30秒で泣ける!タイパ抜群・感動恋愛小説
「ごめんなさい……貴方とは付き合えないわ」
「え……どうして……?」
「だって私、人間が嫌いなの」
「嫌い……? 人間が? そ、そんな……!?」
※
「お邪魔します。先生、進捗どうですか?」
「おぉ。良いところに来たねえ」
編集者の高木が書斎に顔を出すと、小説家の手越光が両手を大きく広げ出迎えてくれた。随分とご機嫌だ。恐らく筆が乗っているのだろう。全くこの作家、あからさまに態度に出るので分かりやすい。書けている時は調子に乗って天狗になるのだが、書けない時はとことん不機嫌で、被害妄想に陥り、周囲にやつ当たりしたり原稿を放り出して脱走しようとする。典型的三流作家であった。
「今ちょうどひと段落したところだよ。この具合だと、締切前に完成してしまうな。ダーッハッハッハッハ!」
「どれどれ……へぇ。じゃあ、ここで主人公は一回フラれちゃう訳ですか」
「そうそう。人間嫌いのヒロインに、どうやって主人公が距離を縮めて行くか……これからじぃ〜っくり、その過程を楽しんで行こうと言うハナシさ。いわゆるツンデレってやつだね。どうだい、中々興味深い導入だろう?」
「なるほど。先生。じっくり導入を書いてもらった後で大変申し訳ないのですが」
「何だ? どうした?」
「これ、ボツです」
「何!?」
手越が椅子から派手に転げ落ち、両肩を脱臼した。
「痛ぇっ!」
「実は編集部の意向で、今回で最終回だと決定しました」
「な……何だと……!? まだ始まったばかりじゃないか!」
「手越先生。先生の物語は『遅い』んですよ」
高木はゾンビみたいに両手をだらんと前に垂らした哀れな生き物に視線を送り、深くため息をついた。手越が今にも泣き出しそうな顔でパチパチと目を瞬かせた。
「お……遅い?」
「いつまで経っても話が進まない。良いところになると『来週に続く』。これじゃあ熱心な読者だって飽きますよ。先生、時代は『タイパ』なんです」
「タイ……?」
「『タイムパフォーマンス』。如何に効率良く、時間を短縮できるか。映画だって2倍速3倍速で見られる時代なんです。小説だって、毎日何回も何回も更新して、30秒で、最低でも三行目で感動させないと、見向きもされないんですよ」
「そ……そんな……!?」
「だから先生の小説は」
高木はパソコンの前に座り、素早くキーボードを叩いた。
※
「ごめんなさい……貴方とは付き合えないわ」
「え……どうして……?」
「だって私、人間が嫌いなの」
「嫌い……? 人間が? そ、そんな……!?」
「でも私……やっぱり人間が好きみたい!」
「付き合おう!」
「ええ!」
〜HAPPY END 〜
※
「こうなります」
「急展開過ぎるだろ!」
「『タイパ』を意識してください。30秒で感動させなきゃ!」
「支離滅裂だろこんなの! 次の瞬間、前のセリフと真逆のこと言ってるじゃないか!」
「とにかくスピード重視で。今ドキ過程なんて読んどられんのです」
「ダメだダメだ! いくら何でも……ぎゃッ、ぎゃああああッ!?」
高木は抵抗する手越を突き飛ばし、プリントアウトした『強制最終回』の原稿を無理やりもぎ取った。勢いそのまま手越は床を4回転半し、後頭部を殴打して気絶した。
それからしばらくして。
高木が再び手越の元を訪れると、気を取り直した三流作家が、新たな原稿に取り掛かっていた。
「こんにちは。先生、進捗どうですか?」
「おぉ、高木くん。この間の恋愛小説は『一週打ち切り』だったが……」
手越はくるりと椅子を回し、にこやかな笑みを浮かべた。
「……今回のは自信作だ。見てみたまえ」
高木は原稿を覗き込んだ。
※
「変だな……」
「どうしたの? 探偵さん」
「……もしかしたら犯人は別の人なのかも」
「え? どう言うこと?」
「だって、さっきあの人、本来ならあり得ないことを口走ったんだ。気が付かなかった?」
※
「へぇ。今度はミステリですか」
「そうそう。館ミステリだよ。何を隠そう、館時刻表双子密室叙述暗号倒叙医療etcミステリだよ。コイツぁ、今までの全てのジャンルを詰め込んだ、画期的なミステリ小説になるぞ」
鼻息荒く意気込む作家の前で、高木は悲しそうに頭を振った。
「……残念ですが、この原稿はお受けできません」
「な!?」
「発想も意味不明ですが、何より『タイパ』が悪いので」
「何……また『タイパ』か!」
「30秒で……いや一行目で事件を解決してください。じゃないと読者は見限ります」
「無茶苦茶だ! そんな推理小説あるもんか!」
「なので……」
高木はキーボードに指を這わせた。
※
「犯人はお前だ!」
「良く分かりましたね。そうです、犯人は私です」
「変だな……」
「どうしたの? 探偵さん」
「……もしかしたら犯人は別の人なのかも」
「え? どう言うこと?」
「だって、さっきあの人、本来ならあり得ないことを口走ったんだ。気が付かなかった?」
※
「……こうですね」
「早過ぎるよ! これじゃ意味が変わってくる!」
「何か変ですか?」
「変なのはお前だろ! これじゃ、自分で自分に疑問を抱いてるじゃないか。あり得ないこと口走ってるのは探偵の方だよ!」
「効率重視なので」
「やめろ! そんな原稿を持っていこうとするな……ぎゃああああッ!?」
高木は抵抗する手越を突き飛ばし、原稿を無理やりもぎ取った。手越は勢いそのまま階段を転げ落ち、原子核が不安定になって同位体がアルファ崩壊した。
次の日。
『高木の出入りを禁ずる』。
手越の家に行くと、そんな張り紙が玄関に貼ってあった。出禁になった高木が無視して書斎を訪ねると、ちょうど手越が、性懲りも無く、またまた新たな原稿に取り掛かっているところだった。
「こんばんは。先生、進捗どうですか?」
「た……高木くん!」
手越は高木に気付き、青い顔をしてさっと原稿を隠した。生意気な。たかが作家風情が、編集者に原稿を隠すとは何事か。
「先生、何書いてんですか? ちょっと読ませてくださいよ……」
「や……やめろォーッ! 近づくな……俺の原稿に触るなーッ!」
「うけけ。うけけけけ!」
高木は抵抗する手越を縄で縛り上げ、光るパソコンの画面を覗き込んだ。
※
……こうして信長と光秀は出会った。2人ともまだ気がついていない。これはまだ、長い長い、大河のようなドラマの始まりに過ぎないことを。
※
「やれやれ。今度は歴史小説ですか。相変わらず節操ないですね」
「お前が俺の原稿を潰してるからだろ!」
「よりにもよって信長と光秀ですか……もう散々書き尽くされてるでしょ」
「別に良いだろ、誰が書いてようと。俺が書きたかったんだから」
「だけどどうせ書くなら、やはり……」
※
余談だが……こうして信長と光秀は出会った。2人ともまだ気がついていない。これはまだ、長い長い、大河のようなドラマの始まりに過ぎないことを。
※
「全編を余談にするなよ!」
「これなら読者は飛ばして読める」
「最初から最後まで読み飛ばさせてどうするんだ! 信長と光秀を……戦国史の最重要部分を丸々余談にする奴初めて見たよ!」
「『タイパ』なので。『タイパドラマ』です」
「やかましいわ!」
「良いから寄越せ! 原稿を!」
「ぎゃ……ぎゃああああッ!?」
高木は縛られた手越を突き飛ばし、原稿をもぎ取った。手越は勢いそのまま大気圏を突破し、光の速さを超えた手越は銀河系を飛び出して、小惑星と衝突すると爆発四散した。
その間、わずか30秒だったと言う。