オークション2
そして例の鶏は最終的に『幸福な結婚へ導く鶏』として紹介され、入札が始まった。
「もしそれが本当だったのなら、我が家にこそあの品を是非迎えたいものだが……」
ぼそりと呟かれた声に隣を見れば、エミリア嬢の父親であるフォレット侯爵が立っていた。
娘が幾度となく婚約破棄を繰り返しているのだ、気苦労の絶えないことだろう。
表情にこそ出ていなかったが、先ほどの言葉には拭い去れない渇望が滲んでいた。
フォレット侯爵には既に紹介され、挨拶を済ませていた。
エミリア嬢と同じ白銀の髪を後ろになでつけ威厳と茶目っ気を兼ね備えた姿は、やっぱり彼女の父親だと感じさせる。
「……ヒューバート君は騎士見習いだったね?」
「はい、その通りです」
「君は――」
侯爵が何かを言いかけたとき、隣にいたエミリア嬢が甲高い歓声を上げて俺の腕を掴んだ。
見れば同じようにしてメリッサ嬢の腕も掴んで、両手でぐいぐいと引っ張っている。
「きゃあ! 最高額を更新したわ! まだまだどんどんつり上がるわよ!!」
壇上の司会者が声も枯れんばかりに、延々と上げられる札の番号とせり上がっていく数字をまくし立てている。
あのとぼけたように小首を傾げた鶏の置物は、今やとんでもない値を叩き出していた。
エミリア嬢が嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねているが、会場中も熱狂していて悪目立ちしている様子はない。
フォレット侯爵の方を振り返れば、苦笑を浮かべて肩をすくめている。
仕方のない娘だと表情は語っていたが、同時に誇らしげでもあった。
入札には二人の紳士が残った。
白熱した競争を繰り広げた末、最終的に白いジャケットを着た老紳士が鶏を落札する。
健闘を称え惜しみない拍手の音が鳴り響く中、老紳士は「孫娘に贈るんじゃ」と快哉を叫び、周囲をほっこりさせたのだった。
「ふう……すごい戦いだったわね! 喉が渇いたから、そろそろ出ましょう。結果はまとめてから、改めて伝えるわね」
「わかりました」
そんなことを言い合いながら、品物を入れ替えるタイミングで他の参加者と共に会場の外へ向かう。
気づけばフォレット侯爵の姿は既になかった。
オークションも残すところ、あと数品といったところだ。
会場を出る前に、壇上をチラリと振り返る。
恭しく運ばれてきた次の商品は、大粒の宝石がきらめく髪飾りのように見えた。
***
アランとメリッサ嬢はオークション会場から出てきた人々にあっという間に囲まれてしまった。
あたふたとしているが、二人のそんな姿も周囲からは微笑ましく映る。
傍にはフォレット侯爵もいてくれて、フォロー体制は完璧だ。
これなら安心だろう。
エミリア嬢が頼んでくれたのだろうが、オークション開始前もアランたちと一緒に挨拶回りをしてくれていたし、侯爵自身かなり面倒見がいいのだと思う。
主催者であるエミリア嬢は、采配に不備がないか動き回っている。
彼女自身、何があると思っているわけではないものの、見て回らないと気が済まないのだろう。
料理や飲み物の減り具合を確認して指示を出したり、具合の悪そうな人がいないか部屋を回ったりしている彼女の姿を、俺は壁際に立って眺めていた。
ここはエミリア嬢の家なので、いちいち付いて回る必要もない。
というより、むしろ邪魔になってしまうだろう。
エミリア嬢たち以外に知り合いがいるわけでもないので、こうして気配を消して立っているわけだ。
パーティーに来ている人たちを眺めるのも面白い。
オフシーズンの憂さ晴らしを兼ねているということで、晴れやかな表情を浮かべている人が多いのもいい。
そうして一人楽しんでいた俺の耳に、ふと甲高い令嬢たちの声が届いた。
「あぁ、嫌ねぇ。フォレット侯爵家の令嬢ともあろう人が、格下の連中に囲まれていい気になって」
「流石『変わり者』。お家まで巻き込んで、とんだ恥さらしね」
「本当だわ。これまで大勢の婚約者がいたにもかかわらず、一人残らず逃げ出してしまうのも道理よね」
聞こえてきた内容に、思わず眉をひそめる。
別に個人の感想をとやかく言うつもりはないが、主催者への敬意はないのだろうか。
エミリア嬢が聞いたところで鼻で笑って終わりだろうが、聞いていて気分がいいはずもない。
せめて今日この場ではご遠慮願いたいと、彼女たちに歩み寄る。
「あら、『変わり者』令嬢の忠犬じゃない」
声をかけようとしたところで、こちらに気づいた令嬢の一人がそう言った。
彼女たちの視線の先には俺しかいないので、忠犬というのは俺のことを指しているのだろう。
随分な言い様に、俺は思わず笑ってしまう。
「なっ、何よ……!」
「すみません、面白くて。俺が忠犬だなんて、とんでもない。犬だったらずっと傍にいられていいですよね」
「は……?」
令嬢たちから値踏みするように向けられていた視線が、うろたえたようにさまよいはじめる。
別に変なことを言っているつもりはないのに、困惑が混じるのはどういうことだろうか。
そこで俺は、あぁ……と思い直す。
「でも俺には木から落ちても受け止められる腕があるので、その点はよかったです。四足歩行じゃ難しいですから」
「っ……!!!」
令嬢たちの口が何か言いたげに開いたり閉じたりしているが、待ってみても特に言葉が見つからないらしい。
後を引き取ろうと、俺はもう一度口を開いた。
「ご令嬢方にも、忠誠を誓ってくれる犬が見つかるといいですね」
にっこりと笑ってそう言えば、ご令嬢たちは顔を真っ赤に染めて、悔しがる口元を隠しながら去っていった。
羨ましいなら、彼女たちもお好みの犬を飼ってみたらいい。
カッコよさならやっぱりドーベルマンかと思うけれど、シェパードも捨てがたい。
可愛さも求めるならコリーだろうか。
そんなことを考えていると、袖を引かれる。
見れば、エミリア嬢が戻ってきていたらしい。
「ねぇ、彼女たちと何を話していたの?」
「犬談義ですよ。でも俺では話し相手にならなかったようで、すぐに立ち去られてしまいました」
「ふうん……」
エミリア嬢が何か考えるようにそう呟くが、次の瞬間にはパッと明るく顔を上げる。
「ダンスしましょうよ! ヒューバートも踊れるんでしょう?」
「……基本的なものだけですよ」
「十分だわ! さぁ、行きましょう!!」
ぐいぐいと引っ張られるままにフロアの端まで行くと、俺たちは音楽に身をゆだねた。
軽快なステップを踊るエミリア嬢はやけに楽しそうだ。
それでも優雅さを損なわないのだから、流石は侯爵令嬢である。
俺も思っていたよりは踊れているんじゃないだろうか。
少なくともリードしてもらうほど酷くはなさそうだ。
人前で恥ずかしい姿を見せずに済んで、内心ホッと胸を撫で下ろす。
「あはっ、結構うまいじゃない」
「そうですか? お褒めに預かり光栄です」
「ふふ……今日は楽しいことばかりで、最高の気分よ」
「それはよかった」
その随分と嬉しそうな姿に、頬が緩む。
あれほど動き回っていたというのに、疲れた様子も見えない。
その日、パーティーは大盛況のまま幕を下ろした。




