オークション
オークションは次の週末に開催されることになった。
場所はフォレット侯爵家のタウンハウスである。
当然俺とメリッサ嬢も手伝いを申し出たのだが、エミリア嬢に「まだ早いわ」と一蹴されてしまった。
今回は慣れている人間に任せておいてほしいということだった。
そして当日。
支度をするからと、早めに招かれた俺たちは度肝を抜かれることとなった。
アランは既に半分くらい魂が飛んでしまっている。
タウンハウスとは名ばかりのお城に迷い込んでしまったと思ったら、仕立ての良い服を着せられ、髪やらを整えられるところなどはまだ序の口。
なんというか、多分エミリア嬢以外の全員は教会で開かれる慈善バザーのようなものを想像していたのだ。
よしんば広いお庭でガーデンパーティーのような形式だったとして、ささやかにお茶とお菓子を供する程度のそれである。
しかし実際は、格式高い雰囲気溢れるフォーマルな社交パーティーだった。
メインの催しとなるオークション会場には、広々とした高級感漂う一室が用意されていた。
ホールには楽団が控えているほか、道化師まで呼ばれている。
煌々とシャンデリアが灯され、これでもかと飾られた花や装飾にも手抜かりはない。
料理は立食形式で、見たことのないフィンガーフードがずらりと並ぶ。
飲み物は当然のようにシャンパンの栓がポンポンと抜かれていくのが、どうしても目に入ってしまう。
「え、エミリア嬢……準備していただいて大変恐縮なのですが、このような豪華な催しでは……その、たとえオークションが盛況でも、採算が合わないのではないですか?」
恐る恐る問うアランに、エミリア嬢はひらひらと軽く手を振ってあっけらかんと言う。
「あぁ、これは私とフォレット侯爵家からの気持ちとして受け取ってちょうだい。私が直接お金を渡したり、オークションで高額の落札をするとか、そういうのは嫌なんでしょう?」
「そんな……!」
「それにね、急なことだったじゃない? だからこれが一番手っ取り早くてわかりやすいのよ。もっと時間があったら、色々と面白い趣向を凝らせたんだけど……」
「いえ、すみません! 十分です!!」
はふぅと至極残念そうにため息を吐いたエミリア嬢に、アランが慌てて頭を下げる。
この短い期間に彼女の行動力を把握したらしい。
それでも恐縮しているアランの袖をメリッサ嬢が引いて、何かを促す。
「アラン……ほら、良い知らせがあったのをお伝えしないと」
「あ、あぁ、そうだったね。ありがとうメリッサ」
クマも消え、血色の戻ったアランの笑みに陰はない。
そうしてもたらされたのは、紛れもなく良い知らせだった。
「父が目を覚ましたそうです。このオークションのことも含め、僕の行動を認めてくれました。むしろ、よくやってくれたと……皆さんにも、非常に感謝していました。身体が自由に動かせるようになり次第、直接お礼を言いに来るとのことです」
「あら、よかったじゃない! これで今日は心おきなく楽しめるわね!」
「おめでとう、アラン」
心からホッとしたような彼の様子に、俺たちの顔にもにこやかな笑みが浮かぶ。
メリッサ嬢も本当に嬉しそうで、胸がいっぱいになる。
エミリア嬢が合図をするとサッと給仕がやってきて、それぞれにグラスを渡す。
一足先の乾杯だ。
中身はもちろんジュースである。
「アランのお父様のご快復と、オークションの成功と、メリッサとアランの幸せな結婚に向けてと、その他もろもろを祈念して、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
なんだかエミリア嬢らしい乾杯の音頭だと、少し笑ってしまった。
今日の本来の目的であるボーウェン子爵領の災害に遭った地域の復旧を願う乾杯は、また後で招待客が集まってからきちんとするという。
「それにしても……アランはこれまで大変な状況だったわけだけど、跡を継ぐ前にいい経験ができてよかったわね! 若いときの苦労は買ってでもした方がいいらしいわよ」
「そんな風におっしゃっていただいて、僕やメリッサのために力をお貸しいただいて、本当にありがとうございます。心から……感謝しています」
「いやね、まだ終わりじゃないわよ」
「はい、……そうですね」
そう言って俯いたアランの目元が光ったのを、俺たちは見ないふりをした。
メリッサ嬢がぺこりと頭を下げ、彼を伴っていくのを見送る。
「……本当は、本で読んだだけの言葉なんだけどね」
そう言って、彼女はペロリと舌を出す。
先ほどは自信満々に言ったものの、あそこまで感じ入った様子を見せられてしまっては少々ばつが悪いらしい。
「けれど、貴女の行いは……誰にでもできるものではないと思います」
「そうかしらね?」
はにかんだように笑う彼女が、やけに可愛く見えたのは秘密だ。
***
パーティーは滞りなく進行していった。
そして客人たちが歓談する中、一部の人々が移動していく。
いよいよオークションが始まるのだ。
オークション会場にいるのは、目元を覆う仮面を着けた男女である。
匿名性というよりは、慈善のためのオークションに参加しているのは周囲への見栄からではないことや、身分に関係なく落札した者勝ちというのを示すために、このような形にしているらしい。
それでも席を埋め尽くすほど大勢の貴族が参加しているのだから、エミリア嬢の集客は凄いと思う。
ライトアップされた壇上に立っているのは、プロの司会者なのだろう。
彼は商品を前に、滑らかでよどみなく口上を述べていく。
ここでもエミリア嬢の遊び心が発揮されていた。
商品の説明には、誰が聞いても作り話とわかる、ちょっとした逸話が付け足されていたのだ。
例えば架空の人物が海賊から贈られた品だとか、この花瓶は赤いバラを活けられるのが嫌いだとか、そういった内容である。
オークションの参加者たちも楽しそうにしては、思い思いに品を落札していく。
終盤に差し掛かり例の鶏の置物を紹介する際には、今回オークションを開催するまでに至るアランとメリッサ嬢のエピソードが美談として語られた。
つまり、愛し合っている二人はまだ学生の身ではあるものの災害に遭った地域の為に何かしたいと考え、父親から婚前に贈られた祝いの品である『幸福を運ぶ鶏』については、既に自分たちが幸福で恵まれていることに気づかせてくれたので、また新しい持ち主へ幸福を運んでほしいと出品を決意した……という、絶妙なラインのお話である。
俺たちは参加者たちから離れた目立たない隅の方でそれを聞いていたのだが、みるみるうちにメリッサ嬢とアランは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
世紀の大恋愛の当事者でとんでもない善人みたいに持ち上げられてしまったので、そりゃあ恥ずかしいだろう。
恐らくエミリア嬢は二人の結婚をほぼ既成事実くらいまで確実なものにしたかったのだろうが、流石にやり過ぎだとメリッサ嬢は頬を膨らませる。
彼女たちが小声で微笑ましい言葉の応酬を始めたのを聞きながら、随分と楽しそうだと頬が緩んだ。




