幸福を運ぶ鶏?
アランは復旧資金の一部に充てるため、売り払うための品を領地からはるばる運んできたのだという。
とにかく見てみなくては始まらないと、俺たちはボーウェン子爵家のタウンハウスにお邪魔することになった。
家族は領地で暮らし、アラン自身は寮生活とあり、貴族街の外れにある小さな邸宅は基本的に無人らしい。
今は領主代理として動いているアランを補佐するため、普段は父親付きの中年の侍従と、同じく中年のメイドのみが滞在しているとのこと。
俺たちが到着した際、侍従とメイドがタウンハウスを滞在用に整えている真っ最中であった。
アランを筆頭に、それぞれが非常に恐縮しながらもてなそうとしてくれているのを、エミリア嬢がきっぱりと止める。
「あのね、私たちはお茶を飲みにきたんじゃないの。自分たちの仕事を続けてもらって結構よ」
尊大に言い放つと、彼女はまだ玄関脇に積まれている木箱の中身を覗き始めた。
アランたちボーウェン子爵家側の面々は非常に面食らっている様子だったが、俺とメリッサ嬢が落ち着いて後ろに控えている姿を見て、こういうものだと納得したらしい。
そもそもエミリア嬢には他人を従わせてしまう何かがあるので、見慣れた光景でもあった。
木箱の中身は、大半が置物や絵画のようだった。
俺には審美眼などないので、それぞれが古そうだということしかわからない。
実際、そのほとんどは倉庫のような場所に置かれていたのだろう。
埃の積もった品々が、区別なく詰め込まれている。
領主の館に飾られていたと思われる品には布がかけられていたりと、少しだけ扱いが違うようだったが、それほど大差はない。
それをエミリア嬢は、一つずつ丁寧に観察していく。
余程真剣なのか言葉も発さない彼女を眺めることしかできない俺たちに、アランは言い訳じみた説明を口にする。
「骨董品とも呼べないような、ただの古いものばかりです。二束三文でしょうが、ないよりはマシだと思って……それに宝石の付いているものなどは、最悪それだけでも売れるはずなので」
買い叩かれる覚悟はしているらしい。
流石に、ここには代々受け継がれてきたような大切な品や宝飾品は含まれていない。
明日にも領主である父親が意識を取り戻すかもしれない状況なのだ。
そんな中でアランに動かせるものから、彼なりの最善策を選んでいるようだった。
「父が目を覚まそうと、金庫の中身が急に増えるわけではありませんから」
そう言って遠い目をしたアランが、何かに気づいた。
視線を辿れば、小さな机の上に木箱が一つだけ除けられている。
「あれは何だ?」
「申し訳ございません、急な来客ですっかり忘れておりました。若旦那様がお出かけになられた後に届けられたものです。届けた者によりますと、以前旦那様がご注文なさった品だとか……」
「父が?」
怪訝そうに首を傾げるアランに、中年の侍従もまた困惑の表情を浮かべている。
木箱はそう大きなものではなかった。
侍従が蓋を開け、アランを挟むようにして俺とメリッサ嬢もそれを覗き込む。
果たして、木箱の中身は鶏の置物であった。
やや褪せてはいるものの、ぽってりとした鶏は鮮やかに彩られている。
瞳には色の付いた小粒の宝石があしらわれていた。
箱の中で少しとぼけたように小首を傾げる姿には愛嬌を感じる。
薄暗く埃っぽいタウンハウスの一角が、パッと明るくなったようだ。
「何だ、これは……!?」
「可愛いですね」
アランはわけがわからないと眉を寄せるが、対してメリッサ嬢は頬を緩めている。
ただの鶏の置物ではあるものの、なんだか見ているとほっこりするようなたたずまいなのだ。
「あら、随分と良い品ね」
一通り見終わったのだろうか。
気づけばエミリア嬢も箱を覗き込んでいた。
「そうなんですか? なぜ父はそんなものを……」
「この職人の作品は結構人気なのよ。状態も良いし、ほら、しっかりと刻印も残ってるじゃない」
ぶつぶつとつぶやくアランに、エミリア嬢が丁寧に鶏を箱から出してひっくり返す。
すると台座の裏側には、確かに人の名前が彫られていた。
こういう目利きができるところなどは、やっぱり高位貴族の令嬢なのだなと感じさせる。
というか、彼女の興味の範囲が幅広いのだと思う。
「これならオークションの目玉にできそうね」
「オークション、ですか?」
思わぬ単語にそれぞれきょとんとしていると、鶏を箱に戻したエミリア嬢が他の木箱を示す。
「こんなにたくさんあるんだもの。まとめて売ったところで大した額にはならないわ。それよりも、貴族たちを集めてオークションを開くの。災害への寄付を募る形なら、みんな気前よく財布の紐を緩めるはずよ」
「寄付……ですか」
「ちょっと、アラン。貴方この期に及んで、変なプライド意識を持っているんじゃないでしょうね?」
顔を曇らせたアランを、エミリア嬢が睨みつける。
彼は色々と大変な状況に置かれていたにもかかわらず、婚約者であるメリッサ嬢にすら情けないと相談できなかったのだ。
急に大々的に寄付を募ると言われて、尻込みするのも無理はない。
……が、相手はエミリア嬢なのだ。
奔放で憎めない彼女だが、悪く言えば自分本位な面もある。
つまり、簡単に止まるような人ではない。
「領地が災害に遭った。橋を修繕しなくちゃならない。領民への支援も必要。だから資金を集めるために物を売りたい。真っ当な理由じゃないの。使い道が同じなら、より高く売れる方法を選んだ方が賢いってものでしょ」
「しかし……!」
「別に、施しを受けろと言っているわけじゃないわ。貴方の家がジリ貧だなんて大っぴらにもしない。ただボーウェン子爵家は領地を大切にしていて領民想いだってことをアピールして、社交のオフシーズンで暇と財力を持て余している貴族たちへ慈善を名目に気持ちよく散財させてあげる機会を作るってだけ」
高位貴族の令嬢であるエミリア嬢の言葉は、至極もっともらしい。
懇々と諭され、ゆっくりとアランは肩の力を抜いたようだった。
それでもまだ決めかねるのか、悩ましげな表情を浮かべている。
仕方なさそうに首を振ったエミリア嬢が、再び鶏の置物が入れられた箱を覗き込む。
彼女の様子から、恐らくこれ一つ売るだけでも当座はしのげるのだろうなと思った。
「……あら、箱の底にも何かあるみたいよ」
「カード……ですね」
アランが手を伸ばして、箱の底からカードを拾い上げる。
淡く染めた紙に優美な字で、彼の父の名前と送り主であろう人物のイニシャルが記されている。
裏返すと、そこには短いメッセージがしたためられていた。
『~この鶏が御子息と花嫁へ幸福を運ぶことを祈っています~』
「これは……まさか、この鶏は僕たちの結婚祝いのために用意したというのか?」
「まぁ……!」
御子息と花嫁というのは、アランとメリッサ嬢のことを指しているのだろう。
二人が驚きに目を丸くした。
その内容にエミリア嬢も納得したように頷く。
「鶏は縁起が良いとされているし、結婚の贈り物にピッタリね。この職人の作品は数も多くないから、早めに手に入れておいたことも説明がつくわ」
それを聞いて、アランは複雑そうだった。
父親の気持ちを無下にしたいわけではないが、今は金策に奔走している最中なのだ。
金庫の中身がほとんど空になっていた理由の一つが、自分たちへの贈り物のためだったと知って、こみ上げてくるものもあるのだろう。
「すみません、お二人とも。少しメリッサと相談してきてもよろしいですか?」
「アラン……そうね。エミリアさん、ヒューバートさん、私からもお願いします」
大切なことなので、当事者たちで話し合った方がいいだろう。
俺としてはただ待つだけなので、頼まれるほどのこともない。
エミリア嬢も構わないようで、お互いに視線を交わして頷く。
「どうぞ。別に、無理なら今日急いで結論を出すこともないわ。二人でしっかり話し合ってちょうだい」
流石のエミリア嬢も、結婚祝いの品をオークションに出品するのを強行しようとは思っていないようだった。
少し安心したのは秘密だ。