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王子の学友として呼ばれ早十年。
王子は王太子となり、王の仕事を手伝う王太子の側近としてドルフィンは選ばれ、それなりに忙しくしていた。
そんな折、実家から連絡があった。
『ドッピオの婚約が決まった。ロードライト家のビオラ嬢だ。次の休みに来るから、顔を出すように』
「兄様、ロードライト家のビオラ嬢です」
両親は何度もビオラ顔を合わせており、サフィラス家にも何度も来ている。
しかしドルフィンとはすれ違いだったため、今回ドルフィン、ドッピオ、ビオラの三人でお茶をすることになった。
「お初にお目にかかります。ロードライトが次女、ビオラと申します」
ビオラは艶やかな黒髪が目を引く令嬢だった。男爵令嬢と聞いていたが、礼をする姿勢も美しい。
「兄様」
じっとビオラを見つめているドルフィンにドッピオが声を掛けた。
「……ドルフィン・サフィラスです。社交界で見かけたかなと思いまして」
ドルフィンの言葉に、ビオラは微笑んだ。
「昨年デビューさせていただきました。ですが、デビューしてすぐドッピオ様とご縁がありましたので、あまり顔は出せていないかもしれません」
そう言ってちらっとドッピオにはにかむ。今は婚約が決まりひと段落したが、それまでは両家とのやりとりで忙しかったのだろう。
ドッピオはこれからのことをドルフィンに説明した。
今年の社交シーズン前に、両家のみで小さな式を挙げること。
父の持つ爵位のうち、サフィラスに近いギウダ男爵位を継ぐこと。
結婚後はギウダに移り住むこと。
ドッピオの話に相槌を打ちながらも、目線はビオラに向かいがちだった。
ビオラは静かにドッピオの話に耳を傾けているだけだったが、表情が柔らかい。ビオラのそんな表情を他の人間含め見たことがないような気がした。
そして、今まで特に気にしていなかった自分の結婚について考える。
ドルフィンには婚約者はいなかった。同世代に王子がいたから、女子を持つ家は婚約に慎重だった。
ドルフィンは伯爵家の後継。さらに王子の学友、側近、と結婚相手としての価値が上がり続けたので相手に困らず、婚約者の選定を急がなかった。
もちろんドルフィンに求愛する令嬢は途切れなかったが、特に興味は持てずにいた。
再度ビオラを見る。
キラキラと輝く瞳に上気した頬。艶やかな唇は弾むように言葉を紡ぐ。
美しい、とドルフィンは思った。
そして考える。自身の結婚相手にビオラはどうだろうかと。
男爵令嬢というのはドルフィンの相手としては地位が低い。婚姻したとして、ビオラの家からの支援は大したことないだろう。
しかし、ドルフィン自体が伯爵家の後継者で王太子の側近。これ以上身分の上げようがない。
考えてみれば、ドルフィンが結婚相手に求める条件は社交界で恥をかかない相手であることと、子が産めることくらいだった。
その視点で見ればビオラは充分だ。若くて美しいのだから。
何より、艶やかな黒髪が気に入った。
子供のことを考えれば、サフィラス家の色彩というのはポイントが高い。瞳は紫だが、まあ、いいだろう。
「ビオラ嬢。ドッピオではなく、私の妻になりませんか」
ドッピオが手洗いに席を外すや否や、ドルフィンは切り出した。
「……ドルフィン様?」
ビオラの怪訝そうな顔に対し、ドッピオは自信満々だった。
「次男より、後継である私に嫁いだ方が喜ばれよう」
「……わたくしに伯爵夫人は務まりませぬ」
慎重に、ビオラが言った。
確かに男爵令嬢には難しいかもしれないとドルフィンは思った。
「そうだな。難しいことは母や使用人に任せてもいい」
ビオラはしばらく、強い目でドルフィンを見ていた。
「わたくしは、ドッピオ様をお慕いしております」
きっぱりと告げて礼をし、ビオラは席を外した。
ドルフィンは断られると思っておらず、固まった。
「なんてことでしょう!」
呆然とビオラを見送ったドルフィンの耳に、悲鳴のような声が届いた。
はっとし、振り返るとロベリアだった。
見られていたのかと羞恥で燃えそうになるドルフィンにロベリアがかけ寄り捲し立てる。
「ドルフィンさまのお誘いを断るなんて……! ビオラさまは何をお考えなんでしょう!」
「ドルフィンさまはサフィラス家の優秀な跡取りで、王太子の側近! 次代の権威を持つのはドルフィンさまだと誰だって分かりますわ!」
「十四とお聞きしましたけど、まだ子どもなのです。〝社交デビューで運命の相手と出会う〟なんていうロマンスに目が眩んでます。大人になれば気づきますわ。自分が愚かな選択をしたと!」
口早に並び立て、憤慨しているロベリアにドルフィンは落ち着きを取り戻した。
「……そうだな、すぐに気がつく」