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現れた婚約者



 事態が動いたのは、それからしばらく経ってからのことだった。


 昼休みに、血相を変えたエミリア嬢に腕を掴まれる。

 メリッサ嬢の姿はない。



「来て!」



 そして彼女は俺の腕を掴んだまま駆け出した。

 すれ違う生徒がギョッとした顔でこちらを見るが、それどころではない。



「アランがいるのよ!」

「えっ……!?」



 なんと、メリッサ嬢の婚約者であるアラン・ボーウェンが学園に姿を現したのだという。

 あれから、実にひと月ぶりだろうか。



「メリッサ嬢は――」

「今、見張ってるわ!」



 どうやら発見次第の突撃はしなかったようだ。

 気が気じゃないだろうに、こうして俺を迎えに来たということは、何か役目があるのだろう。


 玄関ホールに続く廊下の柱の陰に隠れるようにして、メリッサ嬢が待っていた。



「あ、ヒューバートさ――」

「彼はどこに?」



 すぐに俺たちに気づいたメリッサ嬢に問えば、彼女は焦ったようにまた視線を柱の先に戻した。

 その視線を追えば、学園の玄関ホールの片隅で朽葉色の髪をした男子生徒が友人たちに囲まれているのが見える。


 彼こそ、メリッサ嬢が焦がれるほど待ち続けたアランなのだろう。

 他の生徒と違い、やつれているように見えるのは気のせいではないはずだ。



「俺は何をすれば?」

「アランをれ……、連れてきて。できる限りさりげなく。部屋は押さえてあるわ」

「わかりました」



 今、連行って言おうとしたな。

 俺を呼んだのは、確実にアランを逃がさないようにするためだろう。


 任せてくれとばかりに頷けば、メリッサ嬢のすがるような視線が少しホッとしたものに変わる。

 本当はすぐにでも婚約者に駆け寄りたかったに違いないのに、こうして頼ってもらえた思うと胸が熱くなる。


 俺は託された想いに応えるべく、玄関ホールへ足を進めた。



 アランは、休学中に何をしていたのか聞き出そうとする友人たちに言葉を濁している最中だった。



 俺が近づくと、彼は不思議そうにこちらへ視線を移す。

 それに続くように俺を見る彼の友人たちに、俺は先に身体を向ける。



「すみません、ご友人に手続き関係で確認することがあるので外していただけますか」



 疑問形ではない。

 特にぶつくさ言われることもなく、彼らはアランに軽く挨拶すると去っていった。


 俺を生徒会の人間か何かだと思ったのだろう。

 婚約破棄に関しても手続き関係に違いはないのだから、嘘は言っていない。



 一人残り怪訝そうな表情を浮かべるアランに、俺はそっと背後を示す。

 その先には湧き上がる不安と戦っているメリッサ嬢の姿があるはずだ。



「行こう。貴方を待っている人がいる」

「……はい」



 低く小声で告げれば、彼も観念したように頷いたのだった。



「アラン……!」

「メリッサ……」



 ようやく再び邂逅を果たした二人だが、ここでは目立ってしまう。


 エミリア嬢がそっと移動を促す。

 彼女を先頭に、俺たちは口を開くことなく歩き始めた。



 途中、偶然次の授業を担当している教師を見かけたので、断りを入れて少し待ってもらう。


 流石に、次の授業には出席できない。

 いくら婚約者とはいえ、人目のないところへアランと彼女たちだけにしていくわけにはいかないだろう。

 アランが逃げ出さないとも限らないしな。


 驚いたのは、理由も説明していないのに教師までが気の毒そうな表情を浮かべて、欠席の許可を出してくれたことだった。

 教師からエミリア嬢たちは見えていないはずなんだが……本当にどういうことなんだろうか?

 とはいえ、ありがたいことには違いない。


 俺は速足に彼女たちと合流して、移動を再開した。



***



 辿り着いたのは、豪奢な一室だった。

 高位貴族向けのサロンの個室なのだろう。


 当然、教室と訓練棟と寮の行き来しかしない俺には、足を踏み入れたことのない空間である。

 エミリア嬢は平然としているし、メリッサ嬢もアランもそれどころではない様子で、自身の場違いさを気にしているのは俺だけのようだった。



 部屋の中心に置かれたローテーブルを挟み、向かい合うように置かれたソファーをエミリア嬢が示す。

 片方にエミリア嬢とメリッサ嬢が、その反対に俺とアランが腰を下ろした。

 ソファーはふかふかさ加減が絶妙で、やや緊張気味だった心が少しほぐれる。


 ローテーブルにはホカホカと湯気を立てた茶器が置かれており、エミリア嬢が手ずからお茶を淹れてくれた。

 多分すごく高級な茶葉が使われているのだろうが、俺にはとにかく美味しいということしかわからない。

 きれいに並べられたお茶菓子には、誰も手を伸ばそうとはしなかった。


 ようやく目の前に現れた婚約者を見つめ、メリッサ嬢はしばらく逡巡したのちに口を開いた。



「アラン、あなた……一体どこに行っていたの? 連絡も取れなくて、私……あれから、ずっと待っていたのよ」

「メリッサ、すまない……! 本当に、すまなかった……!!」



 ここまで堪えていたのだろう。

 メリッサ嬢の眼鏡の奥にある瞳から、大粒の涙がぽろぽろと零れる。

 これまでのひと月は、相当長かったに違いない。


 そんな痛ましい婚約者の姿に、アランはソファーから駆け寄って跪く。

 明るい部屋では、彼の様子もよく見て取れた。



 彼は彼で、相当やつれ果てていた。


 制服を着て何とか体裁を整えてはいるものの、身も心もズタボロといった雰囲気を纏っている。

 睡眠不足なのか目の下にはクマが広がり、気遣わしげにメリッサ嬢の手を握る彼の手は細く骨ばっている。


 真摯なその様子からは、婚約者を心から想っているのが伝わってくる。


 メリッサ嬢と最後に言葉を交わした日、慌ただしく去らなければならない事情があったのだろう。

 彼の仄めかした婚約破棄というのが不純な理由であるとは、とても思えなかった。



「あなたの身に何があったのか、どうして私たちが……婚約破棄になるかもしれないのか、きちんと説明してくれる?」

「あぁ、もちろんだ……だが」

「このお二人には、あなたがいなくなってから随分お世話になっているの。エミリアさんもヒューバートさんも、あなたのする話を吹聴したりしないわ」



 見知らぬ人間の前で事情を説明するのにためらっているらしい婚約者に、ようやく泣き止んだメリッサ嬢がそう紹介してくれた。

 俺は少しこそばゆい心地がしたが、正面に座っているエミリア嬢が期待で瞳を輝かせているのを見て冷静になった。



「彼女のそばにいてくださったのですね……本当に、ありがとうございます。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。もうすでにご存じでしょうが、僕はボーウェン子爵家の嫡男で、アランと申します」

「フォレット侯爵家のエミリアよ」

「騎士科に所属しています、ラティマー伯爵家のヒューバートです」



 アランはエミリアが学園の有名人だと気づいたらしく、驚きで目を瞬かせた。

 そして次に、俺が騎士科だと聞いて怪訝そうな表情を浮かべる。


 訓練のある騎士科は、一般の生徒とはカリキュラムが少し異なる。

 まぁ、普通に考えて接点があるとは思えないからな。



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