時間転移をすることにした
魔王シュベリートとの停戦が成立してから数ヶ月。俺とイリスは故郷の村に帰還し、盛大な結婚式を挙げた。花で飾られた広場で、二人は村人たちの祝福に包まれ、幸せな一瞬を味わった。
だが、その後の生活は想像以上に慌ただしかった。英雄である俺は剣術の指導や助けを求める人々に追われ、聖女イリスも癒しの力を求める村人たちに囲まれた。
ある夜、小屋の縁側で疲れ果てた二人が顔を見合わせた。
「なぁ、イリス。 もうすこし、のんびりしたいよな?」
冗談めかして言うと、イリスは膝に顔を埋めて呟いた。
「……みんなが放っておいてくれなくて、ゆっくり話す暇もないね」
空を見上げ、ため息をついた。
「英雄なんて、もううんざりだ」
「んー、じゃぁ。そうだ!」
彼女は俺の手を握り、目を輝かせて提案した。
「ねえ、レン。シュベリートが300年後に目を覚ますって言ってたよね。私たちも、300年後に素敵なデートをするって夢見てみない?」
「お前の力で? 聖女の魔力で時間を止められるってことか?」
イリスは頷き、胸に手を当てて言った。
「癒しとは体の老化現象や若返りも含んだ能力なの。それを使えば、私たちの時間を止めて、300年後に飛べる。二人で静かに暮らして、素敵なデートをするの。英雄でも聖女でもなく、ただのレンとイリスとして」
俺は、うれしくなって、彼女の手を強く握った。
「いいな。それなら誰も俺たちを邪魔しない。お前とデートする未来、楽しみだよ」
二人は村はずれの丘へ向かい、イリスが儀式を始めた。彼女は両手を広げ、聖なる光を全身に宿した。そばで見守る中、イリスの聖なる魔法語が響いた。
「私の力で、時間を止めなさい。300年後の世界へ、私たちを導いて!」
光が二人を包み込み、時間が止まる感覚が広がった。だが、イリスの力は完全ではなかった。時間を止めるのは難しく、副作用が二人を襲った――二人は赤子になってしまうのだ。
光が消えた時、二人は見知らぬ森の草むらにいた。俺は小さな手足をバタバタさせ、イリスは丸い目で辺りを見回した。300年後の世界で、二人は赤子同然の幼児に戻っていた。
俺とこの女の子はこれからどうすればいいんだろうか。
不安な気持ちの中、レンとしての記憶はもうなくなっている。
気がつけばあたりは、昔のような森から柑橘類の果樹園に姿を変えていた。
その柑橘類を世話する若い夫婦がいた。
子どもができなくて悩んでいた夫婦は、イリスと俺を拾い自分の双子として育てることにしたようだ。
俺の名前はアルという。妹はエルというらしい。