婚約破棄のきっかけ
例の品の元の持ち主は、案外すぐに見つかったらしい。
驚きの調査能力というか、なんというか。
俺は訓練があり同行できなかったが、エミリア嬢とメリッサ嬢で早速話を聞きに行っていた。
「浮気男にお詫びの品として贈られたんですって。あまりに腹が立ったものだから、その場で放り投げたということよ」
「まだカンカンに怒ってましたねぇ……」
そのご令嬢は「馬鹿にするにも程がある」と、未だに怒り狂っていたという。
名前を聞けば、ご令嬢はいわゆる『成金』と呼ばれる男爵家の一人娘。
怒りに任せて宝石付きの品を放り投げたというのも、多少は納得できた。
話によれば婚約者の浮気発覚を皮切りに、その男が女性関係にだらしない類だという証拠がボロボロと出てきたらしい。
相手は親同士の決めた婚約者で、ご令嬢の実家である男爵家に婿入り予定。
しばらくは大人しくしていたようだが、妻となる人だけを愛するということのできるタイプではなかったようだ。
せめて隠し通す努力くらいすればいいところを、そういった芸当に長けているわけではないことは少し調べればわかってしまう。
そんなことでは困ると注意交じりに非難すれば、相手は「平民上がりはこれだから……」とぼやいてみせたという。
そしてその数日後、「次は気を付けるよ」との言葉と共に例の品を手渡される。
少女趣味なリボンに、大きくて目立つだけの宝石があしらわれた髪飾り。
価格はそれなりに張るだろうが、価値はまるでない代物。
そこからは成り上がり者、虚栄心の塊の持ち主にはこれで十分だろうという意図が明確に伝わってくる。
軽薄な言動に、誠意を感じられない贈り物。
浮気されたことよりも、実家を馬鹿にされたことが許せなかったらしい。
そうしてそのご令嬢は湧き上がる怒りのままに、その贈り物を投げ捨てたということだった。
現在、婚約破棄に向けて色々と準備を進めているそうだ。
明らかに向こうが悪いので、ただでは済ませないだろう。
ご令嬢の実家は相当吹っ掛けるに違いない、とエミリア嬢は言う。
事情を聞き好奇心を満たされたエミリア嬢は、ある程度は満足したらしい。
けれど同時に、浮気男について話すときは随分と白けているようだった。
彼女の婚約者もそういうパターンだったことがあるらしい。
婚約者がいるというのに救いようのない男もいたものだと、俺は心の底から驚いていた。
騎士科にも、馬鹿な奴はいる。
そんな奴らのための先人たちの教えが残っているくらいだ。
曰く、『女遊びがバレたら、自分の話はせずにとにかく謝り倒せ!!』ということらしいが……。
決して、そうすればいいとか、それが正解だとは思わない。
けれど流石に、その浮気男の行動は論外だろう。
「……そのご令嬢が怒るのも当然ですね」
結局、俺はこのような言葉を何とか絞り出したのだった。
「怒るのは別に構わないのだけど、いわくつきの品を押し付けるのはどうかと思うわ。売るなり捨てるなり好きにしろと言われてもねぇ……」
エミリア嬢の手の中には、まだ例の品があった。
返そうとしたらしいのだが、「もう捨てたものなので」と元の持ち主であるご令嬢には受け取り拒否されてしまったという。
処分するために持っているのも嫌、ということらしい。
「でも部外者が持っていたら……その、送り主のご令息に何か言われたりしないでしょうか?」
心配げなメリッサ嬢の問いに、エミリア嬢は皮肉っぽく鼻を鳴らす。
「馬鹿にしていた女にくれてやった品よ? いくら浮気男でも、そこまでみみっちい真似はしないわよ」
「そういうものでしょうか……」
「向こうの家が血眼になるほど高価というわけでもないし。後からどうこう言ってくることはないと思うのよ。だから欲しいなら、メリッサが持っていたらいいわ」
「ひゃあ、滅相もない……!! あの、エミリアさんたちにとってはそうでもないのでしょうが……そんな高価なもの、持っているのも怖いです!」
ぶんぶんと両手を振って拒否を示してから、「自分が贈られたのならともかく……」と、メリッサ嬢は最後にぽつりと付け加えた。
それに関しては俺も全く同感である。
拾っただけで、こんな高価な品をポンと渡されてはたまったものではない。
俺とメリッサ嬢が頷き合っていると、座りの悪さを感じたのか、エミリア嬢が再び口を開いた。
「要するに、失った信用を取り戻せるほどのものじゃないってことよ。値段に関係なくね」
「失った、信用……」
その言葉に、メリッサ嬢は顔を曇らせ俯いてしまう。
『婚約者の不貞』というのは他人の話だったにしても、今のメリッサ嬢には辛いところがあるのだろう。
不安の浮かぶ表情には気づいていた。
先ほどのやり取りで少しだけ気が紛れていたのだろうが、こうして堪えきれなくなるときもある。
彼女の婚約者であるアラン・ボーウェンは、未だ学園には姿を現さない。
まだ連絡も取れていないという。
メリッサ嬢の選択とはいえ、こうして待ち続けるだけというのは神経をすり減らすものだ。
一日でも早く、彼女の心に平穏が訪れることを祈るばかりだった。