変わり者グループ結成
翌日、ルース子爵令嬢は早々にハンカチを返してくれた。
意外なことに、今日もフォレット侯爵令嬢と連れ立っている。
あの後も彼女に話を聞いてもらったのだという。
昨日は随分とショックを受けていたように見えたのだが、こうして学園に顔を出せる状態とわかってほっとした。
「お礼になるかわかりませんが……あの、幸運を願って刺繍を入れさせていただきました。簡単なもので、ご迷惑にならなければいいのですが……」
「面白そうだったから、私も刺繍を入れておいたわ。派手な図案じゃないから、邪魔にはならないと思うの」
遠慮がちなルース子爵令嬢の声に、あっけらかんとしたフォレット侯爵令嬢の声が重なる。
彼女たちの言葉に俺は心底驚き、手元のハンカチをまじまじと眺める。
「うわぁ……これは凄い」
思わず声も漏れるというものだ。
なんと、イニシャルと縁取りが加わっている。
恐る恐る広げてみると、イニシャルとは反対側に騎士科の紋章が刺繍されていた。
確かに……派手ではないけれども。
それでも、俺には想像もつかないほど手が込んでいるのはわかる。
何の変哲もない白い木綿のハンカチだったのに、淡い色の糸で緻密な刺繍が施されたことで、とても普段使いするにはもったいない品となっている。
それ以上に……令嬢からの刺繍入りハンカチって、婚約者からとか姉妹の練習台以外でも貰えるものなのか!? と俺はびっくりしてしまった。
幼馴染の女の子がくれたという話も聞いたことはあるが、そんなものは例外中の例外だろう。
「もったいない品です。わざわざありがとうございます。大切にします」
あまりの衝撃にやや放心したまま、俺はお礼の言葉を述べる。
恭しくハンカチを胸ポケットに収めると、令嬢たちは嬉しそうにはにかんだのだった。
ちなみに、図案は二人で相談して、縁取りをルース子爵令嬢が、イニシャルと紋章をフォレット侯爵令嬢が刺繍を施してくれたそうだ。
***
「お前ら、もう『変わり者グループ』って周りからの認識になってるぞ」
友人が諦めたようにそう呟いたが、それでどうしてそんなに可哀想なものを見るような視線を向けるのか。
彼女たちを見かけると、不思議と友人は姿をくらます。
驚異的な察知能力というか、なんというか……。
何が友人をここまでさせるのか、俺にはさっぱりだ。
「別に、そこまで一緒にいるわけじゃないのはお前も知ってるだろ?」
「やだもうこの子、全然わかってない~!」
どうやら言いたいのはそういうことではないらしい。
友人はあきれ顔をしてみせる。
「顔を合わせる度に名前で呼び合ってたら、そりゃあ仲良しですねってなもんよ」
「そんなもん、かなぁ……?」
確かに俺たちはお互いを名前で呼び合うようになった。
エミリア嬢から、堅苦しいのは嫌だと言われてしまったのだ。
まぁ、彼女ははじめから俺たちを名前で呼んでいたが。
あれ以降、学園ではエミリア嬢とメリッサ嬢が連れ立っている姿を見かけるようになった。
そして彼女たちは、俺に気づくと毎度声をかけてくれる。
なので俺の方からも挨拶をするようになっていったのだ。
はじめは短く言葉を交わす程度だったのが、次第に女子トークのようなものに参加させてもらうことも増えてきた。
エミリア嬢はやっぱりどこか変わっている。
そんな彼女の突拍子もない話に、俺とメリッサ嬢がいちいち反応するのが面白いらしい。
メリッサ嬢の気も紛れるので、それもいいのだろうと思う。
もちろん、メリッサ嬢の婚約者のことを忘れているわけではない。
けれど結局のところ、彼女の婚約者であるアラン・ボーウェンに直接話を聞くしかないのが現状である。
彼はメリッサ嬢と会ってから、学園に姿を現していない。
メリッサ嬢が学園に問い合わせた際、彼がしばらく休学すると申請を出していたことが判明した。
学生寮にも姿はなく、彼のご実家に手紙を送っても未だ返事はないそうだ。
ボーウェン子爵家の領地に戻っている可能性が高いのだが、それも辺鄙な場所にあるという。
メリッサ嬢にはそれでも追いかけるという選択肢は存在しているものの、彼がいるのかもわからない遠方まで足を運ぶのは流石に躊躇われるようだった。
そこまですれば、メリッサ嬢のご実家に話が伝わってしまう可能性も高い。
婚約破棄という結末を回避したい彼女にとって、それは望ましくないことだった。
なのでアラン・ボーウェンが次の長期休暇まで戻らなければ、エミリア嬢がメリッサ嬢を連れてフォレット侯爵家の馬車で突撃訪問する方向で話は進んでいた。