一緒にいると楽しい人
「フォレット侯爵令嬢とパーティーで踊ったんだって? お前って、本当に大物だよなぁ。いっそ感心すら覚えるよ」
翌日、友人はしみじみとそんなことを言ってきた。
一体どこからそんな情報を仕入れてくるのかと思うが、今更だろう。
「なあ、もしかして父親のフォレット侯爵にも会ったのか?」
「家にお邪魔したんだから当然だろう。挨拶させていただいたけど、ずいぶんと気さくに接して下さったよ」
本心は知りようもないが、少なくとも嫌そうだったり迷惑そうな雰囲気は感じなかった。
プライベートでは、普通に娘思いの父親という印象だった。
領主という立場からは、アランから領地のことだったり橋の修繕について真摯に話を聞いて、的確な助言までしてくれていた。
帰り際もわざわざ俺たちを見送ってくれて、社交辞令だろうが「また是非遊びに来るといい」と言ってくれたほどだ。
思い返しても、いいお父さんだなと思う。
「お前それ……いや、もう手遅れだな」
友人は諦めたようにそんなことを言うと、俺の肩をポンポンと叩く。
やっぱりコイツの言うことは意味が分からない。
***
「オークションは大成功だったけど、アランが領地に戻ったんじゃ、メリッサはまたしばらく寂しいわね。離れていたら心配も尽きないでしょう?」
「いえ、今は彼がどこで何をしているのかもわかっていますし、そこまで心配はしていません。彼の気持ちを疑ったり、やたらと気を揉むこともないので、ずっといいです」
エミリア嬢の問いに、メリッサ嬢が笑顔で返す。
そこに以前の悲壮感はない。
アランはオークションの売り上げを受け取ると、ボーウェン子爵領へ帰っていった。
想定を大幅に超えた額を持ち帰ることになり、狼狽した彼を落ち着かせるのには少し時間がかかったが、過ぎたことである。
領地での橋の修繕などは、既にある程度動き出しているという。
彼の父親もベッドから起き上がれるようになったそうなので、もう大丈夫だろう。
なのでアランは改めて引継ぎやらを済ませ次第、そう遠くないうちに戻ってくる予定だ。
「それもそうね。あの頃よりはずっといいし……あはっ、彼には特産品の件もしっかり話をつけてきてもらわなくちゃ」
そう言って、エミリア嬢は楽しげな笑みを浮かべる。
彼女は先日ボーウェン子爵家のタウンハウスにお邪魔した際、お土産でもらってきたジャムをいたく気に入ったらしい。
パーティーでもデザートの一部に使っていたほどだ。
そして慈善の名目とはいえオークションで落札してくれた人に何かお礼ができないかとアランが相談した際、ボーウェン子爵領の特産品であるフルーツの箱詰めを贈ることを提案したのだった。
「あんなにおいしいものをそのまま隣国に売ってしまうなんて、もったいないもの。是非ともブランド化して、国内でも流通させなくちゃ。パーティーでも好感触だったし、特に出来のいいものをお金のある貴族に送り付ければ、嫌でも評判になること間違いなしよ」
あはっ、とあくどい笑みを浮かべているが、ブランド化うんぬんというのは後付けで、好物をいつでも手に入る状態にしたいがための言動だと思えば可愛らしい。
彼女が食べる分のフルーツくらい、きっとアランに言えばいくらでもくれるだろうが、そういうことじゃないのだ。
「もう、エミリアさんたら……。またしばらくアランがいないのは、寂しいことは寂しいですが……私にはエミリアさんやヒューバートさんがいてくれますから。毎日楽しくて、会えない時間もあっという間です」
眩しい笑みを浮かべたメリッサ嬢だが、ややあって照れたように頬を染める。
少し素直に言い過ぎてしまったと思ったらしい。
そして「少し外しますね……」と言い置くと、ぱたぱたとどこかへ走って行ってしまった。
「……そんなに恥ずかしがらなくてもいいと思わない?」
「アランもいたときに、エミリア嬢が散々からかったせいじゃないですか?」
「あら……」
二人で顔を見合わせて、苦笑する。
お互い、こそばゆく感じた部分はあったらしい。
それでも嬉しい言葉だったのは事実だ。
「俺も、エミリア嬢といて随分楽しませてもらっていますよ」
「あはっ、やっぱり一緒にいるなら、気の合う人の方が楽しいわよね! ……お父様が考え直してくれてよかったわ」
エミリア嬢は深紅の瞳を細めて嬉しそうに笑ったが、俺は最後にぽつりと呟かれた言葉に首を傾げてしまう。
フォレット侯爵がどうしたというのだろうか。
「ほら、私って散々婚約破棄してきたでしょう? その度にお父様はすぐ新しい相手を見つけてくるんだけど……この間のパーティーが終わるなり、『しばらくは今のままでもいいだろう』って言い出したの」
俺は『幸福な結婚へ導く鶏』だという例の鶏の紹介を聞いた際に、フォレット侯爵が漏らした呟きを思い出す。
あれほど娘の新しい婚約者を渇望していたのに、急な心境の変化があったものだ。
エミリア嬢は、ふぅと息を吐いた。
「こう言ってはなんだけど、安心したわ。毎日楽しく過ごすには、『あれは止めろ』『これはするな』って言ってくる相手がいないだけで随分と違うんだもの」
「あぁ……」
思わず納得してしまった。
自らの好奇心に忠実な彼女のことだ、上からの物言いで行動に口出しされるのは煩わしいに決まっている。
婚約者といえば、と俺はある話を思い出した。
「そういえば……とある男爵令嬢に、結婚の申し込みが殺到しているんだとか」
「あら、私も知っている令嬢かしらね?」
彼女は茶目っ気混じりに、そううそぶいてみせる。
「自らも婚約破棄で傷心中にもかかわらず、それでも困っている人々のために高価な品を寄付したのだと、かなり評判が広がっているそうですよ」
オークション会場で見た髪飾りが脳裏を過る。
本当にこの人は自分の評判よりも、楽しいと思うことを優先するのだなと思った。
「あはっ、どこかで聞いた話ね! ふふ、いわくつきの品が新しい縁を運んでくるなんて、面白いじゃない」
そう言って、彼女は実に楽しげに笑ったのだった。
面白いこと大好き令嬢と鈍感系騎士見習いのお話でした。
違う違うそうじゃないーw と、随所でツッコんでもらえていたらいいなぁ。
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ここまでお読みいただきありがとうございました!




