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木の上にあったのは



 ある日のこと。

 エミリア嬢が中庭の木の枝を掴んでいるのを、メリッサ嬢が必死に止めている現場に遭遇した。



「エミリアさん、危ないですよ……!」

「だって気になるんだもの! やったことはないけど、木登りくらいできるわ!」



 なんだか随分と威勢のいい言葉だ。


 一体どういうことか事情を聞くと、「上に何か引っかかってるの!」とのこと。

 上階の教室の窓から見えたので気になったらしい。



 俺は、うーんと木を見上げる。

 確かに、てっぺんの方に何か引っかかっているようだった。


 観賞用に整えられた木は、上の階の窓から見下ろせる程度でそう高いものではない。

 ただ、エミリア嬢は一番低い枝を掴んでいるが、それでも彼女の頭上にある。

 鍛えているならともかく、木登りをしたことのないご令嬢が腕の力だけで上るのは厳しいだろう。



「手を貸しますよ」

「え……?」



 木の幹に背中をつけ、腰を落とし手を組んで差し出す。

 そんな俺に、二人はぽかんと驚いたような表情を浮かべた。



「な、何をしているの?」



 エミリア嬢でも驚くことがあるのか、と俺は心の中で思った。



「ほら、ここに足を乗せれば枝に移りやすいでしょう?」

「足を……乗せるの?」

「あぁ、四つん這いになって背に乗ってもらった方が安定しますかね」

「よつっ……!? いえ、そこまでしなくていいわ!」



 そう言って、彼女は俺の前に立つ。

 それから、重くないのかとか大丈夫ですとか痛くないのかとか、そんなやり取りの末にエミリア嬢はおずおずと足を差し出した。



「……本当に、いいのね?」

「もちろん、大丈夫ですよ」

「どうして……こんな風にしてくれるの?」



 何か気がかりでもあるのか。

 俺の肩に手を置いてそんなことを言うので、首をかしげてしまう。



「上りたいんでしょう?」

「っ……えぇ、そう! 上りたいわ!!」



 俺の言葉に、エミリア嬢はパッと顔を輝かせた。

 それなら問題ない。



「それじゃあ足をここに置いて、グッと蹴り出してください」

「わかったわ。……いくわよ!」



 張り切った声を上げ、エミリア嬢は最初の枝を掴んだ。

 足をゆっくり押し上げると、何とか掴んでいた枝に上ることに成功する。


 枝ぶりからして、一本上ってしまえばあとはそう難しいところもないだろう。

 もちろん、気を付ける必要はある。



「あの……ヒューバートさんが取ってくるんじゃダメだったんですか?」



 ハラハラと頭上を見上げつつ、傍らに立ったメリッサ嬢が小声で俺に尋ねる。

 そこにはわずかに咎めるような声音が混じっていた。


 言いたいことはわかる。

 俺が木に登って引っかかっているものを取ってきた方が、よっぽど早くて確実だろう。

 とはいえ……。



「それじゃあ、あの人は満足しないでしょう」



 俺の言葉に、メリッサ嬢は納得の色を浮かべた。

 そういうことなのだ。


 それにこの高さの木なら、何かあっても受け止められる。



 ちなみに、エミリア嬢は制服スカートの下にどこからか調達したらしい男物の制服ズボンを重ねて身に着けている。

 だからできたことなのだ。

 そうでなければ、流石に俺も断固反対していた。



 ややあって、「取れたわー!!」という嬉しそうな声が降ってきた。

 エミリア嬢は木のてっぺんで満面の笑みを浮かべて、手に握った何かを振っている。


 彼女は俺を見下ろすと、何かを期待するような表情を浮かべた。



「どうぞ。受け止めますよ」



 俺が苦笑を浮かべて腕を広げるなり、エミリア嬢は迷いなく木の上から飛び降りた。


 ふわりとスカートが翻り、白銀の髪が青空を背に広がる。

 彼女が軽かったおかげで難なく受け止めることができたので、内心ほっとした。


 ……正直、あまりに迷いがなさ過ぎて怖いと思ってしまったのは秘密である。

 メリッサ嬢はちょっと目を剝いていた。



「はぁ~、楽しかった!!」



 言葉通り喜色を浮かべるエミリア嬢の姿に、俺とメリッサ嬢は顔を見合わせる。

 色々と心臓に悪い彼女だが、こんな風に屈託ない態度を取るものだからつい受け入れてしまうのだ。



 まぁ、確かに『変わり者』には違いない。

 そういえば直近の元婚約者は、エミリア嬢が見たことのない虫を嬉々として捕まえては見せにくるのが無理で婚約破棄になったんだったか。


 あまりに彼女の婚約破棄が多すぎて、最近は両家ともダメ元みたいな雰囲気から始まるそうだ。

 なので婚約破棄の理由も、割と軽くて雑なものになっていっているという。


 それはそれで深刻な気もするが、エミリア嬢は特になんとも思っていなさそうなのがやっぱり大物だと思う。



「リボン……髪飾り、かしら?」

「うわぁ、大きな宝石ですね」



 エミリア嬢が手を広げ、拾ってきた品を覗き込んではメリッサ嬢と何やら囁き合っている。


 遠目からはきれいな端切れにしか見えなかったが、少しばかり汚れているもののかなり上等な品らしい。

 よく見れば、彼女たちの言うように、精緻な加工が施された宝石をあしらった飾りが縫い付けられている。



「粒は大きいけど、質はまあまあね。それでも学生が身に着けるにはかなり高価なものだと思うわ」

「そうですよね……。落とし……いえ、持ち主は一体誰なんでしょうか?」



 落とし主、と言いかけたメリッサ嬢が、木の上に引っかかっていたことを思い出したのか、少し言い方を変えた。

 確かに、落とし物にしては妙な場所にあったものだ。


 エミリア嬢が中庭の上空をぐるりと見まわす。



「上の階の教室を使っている生徒だと思うわ。それだけじゃ、ちっとも絞り込めないけれど」

「降ってきた……ってことですか!?」

「うーん、落としたというよりは、放り投げたとか、投げ捨てた……ってところじゃないかしら」



 驚愕の表情を浮かべるメリッサ嬢に、エミリア嬢は自説を述べた。

 下から投げ上げて木に引っ掛けるというより、余程説得力がある。



「故意にそうしたものだと?」

「そうだと思うわ。他人がいたずらでやったにしては高価すぎるものだし、持ち主か、余程親しい間柄の人間の仕業でしょうね」

「ひゃぁ~こんな宝石の付いたものを投げるなんて、信じられません」



 両手を頬に当て、メリッサ嬢がゾッとしたような声を上げる。

 全く同感だ、と俺は心の中で呟いた。


 だがそんなことは気にならないのか、エミリア嬢はその整った顔に再び喜色を浮かべる。



「あはっ、気になるわ! 誰が、どうしてこんなことをしたのかしら!! 知りたいわ……絶対に、突き止めてみせるわよ!」



 嫣然とした笑みに、言葉通りの決意が滲む。

 あっ……と思い、俺はメリッサ嬢と視線を交わした。


 出会ってから、こういうことは度々あった。

 エミリア嬢は一度スイッチが入ってしまうと、暴走しがちなのだ。


 例の婚約者の件も、大捜査を始めようとした彼女へメリッサ嬢が大っぴらにしたくないと懇願して、ようやく落ち着かせたという経緯がある。


 とはいえ、流石の彼女も木登りを終えた直後に動き回る気にはならなかったらしい。



 解散か、と立ち去ろうとしたとき、エミリア嬢が俺を引き留める。

 おずおずとどこかためらいがちな様子は、彼女らしからぬものだ。


 エミリア嬢は、少し控えめに口を開いた。



「ヒューバートは……さっきはどうして、木登りを手伝ってくれたの? 踏んづけるなんて、貴方も汚れてしまうし……どうしてそんなに、私に協力してくれるの?」



 まさか、手を貸してそんな風に不安そうに聞かれるとは思わなかった。

 俺は内心首をかしげてから、口を開く。



「騎士道は奉仕の心を重んじているのですよ、レディ」



 俺の言葉に嘘がないことが伝わったのだろう。

 一拍置いて、エミリア嬢は心底愉快そうに笑ったのだった。



 ……それにしても。


 なんだか少し離れたメリッサ嬢の視線が、やけに生ぬるいのは気のせいではないだろう。

 それ以上に……周囲からの、可哀想なものを見るようなこの視線。

 気の毒そうな色が一層強まっているのは、本当に一体どうしてなのだろうか?



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