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変わり者令嬢との出会い

例のごとく短編のつもりが長くなりました。



「なあヒューバート。例の『変わり者』令嬢、また婚約破棄したらしいぜ」



 そんな友人の言葉に、俺はふーんと頷いた。

 昼食を終え、訓練場へ向かう道中のことだった。


 『変わり者』令嬢というのは、幾度も婚約破棄を繰り返しているエミリア・フォレット侯爵令嬢を指す。


 俺――騎士科のヒューバート・ラティマーですら知っている、学園の有名人だ。

 侯爵令嬢という雲の上の存在であるにもかかわらず、田舎伯爵家の倅にまで噂が届くのだから、大した人物だと思う。

 数ある噂には物凄い尾ひれが付いていたりするので、伝聞というのは恐ろしい。



「今度はいったい、どんな理由なんだろう」

「さぁ……とにかく嵐みたいな人だって聞くし、やっぱり相手が『付き合いきれない!』ってなったんじゃないか?」

「婚約って、難しいんだなぁ」

「まー、俺たちには遠い世界の話だよな」

「違いない」



 貴族の子女が通う学園の騎士科というのは、ごく一部を除き家督を継げない男連中の集まりだ。


 俺たちには当然婚約者なんてものはいない。

 羨ましさもある反面、大変そうだとも思う。

 継ぐべきものがほとんどない立場というのは、お気楽な面もあるのだ。


 「彼女欲しー」と嘆く友人を小突きながら、廊下を歩く。

 昼休みとあって、ぐるりと中庭を囲う回廊にはちらほらと人の影がある。



 輝く銀髪に、思わず視線を取られた。

 その目立つ髪の持ち主が、今しがた話題に上ったエミリア・フォレット侯爵令嬢その人だったのだ。


 彼女は噂になることが多いわりに、そう悪評が立っているわけでもない。

 特徴的な白銀の髪に深紅の瞳をした美人で、成績も優秀だと聞く。

 王太子妃の親戚ということで家柄も申し分ない。


 しかしそれに輪をかけて、『とにかく変わっている』のだという。

 その内容は多種多様だが、あくまで噂話である。


 婚約破棄を繰り返しているそうだが、恐らくただ彼女についていける人間がいないだけなのだと思う。


 婚約なんてほとんど家同士の取り決めだろうに、それでも何度も婚約破棄になるのだから、余程据えかねる何かがあるのか、相手が繊細なんだろう。

 彼女と共に過ごした元婚約者たちが「一緒にいると生気を根こそぎ吸い取られそうだ……」なんて、疲れた顔をしていたらしいという話を聞いたことがある。



 ……当然、俺は彼女と知り合いでもなんでもない。

 知人が元婚約者だったということもなく、尾ひれの付いていると思われる噂話を聞くだけの第三者である。

 同じ学園に通っていようとも、俺にとっては遠い存在なのだ。



 そんなエミリア・フォレット侯爵令嬢の傍らには、もう一人見覚えのない令嬢がいた。

 俯き、肩を震わせている。

 顔はよく見えないが、その令嬢が泣いているのは明白だった。



 ふと、銀の髪が揺れる。

 整った顔が急にこちらを向いたと思ったら、深紅の瞳に射貫かれていた。



「ちょっと貴方、ハンカチを貸してちょうだい。泣いている女性にハンカチを貸すのは、紳士のたしなみでしょう?」



 『変わり者』と名高い彼女は、高飛車にそう言い放ったのだった。



***



「もちろん」



 そう言って、俺は彼女たちに駆け寄る。


 多少尊大な言い方ではあったものの、フォレット侯爵令嬢の言うことは至極もっともだった。

 別に悪い気はしなかったし、彼女には人を従わせてしまう何かがあった。


 ……が、気づけば友人は一人足早に退散していたらしい。

 軽く見回しても、後ろ姿すら見当たらない。

 全くアイツときたら……と、俺は早々に姿を消した友人へ心の中で悪態をつく。

 『関わったら絶対に面倒なことになるぞ~』という声が聞こえてくるようだ。


 ハンカチを貸すくらい、どうということもないじゃないか。

 強いて言うなら、肌触りよりも実用性重視の木綿製なのが少し申し訳ないということくらいなもので。

 毎日寮で洗濯してもらっているし、まだ使っていないものなので清潔と呼べる範疇だろう。

 最低限の用は成すのだから、これで勘弁してもらう他にない。



「どうぞお使いください」

「あ、ありがとうございます……」

「いえ、お気になさらず」



 泣いていた令嬢は、ハンカチを差し出すと消え入りそうな声でお礼を言ってくれた。


 黒髪のおさげに眼鏡をかけた、おとなしそうな令嬢だった。

 ……というのも、ヒステリックに泣き叫んでいないから、という偏見込みの杜撰な見立てではある。

 泣いていなければ、落ち着いた雰囲気のあまり目立たないタイプなのではないかと思う。


 それにしても、なぜ彼女はこんなところで泣いているのか。


 チラリと、横に立つ侯爵令嬢へ視線を向けてしまう。

 まさかこの人に泣かされたとか……? いや、それにしては堂々とし過ぎているような。


 彼女は『変わり者』などと呼ばれてはいるものの、悪い人であるという話は聞かない。

 時折元婚約者が騒ぐこともあるらしいが、そういった関係者の指摘はとても信憑性があるとは思えないしな。

 それ以上に、彼女の突飛な行動に関する話題の方が圧倒的に多かった。



 とはいえ、どうしたものか。

 気にかかるものの、ただハンカチを貸しただけの自分が踏み込むわけにもいかないだろう。

 こういう場では、男は黙っていた方がいいらしいと聞いた気がする。


 俺がそんなことを考えていると、横から少しだけ抑えた声が聞こえた。



「彼女ね、婚約破棄されてしまいそうなんですって」



 どうやら、俺に向けた説明らしい。

 フォレット侯爵令嬢が泣かせたわけではなさそうだと、少しだけ胸を撫で下ろす。


 けれどその言葉に反応するように、もう一人の令嬢の瞳から再び涙が溢れ出すのを見て慌ててしまう。

 や、やっぱりこの人が泣かせてるんじゃ……? と思ってしまうのも仕方ないだろう。


 恐らく、フォレット侯爵令嬢がこの令嬢へ向けているのは同情なのだろう。

 少なくとも、大半の部分はそうだと思いたい。


 けれど彼女の声音からは、隠しきれない好奇の色がにじみ出ていた。



 ……場所を移そう。

 俺も多少知ってしまったからには、せめてこの令嬢が泣き止むまでは傍にいた方がいいだろう。


 午後の授業が近づくにつれ、人通りも増えてきた。

 令嬢が泣いている姿は俺の身体に隠れるようにしているつもりだが、目立つ人物がいることもあってチラチラと視線が向けられている。

 興味本位にじろじろと覗き込もうとする輩が現れるのも時間の問題だろう。


 少し迷った末に、俺は口を開いた。



「あの、場所を移しましょう。あちらなら人目も少ないでしょうし」

「あ……す、すみません。そうですね……」



 ビクリと令嬢が顔を上げる。

 その表情には怯えのような色が見て取れて、痛ましく思ってしまう。



「あら、貴方気が利くじゃない!」



 そう言って、フォレット侯爵令嬢は機嫌よさそうに手を叩いた。

 随分と対照的な二人だなぁ、と俺は思った。



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