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帝国の親善大使は、私は魔王だと語りだした

帝都アリストルの城門をくぐると、馬車は宮殿へと向かった。

俺は窓の外を眺めながら、エリルに尋ねた。

「宿は大丈夫なのか?」


エリルが少し誇らしげに笑って、砕けた感じで答えた。

「大丈夫だよ! これでも王国からの使者なんだから、宮殿内に部屋を用意してもらえるの」


普段の彼女らしい無邪気さが溢れてて、ちょっと安心した。彼女はリファイア王女付きの歌姫で、密偵としても外交使節を担ってる。女帝エリルの悲恋を歌うことが多いからその名前を芸名に拝借しただけで、牢獄の女帝とは無関係だ。本名はなんというのだろうか? なんとなく教えてもらえない気がするけど。

俺は頷きながら、馬車が宮殿に着くのを待った。到着すると、案内人が現れて俺たちを迎えた。


「エリル様、お待ち申し上げておりました。お部屋までご案内いたします」


豪華な調度品が並ぶ廊下を進み、俺たちは宮殿の西棟に案内された。窓から見える美しい庭園に、思わず目を奪われた。


「こちらがお部屋でございます」


「感謝申し上げます。ところで……」

エリルが案内人に尋ねた。

「親善大使のシュベリート様はいらっしゃいますでしょうか?」


「はい、大使様はご在室でございます。本日、特別にお二人をお呼びしたいと仰せでございました」


エリルの表情が少し硬くなった。俺を見て、彼女が丁寧に言った。


「アル、少し身支度を整えていただけますか? 大使様は帝国でも特別なお方でございますから」


部屋で簡単に身支度を済ませ、俺たちは大使の私室へと向かった。豪華な調度品に囲まれた空間だけど、どこか異国の雰囲気が漂ってる。部屋に入ると、シュベリートと呼ばれる男が振り返った。人間なのに、どこか人間離れした威厳を感じる。その瞳が俺に向けられた瞬間、彼の表情が微かに揺れた。


「まさか……」

彼の声が小さく震えた。

「レン……?」


「え?」


俺が驚く間もなく、彼は感情を抑えるように目を閉じた。

「いや、失礼した。君は……アルと呼べばいいのかな」


その声には深い懐かしさが滲んでいて、俺もなぜか胸が締め付けられるような感覚を覚えた。エリルが丁重に礼をしながら言った。


「ご無沙汰申し上げております。リファイア王女様より親書をお預かりして参りました」


「王女様も、相変わらずご活躍のようだね」


シュベリートの口元に寂しげな笑みが浮かんだ。その視線が時折俺に向けられ、何かを確かめるように見つめてくる。エリルが俺の方を向いて紹介した。


「ご紹介が遅れました。こちらは私の婚約者にございます……」


「アルだろ」

シュベリートが静かに言葉を継いだ。

「勇者レンの村の者だね」


「はい、さようでございます。ですが……どうしてご存じでいらっしゃいますか?」

エリルが驚いた様子で尋ねた。彼女の目が一瞬大きく見開かれた。


「彼のことは、よく知ってるよ」

シュベリートの目が優しく細まった。

「君よりもね、エリル」


その言葉に、エリルの肩がわずかに震えた。俺も戸惑った。初対面のはずなのに、なぜこいつは俺のことを知ってるんだ? 俺は率直に口を開いた。


「すまないが、俺はお前のことを全く知らない。でも、なぜか懐かしく感じるんだ」


シュベリートは俺の言葉を聞いて、柔らかな微笑みを浮かべた。まるで大切な友との再会を喜ぶような表情だった。エリルが少し震える声で尋ねた。


「大使様、一つお伺い申し上げてもよろしゅうございますか?」


「何かな?」


「魔鏡……この帝国に伝わる宝物についてでございます」


シュベリートの表情が一瞬曇った。俺は昨夜見た夢を思い出していた。

牢獄で俺を呼ぶ女帝エリルの声が頭に響く。俺は勇者レン……なんだろうか?


エリルが続けた。


「魔王の復活。それをおそれております」


彼女の手が震えてるのがわかった。

シュベリートが答えた。


「魔王が復活すれば、二つの魔鏡によって、王国への侵攻は容易になるとお考えですね?」


「はい、さようでございます。ですから、この帝国の魔鏡は……」


「エリル殿」

シュベリートが静かに遮った。そして、不思議な表情で俺を見た。

「魔族と人間は、もう争ってはおりません」


「え?」


俺とエリルが同時に声を上げた。彼女の顔が一瞬強張ったように見えた。シュベリートが静かに続けた。


「300年前、勇者レンと交わした約束です。人間を知り、理解を深めること。その約束は、今も守られております」


その瞬間、俺の中で何かが共鳴した。夢とは別の、古い記憶の欠片が揺れ動く。エリルが信じられない様子で言った。


「まことでしょうか……魔王は人間を……」


「私は嘘をつきません」

シュベリートの声が低く響いた。

「なぜなら、この私こそが、300年前の魔王にございますから」


エリルが俺の手を強く握った。その手が冷たくて、彼女の指先が微かに震えてる。目の前の親善大使が魔王? しかも人間との和平を望んでるだと? 俺は呆然とした。シュベリートが窓の外を見つめながら言った。


「信じがたいとお思いでしょうね。ですが、レンは信じてくれました。人間と魔族が分かり合える未来を」


その言葉に深い寂しさが滲んでいて、俺はなぜかその寂しさが痛いほどわかった。エリルが震える声で尋ねた。


「では、王女様は……」


「はい。王女様も真実をご存じでございます。ですが、あなたには敢えてお伝えにならなかった。あなたの純粋な正義感をお信じになっていたのでしょう」


エリルの握る手が少し緩んだ。彼女の肩が小さく落ちたように見えて、何か考え込んでるのかもしれないと思った。


「私は……何のために……」


 シュベリートが優しく微笑んだ。

「さあ、いかがでしょうか? あなたの正義は、本当に間違っておりましたか?」


窓の外では、人間が行き交う帝都の街並みが広がっていた。

「帝都は人が多いでしょう。しかし、我々魔族はその中に溶け込んでおります」

この人混みの中に人間に擬態した魔族がいるというのだ。


エリルの知らなかった、もう一つの真実の光景だ。俺は彼女の冷たくなった手を強く握り返し、震える肩にそっと手を置いた。彼女の顔は見えないけど、何か大きな衝撃を受けてるんだろうな、と推測した。シュベリートは、その様子を静かに見守っていた。


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