宗盛記0089 永暦二年三月 競技会
すいません、投稿予約間違えて、水曜日に投稿してしまいました。
本来28日(金曜日)投稿予定の分となります。
よって、次回の投稿は12月2日(火曜日)、となります。
よろしくお願い、いたします。
永暦二年三月弥生
二日
対応しきれなくても日は過ぎる。大会の前日になった。三嶋に集まった坂東の武士およそ八千人。参加者は締め切り過ぎても増え続け、五百人に至った。郊外の空き地は凡て天幕で埋まった。客対応と最終点検に深夜まで追われる。
三日
都では人日。
祈るような気分だったが無事晴れた。
大島桜がちょうど五割程咲いている。五分咲きではない。樹によって咲き方が違うのだ。散った後にならなくて良かった。大ぶりの花と緑の若葉が混じる。
花が終わったら桜餅でも作ろうか。
山桜も咲き始めた。
今日は予選である。オーソドックスな流鏑馬、一人三分で千五百分、延べ二十五時間かかるのだ。会場は三カ所、三嶋神社と、二宮神社、俺の私宅の訓練用の空地。朝卯の正刻(6時頃)から始める。遅れてきた当日の出場希望者もできるだけ受け入れたが、順番は条件の悪い日没後になるだろう。
馬場は約二町(約218メートル)。先の射手が射終わったら矢を抜き、安全を確認したらすぐに次の射手が走る。左手(弓手)に間を置いて三つの的を立てる、のが普通なのだが、それでは皆当てて選抜にならんというので、的は五つ。馬場から的までの距離は二丈(6m程)、的の高さは六尺、三尺、五尺、三尺、六尺と高さを変える。的の間隔も変えてある。馬や弓その他の道具は選手が用意する。射手は馬を走らせ、連続して矢を射る。穴を開けた竹に水を注ぎ、こぼれ終わるまでに走り抜けなければ失格。俺の心拍で七十足らずだったから大体60秒位かな。この時代で言うと三分の一分。十二秒で一射が要求されるが、的がある所を考えると最短五秒に一射位になる。馬上でこれは流石にきつすぎないか、と思ったが、こんなもんだろうとみんな言うのだ。俺には無理なライン。
大会開催の挨拶。俺と父上である。
日が差し始めて明るくなった三嶋神社でも、移植したばかりの大島桜が花を咲かせている。社殿前に射手が並び、それを観客が取り巻く。
拝殿前はマジ初詣状態。俺は狩衣に胴丸の鎧姿で拝殿前の壇上から開会を告げる。八千人相手だ。普通に脚が震える。ゆったりした袴と佩楯がありがたい。急遽作っておいたメガホンを口に当てて、思い切り息を吸い込み、叫ぶ。
「正五位上、伊豆守、平宗盛である!」
始まってしまった。ひたすらに下腹の奥から声を出す。前世で剣道やっててよかった。
「坂東の武士達よ、我が呼びかけに応え三嶋の神前に集まって頂き、誠にありがたく存ずる」
可能な限りの大声である。大声は武将の必須スキル。
「日頃鍛え上げた各々方の武芸を、三嶋の大明神に奉納して頂きたい」
静寂。
「そうして、皆の勲を検分するは、この国を統べる帝が遣わしし、都の武門の長たる、検非違使別当、正三位、平清盛公である」
一転しての歓声。鯨波というのを初めて聞いた。ノッてきた。
「これより、開会の辞を頂く」
父上に交替。メガホンも奪われた。又も静寂。
「坂東武者の諸君。今日明日の両日、騎射の技を競い、坂東一の武士を選ぶ」
俺は父上の側で警備体制に入る。不審な動きをするものがないかひたすらに見回す。矢でも刀でも俺が止めるつもり。
「競技の結果は、必ず帝に奏上奉る。本日一の武者と成った者には、儂が必ず官位を推挙する」
「おおおおおおおお」
どよめきが拡がっていく。父上さすが。場を乗せるのがウマい。
「おのが技の限りを尽くし、坂東一の武士の座を勝ち取ってみせよ」
「応っっ!」
五百人を超え七百に届いた射手が答える。父上が俺に合図する。ここからは俺が引き継ぐ。いや、引き継がせてくれたのだ。
「これより、三嶋神前奉納、坂東騎射大会を執り行う!皆、唱和を」
一拍置いて
「曳、曳」
拳を突き上げて俺が叫ぶ。
「オオオオオオオウウウウウゥゥゥゥゥ!!」
地を揺るがす皆の叫びとともに大会が始まった。
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八千人の熱気と興奮を浴びながら、儂は自分の息子に空恐ろしさを感じていた。わずか十五歳の子供が、これだけの武士に、己と儂の名を刻み込んだのだ。儂が先の乱で集めたのが一万足らず。こやつはそれと同じ程の、それも坂東の主だった武士を集めおった。
三郎が伊豆に受領すると言ったとき、またこやつのもの好きが、と思っておった。坂東云々はあくまで口実であると。
赴任してわずか一年で、在庁官人を従え、反乱分子を抑え、道と港を整え、宿舎を揃えて八千人の武士を集める。これなら確かに都に居るよりも遥かにこやつの役にたっている。とんでもなく濃密な暮らしをしているのだろう。例え都で官位を上げ続けても、二年でこれ程の名と力を持つことはありえない。
今回の催し、気になって無理を押して来てみたが、院のお供で十度熊野に詣でるよりも役に立った。素晴らしい出来だと言える。
それだけにこやつがこのまま育ったときに、平家を割りかねないことに、いやむしろ新たな将門になりかねないことに空恐ろしさを感じてしまうのだ。
誰に似たのかこやつは割と…かなり変だし。
正直、棟梁とするなら重盛の方が穏当なんではないかなぁ。
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神主矢田部盛春殿の祝詞奏上とお祓いを受けて、参加者の宣誓が終わり競技が始まった。
宣誓は、
『神前に恥じざる振る舞いをする』
『この場で遺恨を残さず』
『各々の武と名を尊ぶ』
の三箇条。
坂東武者、すぐキレるからな。
予選が始まってしまえば、今日はむしろ楽になる。最初の半刻は競技を見て、問題が起こらないか見張っていたが、すぐに人の多さゆえの問題に振り回されることになった。なんせ、武士八千人と雑仕が同数程、近隣からの商人が千人近く。伊豆の在庁官人とその家族に納品の漁師や農民、単なる観客が加わる。多分三嶋の街に二万近い人が集まっている。
当然起こる喧嘩に暴行、盗難に迷子、殺人が起こらなかったのは御の字だろう。問題起こしたやつは身分を問わず国衙の牢か留置所に叩き込んだ。周り武士だらけなんで、国衙の検非違使が捕まえようとすると、寄ってたかってタコ殴りにしてくれる。非法だと文句を言うやつも多いが、どうせ俺の官位のほうが高い。朝廷の威を借りる。罪状に応じて決めた罰金が賠償できなければ強制労働だ。
客でない地元の者は罪状によって一定期間島に送る。目指せグアム植民。
競技は順調に進み、それでも慌ただしく日は暮れた。篝火を焚いて続ける。予選が全て終わったのは亥の初刻(21時)過ぎだった。
翌四日。なんとか天気は持ったが風が出てきた。難易度は当然上がる。
昨日の予選で、皆中が三十八人。あの難度で一割近く皆中か。中に秀次が入っている。景経は二中で脱落。他に伊豆から伊東祐泰が通過。この一ヶ月、祐泰が必死でがんばっていたのは知っている。俺からも諸役を免除した。誰か見せたい人でもいたんだろうか。これで伊豆の面目は保てた。
他に下野八人、武蔵六人、上野六人、常陸五人、上総四人、下総四人、相模三人、安房なし。
四日
辰の正刻(8時)。
「よって今回の、坂東一の弓の国は、下野となった」
人口違うんだけど、さらに参加人数違うんだけど、オリンピックもそうだから許して。それにしても一番遠くなのに下野強いな。
群衆の一角から歓声が上がる。下野勢か。小山、藤原姓足利、源姓足利、宇都宮、小野寺、那須、辺りの一門。所々微妙に仲は悪かったりするが、今日はまとまって応援するつもりのようだ。分かる。地元で固まっちゃう気持ち。
「本日はいよいよ、坂東一の武士、を定める!本日の競技は、笠懸!」
聴衆からどよめきが上がる。
「各自一層の奮闘を期待する!」
二日目、本選の始まりである。
先ずは俺が一射する。と言っても近的の立射だ。
始球式みたいなもんである。
距離は三段、普通は当たる。だが八千人、いや雑仕も入れてもっとか。武士でなくても段の後からなら立ち見できる。軽く一万は超えている、それだけの視線を受けながら射るのだ。手にいやな汗がにじむ。
外したら死のう、と思った与一の気持ちがわかる。恥ずいのだ。引きこもりのニートになって、布団から出たくなくなるだろう。
的が震えて見えるが、もちろん震えているのは俺の脚だ。カッコつけずに投槍にしとけば良かった。
「南無八幡大菩薩、我が国の神明、平野の神様、いやここは三嶋の大明神、願はくは、あの的の真ん中射させてくださいお願いします」
とお祈りして、矢を射た。なんだか少し風に流されて、的の中心に当たった。いやこれ、どう考えても神様のおかげだろう。歓声がどよめく。後でなんか奉納せねば。
無事に競技が始まった。
競技は笠懸。流鏑馬とどこが違うかというと、要は射距離が違う。的の数は二つ。馬場からの的の遠さが三段(約33m)、的の大きさは笠のサイズの一尺八寸。走る馬上からこんなもん当たるはずがない、と思うが当ててくるのが武者である。
本日の最初の実況は、俺だ。もちろんメガホンを構える。
「まずは特別参加、平宗盛が郎党、従六位下、右兵庫少允、巨勢秀次」
きゃぁぁと歓声があがる。女性の。
「秀次様頑張って〜!」
ムカついた。リア充爆ぜろ。会場の思いがひとつに固まっていく。
「年齢は二十四の適齢期、なんと、あの為朝を射た男!」
どよめきが起こる。過剰な期待はやりにくかろう。煽る。名を挙げてほしいが、失敗しても良いよ。女気のない俺は大人げない。
苦笑しながらスタート地点に移った秀次。
「出走係の合図を受けて、今飛び出した!みるみる一の的が迫る!当てたぁ!」
「きゃぁぁ、素敵〜」
客席の後列からざわめきが起こる。
「さて二の的だ おおっと、こちらは外した これは独り身男の願いが通じたか」
会場に笑いが起こる。
「巨勢秀次、一中!」
こんな感じで競技が進んでいく。結局、皆中が十一人、一中が十九人、外れが八人。祐泰は一中だった。皆中同士で三回再戦して、結局最後二人に絞られた。二回戦まで残った中に武蔵村山党の金子家忠がいた。義平十七騎。
「先手、武蔵国、秩父氏の出身、畠山庄司、畠山重能!」
「後手、下野国、須藤氏の出身、那須郡司、那須資隆!」
これも三回再戦して決勝戦を制したのは、那須資隆だった。やっぱり与一の縁者かな。
大盛況で大会は終わった。
締めは父上。
「この清盛、坂東武者の方々の弓の技に、つくづく感服いたした」
「各自の奮闘、素晴らしいものであった」
「此度、坂東一の武士に選ばれしは、下野国、那須資隆である!」
二万の歓声の中、那須資隆には優勝を賞する賞状と、蒟醤塗りの大盃と、副賞の銭十貫文が与えられた。二位の畠山重能にも賞状と少し小さい酒盃と銭五貫文。参加の九ヶ国にちなんで九位までの競技者は賞品があった。
大会は終わりを告げた。
ここからが本当の目的、宴会である。




