当に勇者なんだろうか。そんなわけないよな。俺はただの果樹園を世話する村人だろ……。


その男の傍らに立つ少女に、俺の視線が自然と引き寄せられた。黒い髪に、紺色のくりくりした瞳が印象的な少女で、エルにそっくりだった。白い祭服のような装いは、伝説の聖女イリスを模しているように見えた。彼女が誰なのかは誰も知らないようだったけど、エルに似ているせいで、俺はついつい見てしまう。


 彼女の黒髪、細い輪郭、静かな佇まい……エルと重なって、胸が締め付けられた。そして、その時――彼女と目が合った。一瞬だけだったが、彼女の瞳が俺を捉え、鋭く凝視してきた。その視線があまりにも強く、まるで俺の奥底を見透かすようで、俺はつらかった。何だ、この感覚は……。彼女から目を逸らせなかった。まるでエルに怒られているような気持ちがしてしまう。俺の妹であるエルへの罪悪感が、そう思わせているのかもしれない。


「伝承の……勇者レンそっくりですね」


エリルの声が、ほんの一瞬だけ低く冷たくなった。横目で彼女を見ると、その瞳が鋭く光っているのが見えた。今まで見たことのない、冷酷な眼差しだ。王国一の歌姫らしい優雅さや無邪気さはそこになく、まるで別の人間のようだった。でも、次の瞬間、彼女は急に目を丸くして、明るい声で言った。


「ねぇ、アル! おもしろそうだから、馬車降りて演説聞いてみない?」


その無邪気な口調に、俺は一瞬戸惑った。さっきの冷たい視線が嘘みたいに、彼女は子供のようにはしゃいで俺の腕をつかんだ。俺は少し首をかしげた。


「あ、ああ……いいけど」


「やった! 早く早く!」


エリルが俺の手を引っ張って馬車を降りると、彼女は軽い足取りで群衆の近くまで歩いて行った。俺は少し遅れてついていきながら、彼女の後ろ姿を見ていた。さっきの冷酷な目は何だったんだろう。あの演説する男を見て、何か感じたのか? でも、今のエリルはただ楽しそうに笑っていて、疑う気も薄れてしまう。彼女の態度が少し雑になってる気がした。いつもより気楽で、投げやりな雰囲気さえある。でも、それが自然すぎて、俺には何が本当の彼女なのか分からない。


馬車から降りて近づくと、演説の声がさらに鮮明に聞こえてきた。あの男はまだ話し続けている。俺は改めて彼を見た。やっぱり俺と似ているな。俺、本当に勇者なんだろうか。そんなわけないよな。俺はただ果樹園の世話をしてるだけの村人だ。エリルが何度も「勇者レンの生まれ変わり」って言うけど、そんな大それた存在のはずないだろ……。でも、あの少女の視線が頭から離れなくて、胸がざわついた。


「演説あきちゃった。ねぇ、アル、お腹すいたー」


エリルが甘えるような声を出して、俺の肩に寄りかかってきた。随分とくだけてきたな。これが普段の彼女なのかもしれない。馬車の中で「ハッピーエンドだよ!」と無邪気に笑った時とは少し違う、気楽な雰囲気が漂ってる。でも、その声にはどこか軽い響きがあって、俺にはそれが彼女の本心なのか分からない。


「アル、聞いてる? お腹すいたってば」


エリルが俺の腕を軽く叩いて、ちょっとふてくされたように言った。俺は苦笑して答えた。


「ああ、悪い。なんか探すよ」


「やっと聞いてくれた! 早くしてよね」


彼女の声がさらに砕けて、まるで面倒くさそうにさえ感じた。俺は少し首をかしげたけど、エリルは群衆の方をチラッと見て、鼻歌でも歌うように呟いた。


「帝都、楽しみだなー。アルはどう?」


「まあ……楽しみだよ」


俺の返事に、エリルは小さく笑っただけだった。その笑顔に、どこか冷めたものが混じっている気がして、俺は目を逸らした。彼女の態度は雑だ。安心しきっている感じにも思えた。エリルの気楽な声にまた引き戻される。あのエルとそっくりだった少女の凝視が、頭から離れなかった。


食事を終えると再び馬車に乗り、帝都への旅を再開することにする。

エリルさん、食べっぷり、すごかったな。豪快というか、よほどお腹へっていたんだな。結構、実は雑な性格なのかもしれない。


いつしか、帝都アリストルの高い城壁が、遠くに見え始めていた。エリルの肩が俺に触れ、その温もりに少しだけ安心しながら、俺はまだ答えの見えない思いに沈んでいた。エリルの横顔をふと見ると彼女も俺の方をちらっと見た。

エリルは満面の笑顔でいう。


「眠くなっちゃった。少し寝るね?」


そういうとエリルは目をつむり、無防備に僕によりかかってきた。

そんな彼女がとても愛おしい。

彼女が目を覚ます頃、帝都アリストルに到着していることだろう。

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