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勇者の帰還、リンとエリルの救出

崖の上から詐欺師レンの部隊を見下ろす。百人ほどの兵士たちが松明を持ち、険しい山道を進んでいる。先頭に立つのはあの男だ。俺と同じ顔をして、銀髪に青い瞳を偽装した詐欺師レン。奴はレンの村を焼き払う気だ。

「見えるか?」

ナギの問いに俺は頷いた。部隊の中央に馬車がある。あの中にエリルとリンがいるはずだ。勇者レンとしての記憶が完全に戻った今、俺はこの地形を利用した戦略を立てている。

「あそこだ。馬車の護衛が手薄になっている」

ナギが目を細めて確認する。

「確かに。先頭集団と後衛の間に隙がある」

「ナギ、準備はいいか?」

「いつでも」

彼女が薙刀を構える姿は東方の戦巫女そのものだ。俺も剣を抜き、勇者レンの力を感じる。かつて魔王シュベリートとも対等に渡り合った力が、体の奥底から湧き上がってくる。

「行くぞ」

俺は崖下の部隊めがけて跳躍した。空中から声を振り絞る。

「フレイム!」

俺の手から放たれた炎が前衛の兵士たちを直撃した。悲鳴と混乱の声が上がる。同時にナギも跳び、薙刀を振り回した。

「東方旋風の術!」

渦を巻く風が砂埃と共に敵の視界を奪う。俺たちは混乱に乗じて着地し、兵士たちの間を駆け抜けた。

「な、なんだ!」

「敵襲か!」

「どこからだ!」

兵士たちが武器を構えるが、方向も定まらず右往左往している。俺は詐欺師レンが乗る黒馬を目指して突進した。

「レン! お前の偽りは今日で終わりだ!」

俺の叫びに、詐欺師レンが振り返る。その瞬間、彼の顔から血の気が引いた。目の前に自分と同じ顔を持つ男が立っているのだから当然だ。

「お、お前は……!」

詐欺師レンの周囲の兵士たちも動きを止めた。二人の勇者レンを前に、どちらが本物か判断できずにいるようだ。

「み、見ろ! 二人のレン様だ!」

「どちらが本物なんだ?」

「銀髪に青い瞳……どっちも同じじゃないか!」

俺は一歩前に踏み出した。

「俺こそが勇者レン。300年前、魔王シュベリートと対峙し、女帝エリルと約束を交わした者だ」

その瞬間、詐欺師レンの首が引きつった。「あいつの銀髪は染めものだ!」と叫ぼうとしたその時だった。

「フロスラ!」

俺は光の魔法を唱えた。300年前、レンが使った高位魔法だ。眩い光が辺りを包み、詐欺師レンの髪に当たる。すると、銀色に染められた髪の一部が元の黒色に戻り始めた。

「ぐっ……!」

詐欺師レンが咄嗟に帽子を被ろうとするが、遅い。兵士たちの間から驚きの声が上がった。

「見ろ! 髪が……!」

「染めていたのか!?」

「我々は騙されていたのか……?」

詐欺師レンの部隊の中から、年配の兵士が一歩前に出た。彼は俺をじっと見つめ、そして突然膝をついた。

「私には分かります! この方こそ本物の勇者レン様だ! 300年前の絵画そのままの姿! 魔法の力も、ただの詐欺師には使えないほどの力!」

その言葉に、次々と兵士たちが同調していく。彼らの多くは素朴な村人たちで、義勇軍としてただ名を連ねただけだったのだろう。真実を知れば、すぐに判断できたのだ。

「本物の勇者様だ!」

「我々は騙されていた!」

「お許しください、勇者レン様!」

一人、また一人と膝をつく兵士たち。詐欺師レンの周りから人が離れていく。彼は次第に孤立していった。

「お前たち、裏切り者め!」

詐欺師レンが怒りに任せて叫ぶが、もはや誰も耳を貸さない。彼は恐怖に目を見開き、後ずさった。

「馬車だ! 人質を取るつもりだ!」

ナギの警告に、俺は馬車に向かって走った。馬車の護衛も既に俺の側についており、詐欺師レンの接近を阻んでいる。

「道を開けろ! 私こそが勇者レンだ!」

詐欺師レンが剣を振り回すが、兵士たちは盾を構えて一歩も引かない。絶望的な状況に追い込まれた彼は、突然笑い出した。

「くっくっく……勇者は戦略的撤退も心得ているものさ!」

そう言って、彼は急に方向転換し、森の方へ走り出した。だが、彼の逃亡も長くは続かなかった。

「逃がすな!」

俺の号令に、兵士たちが彼を追いかける。俺も全速力で追った。詐欺師レンは走りながら振り返り、恐怖に歪んだ顔で叫んだ。

「近づくな! 勇者の名において命じる!」

そんな言葉が通じるはずもない。ついに俺は彼に追いつき、肩を掴んで地面に押し倒した。

「終わりだ。もう逃げられない」

「ぐっ……お、お願いだ、命だけは……」

一転して命乞いをする詐欺師レン。俺は冷静に彼を見下ろした。

「死ぬことはない。だが、レンの村を狙った罪は重い。王国へ連行され、裁きを受けるだろう」

彼の手足を縛り上げると、兵士たちに引き渡した。そして俺は馬車へと駆け寄った。

「エリル! リン!」

馬車の扉が開く。中から現れたのは疲れた様子のエリルと、リンだった。エリルの目が俺を捉えた瞬間、彼女の顔に安堵の表情が広がる。

「アル……!」

彼女は駆け寄り、俺の胸に飛び込んできた。彼女の体が小刻みに震えているのを感じる。

「無事で良かった。もう大丈夫だ」

「うん……。心配したよ。でも、信じてた。アルならきっと来てくれるって」

彼女の言葉に胸が熱くなる。もう一度エリルを失うことはない。300年前の約束を今度こそ果たす。そう心に誓った。

「おかげで助かりました」

リンが近づいてきた。彼女の顔にも安堵の表情があったが、その瞳は突然光を放ち始めた。彼女の体が一瞬揺らぎ、まるで別人の佇まいに変わる。

「レン……300年待ちました」

リンの口から出た声は、もはや彼女自身のものではなかった。静謐で威厳に満ちた声。女帝エリルの霊がリンの体を借りて話しているのだ。

「エリル……ごめん。あの時救えなくて」

俺の言葉に、女帝エリルの魂は静かに首を振った。

「あなたを恨んでいましたが、もう大丈夫。あなたに再会できて、本当に嬉しい」

女帝エリルの魂は微笑んだ。その表情には300年の時を超えた深い感情が刻まれていた。

「レン、あなたの側に、もういちど……」

そう言いかけた時、リンの体が揺らぎ、彼女は我に返ったようだった。

「あ、ごめんなさい。女帝エリルが……」

俺は微笑んで頷いた。「分かっているよ。彼女も含めて、みんな無事で良かった」

この時、兵士たちが俺の周りに集まり始めていた。先ほど最初に膝をついた年配の兵士が前に出て、改めて頭を下げる。

「勇者レン様。我々は騙されていましたが、今こそあなたに忠誠を誓います。どうかお許しを」

「俺も含め、誰もがあの詐欺師に騙されていた。責める者はいない」

兵士たちの表情が明るくなる。俺は彼らに向かって告げた。

「詐欺師レンを王国へ護送し、事の顛末を報告しろ。そして義勇軍は解散だ。みな故郷へ帰るがいい」

「御意!」

彼らは一斉に敬礼し、詐欺師レンを取り囲んで王国へと向かう準備を始めた。俺たちはレンの村へ帰ることにした。エリル、リン、そしてナギと共に。


レンの村に着くと、村の入り口にはエルが立っていた。彼女は俺たちの姿を見つけるとすぐに駆け寄ってきた。

「兄さん! 無事だったのね!」

エルは抱きついてきた。その温もりに、俺は妹への愛情を感じる。いや、妹ではない。300年前の恋人だ。

「エル……ただいま」

「おかえり! でも……」

彼女はエリルとリン、そしてナギを見て、少し眉をひそめた。

「この子たちは?」

「ああ、色々あってな……」

俺たちは村の広場にあるテーブルに集まった。エルがお茶を入れてくれて、全員が落ち着いた頃、俺は照れながら切り出した。

「実はな、エル……俺、勇者レンだったみたいなんだ」

「え?」

「記憶が戻ったんだ。300年前、魔王と戦った勇者レンの記憶が」

エルは目を丸くした。

「詐欺師レンの振りをしていたの?」

「違う! 俺は俺だ。ただ、前世が勇者レンだったんだ。そして……」

俺は深呼吸して、続けた。

「お前は、聖女イリスだった。俺の恋人で……俺たちは兄妹じゃない。300年前の恋人同士なんだ」

エルはじっと俺を見つめ、しばらく黙っていた。そして、ゆっくりと口を開いた。

「ほぉお……なるほど」

その冷静な反応に、少し拍子抜けした。だが次の瞬間、彼女の目が鋭くなった。

「で、その子たちは誰なの?」

彼女の視線がエリル、リン、ナギに向けられる。俺は焦って説明を始めた。

「あ、ああ、彼女はエリル。王国の密偵で、歌姫で……お前も知っているだろ?」

「へぇ〜」

エルの声が妙に甘くなる。「で? 他には?」

「リンは東方の女賢者で、ナギは東方の戦巫女で……」

説明している間にも、エルの表情が段々と怖くなっていくのを感じる。

「兄さんは……この子たちとどういう関係なの?」

その質問に、俺が言葉に詰まった瞬間、リンの体が再び揺らいだ。彼女の瞳が光を放ち、女帝エリルの霊が現れた。

「レンは私のものよ! 300年も待ったのだから!」

女帝エリルの堂々とした宣言に、場が凍りついた。そこへ歌姫のエリルが前に出る。

「いいえ! アルさんは私の婚約者です!」

「ん? レンさん 私達結婚していたわよね?」

村の教会でレンとイリスが結婚した逸話は有名だ。

エルの声が冷たくなる。「婚約者ね……? アルお兄様、いいえレンさん!」

「え、えっと……」

俺が困った表情を浮かべていると、エルが立ち上がった。

「私の兄を奪おうとしているのは誰? お兄様、私達、結婚何年目でしたっけ?」


場の空気が緊張感に包まれる。エリルと女帝エリル(リンの体を借りている)がお互いを牽制し、エルは俺の腕を強く掴んでいる。ナギはため息をついて一歩引いている。

「ええと300年ぐらいでしょうか……エルさん。そのぉ、みんな落ち着いてくれ……」

俺が懸命に仲裁しようとするも、状況はますます混乱していく。ついに俺は思わず叫んだ。

「お前らみんな俺の嫁だ!」

瞬間、場が静まり返った。全員の視線が俺に集中する。

「え?」

エルが目を見開く。

「なに言ってるの?」

歌姫のエリルの顔が赤くなる。

「アル、さん……?」

女帝エリルの霊も言葉を失っている。

「残念だが巫女として断る」

ナギはわざとらしい冷たい口調でいった。


「は、冗談だって! そんな真剣な顔しないでくれよ……」

俺の言い訳に、エルがじっと俺を見つめた。そして、突然くすくすと笑い始めた。

「お兄ちゃん、相変わらずね」

彼女の笑顔に、場の緊張が解けていく。エリルもリンも、そしてナギまでもが笑い始めた。

「アルさんらしいです」

歌姫のエリルが微笑む。女帝エリルの霊も柔らかな表情を浮かべていた。

「300年経っても、あなたは変わらないわね」

俺は照れ隠しに頭をかく。こんな風に、みんなで笑い合える日が来るなんて。かつての約束を果たし、新たな絆を結んだ今、俺たちの物語はまだ始まったばかりだ。

しかし、エルの笑顔の奥に、ほんの少し鋭い光が宿っているのも見逃さなかった。彼女は優しく、しかし確かな決意を持って言った。

「そうそう、兄さん。300年後の未来で私を娶る、って約束したわよね? 覚えてる?」

俺の背筋に冷たいものが走った。前世のレンとイリスの約束なのか、それとも村での兄妹としての誓いなのか……。

「そ、そんな約束したっけ?」

「したわよ?」

エルが無邪気に笑う。その瞬間、エリルとリンの顔にも同じような決意の表情が浮かんだ。

「私も約束がありますよ、アルさん」

エリルが俺の袖を引っ張る。

「レン、私も300年待ったのだからね」

リンの体を借りた女帝エリルも負けじと近づいてくる。

俺は三人の女性たちに囲まれ、ナギに助けを求める視線を送った。だが彼女はただ肩をすくめ、諦めたように微笑むだけだった。

「力になれなくてごめんね、アル。これは自分で何とかするしかないよ。がんばって年貢おさめろよ?」

太陽が沈みかける夕暮れの村で、俺の新たな試練が始まろうとしていた。

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