表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宗盛記  作者: 常磐林蔵
第3章 伊豆守、受領

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

90/108

宗盛記0085 永暦元年十二月

永暦元年十ニ月師走


十二日

朝からとても気分がいい。

今回は夏に比べて日程に余裕があるから、今日は一日疲れを休めて…とか思ってたけど、滋子姫からすぐ来いと召喚された。

おお、向こうから呼んでくれるなんて。お土産と、型取り用の粘土持って、ルンルン気分で上西門院にご挨拶である。久しぶりのお伺いなので、直衣のうしを着て冠を着ける。相変わらずゴワゴワした服である。伊豆に行ってからは祭事以外はずっと直垂で過ごしてきてので、直衣ですら強装束はきつい。除目となると文官束帯か。ああ…。というか伊豆から帰ったらまたあの格好で出仕かぁ。


しかしまぁ、今日は良い。なんたって時忠殿の許可済みだ。

一番可愛い清子ともう一人と言うなら、やはり一番綺麗な…♪

「正月休みで帰ってまいりました」

「ご苦労様でした。でも受領した方ってそんなに帰ってましたか?」

と統子様

「まあ、今回は色々な所から帰ってこいと呼び出しがありまして。ですよね…ええと、小弁しょうべんつぼね、だっけ?」

滋子姫の方向いて尋ねる。

「こべんよっ!!」

滋子姫が一瞬で沸騰した。

「ああ、そう読むんだ。右少弁の妹だし、候名さぶらいなが変わったっていうからてっきり…」

「普通思わないわよっ!」

「そうかなぁ。でも右少弁なんて官名、誰が考えたんだろうね」

「知らないわよ!」

「たいらのう…しょうべん」

「そこで切るんじゃない!兄上泣くわよ」

あれ?統子様固まっちゃった?

「さ、しょうべん、も似たようなもんだし」

「んっ、くっ…」

「このまま叔父上が出世して右大弁になったりしたら…」

「プッ」

あ、こらえきれずに兵衛が吹いた。

「ええと、おおべんのつぼね?」

「ないわよっ!!」

「ッ、くっ」

あ、統子様が苦しんでる。御簾の向こうでも痙攣してるのがわかる。すごいな、貴い人の自制心。

兵衛はもはや耐えきれずにケラケラ笑ってるのに。

「まぁ、皆さんお元気そうで何より」

「時々首を締めたくなるって維子が言ってたけど、こういうことなのね」

「ごっ…ご、ごめんなさい、や、やっぱり兵部に戻しましょう」

統子様が苦しそうに言う。

「そうしていただけるとありがたいです。もう一度こんなことがあると自分を抑えきれなくなりそうで…」

疲れたように滋子姫が言う。

「そうかぁ。こべんかわいいのに」

「貴方が言うかっ!」


仕切り直し。

「で、何か御用とか?」

「お歯黒の代用品があるって聞いたんだけど」

「詳しく聞いた?」

「何故か教えてくれないの。こんなの初めてなんだけど」

「それは優しさってものだね」

「わかるの?」

「まぁ、ウチの家でも揉めたばっかりだからね。でもみんなの優しさを無駄にするつもりはないよ?」

おかげでもう一人貰えるとは言わない。

「じゃあ、作ってもらおうかしら?」

「統子様もいかがですか?」

「こ…兵部がそう言うなら」

早速準備する。

兵衛に頼んで角盥と、椀、口を注ぐ水を用意して貰って型取り。粘土を齧ってもらうので、ここが一番抵抗大きいところだ。出来上がった歯型の粘土を受け取って、庇で手早く石膏型を採る。自分のときのことを考えるとかなり手慣れてきたな。このままほっとけば粘土が固まって痩せて外れる。最初に作ったのは表側だけだったが、この頃はちゃんと咬み合わせ面も隠れるように進化したものもある。こちらは替わりに耐久性は落ちて頻繁に交換しないといけないが。少なくとも俺は昨日の決定で解放された。


「お待たせしました。出来上がりにはひと月程かかりますから伊豆から送りますね」

「あ、そのことだけど」

と、滋子姫が言いにくそうに話す。

「あのね、私、院のちょうを頂くことになって…」

「ちょう?揚羽蝶とか?」

「その…院の御所ができ次第、そちらにお仕えすることになって…」

「え?なんで?」

「だから、寵を…」

「え?え?え?…寵って、ご寵愛…?」

「うん…」

「そんな…一番綺麗が…」

「ちょ、ちょっと、三郎!」

そのまま俺は意識を手放した。


しばらくして庇に寝かされていることに気がついた俺は、挨拶もそこそこに泣きながら帰った。

景経が引いていた。是行と秀次は見ないふりをしてくれた。

帰ったら、宴だからと料理を作らされた。無情過ぎる。

練辛子をたっぷり使った田楽。

あと伊豆の干物は好評でした。



++

三郎が泣きながら帰って行った。バカね、本当に。院のご意思とあれば、女に逆らう道などないでしょう。それともさらって行ってくれるのかしら。もしそう言われたら私はどうしただろうか。

院の寵を受けたとき決めたの。私は私のやり方で家族と貴方達を守ると。そのためにできることをすると。

さようなら、三郎。

++



十三日

…動く気がしない。東泉殿の南庇に設えられた床で泣いていると、御簾の向こうから章子姉上に呼ばれた。

「今日は休む」

「何言ってるの。年末の忙しいときに」

「動きたくない」

「母上の言う通りね。婚約者居るのに、その姉をとられた位で何言ってんのよ」

「みんな欲しかったんだよぉ」

「貴方馬鹿?」

「うわーん」

ぐずってると姉上が御簾から出てきて、頭を撫でてくれる。

「そんなの思い通りにいかないほうが普通なの」

そうか。姉上も婚約破棄になったままなんだ。

「姉上が優しい。なんか不思議」

「一言多い。吉野、三郎起きたわよ」

そのまま母屋(建物の内陣)に引っ込んでしまった。

「やっぱり御歯黒してないほうが綺麗だよ」

「…ばか」


別に滋子姫と恋人になってイチャイチャしたいとか思ってるわけじゃないんだよ。ただ昔みたいにみんな一緒にいたかったんだ。あの心地いい時間が続いて欲しかっただけなんだ。

いや、ちょっとは思ってました。


あと、冷めた部分の俺が、これで院に人質を取られてしまったな、と囁く。

正直、滋子姫…滋子様が院の妻になる事に、それ程のメリットがないと俺は思っている。確かに院と父上の間を取り持ってはくれるだろうが、どちらにせよ平家の武力の下支えは、権力を握るためには必要なのだ。そうして権力を握った平家を院は必ず掣肘しようとする。

その辺り、賢君ならばあらかじめ調整するものだが、院はしないだろう。いや、多分できない。院はそういう感覚に問題を抱えているのではないか。いくらなんでもその生涯に混乱を起こしすぎる。天皇でありながら相手を変えて三度、やがて全国的な叛乱をひき起こすに至るのは、感覚が普通でないと思うべきだ。その院と滋子様を通じて繋がることは、むしろ平家に急激に力をつけさせ、院が平家を持て余して排除する要因になりかねないとも言える。

もっと酷いのはあらかじめ失政の批難をかわすための当て馬として考えているか。

院とは少し距離がある位がいい。

それに、あの院の側で滋子様が幸せになれるとは思えない。頭のいい女性ひとだから、きっと一見うまくやっていくんだろうが。

願わくばストレスに苦しまない様に。


悲し過ぎて時忠殿の所に行く気にならないので、先に親隆様のところに行く。案の定、待ち構えていた忠子叔母上に呼び止められた。慣れたもので、手早く型取りを済ませる。

「聞いちゃったんですね」

「聞いちゃったわよ。ここ数日は殿の前にも出れなくて」

「親隆様や親雅殿には?」

「そんな酷いこと、言えるわけないでしょ」

「まぁ、それもそうか」

「どうしましょう。夫の顔が見れないの」

いやそれ、歯が見せられないってことだよね。なんか怪しいことしてるようなんでやめて欲しいんですけど。

「顔を会わす時には、糊に墨を混ぜて歯につけて誤魔化せば数日はなんとかなると思うけど」

「三郎、天才ね、貴方」

いやだから抱きつかないで。絵面が怪しすぎるから。

「そういえば滋子に振られて落ち込んでるんだって?」

昨日の事なのになんで知ってる。この姉妹仲良すぎ。

「まさか院に盗られるなんて」

「貴方のものじゃないでしょう」

「仮免までいってたのに…」

「ん?」


親隆様と親雅殿にご挨拶、頼まれて土産の鯵の干物を焼く。おろし醤油とゆずの絞り汁で食べる。味噌汁も作ったし、飯も炊いた。味噌田楽で練り辛子のPRも忘れない。ちゃんと奈良漬もどきも持ってきた。美味かった。親貴様、叔父上たちもとても喜んでいた。

体調が優れないという忠子叔母上はうらめしそうに見ていた。この時代、貴族の女性は別に食事をとるのが普通なので問題はない。

なにか食べると歯がバレるもんね。

もはや付けお歯黒も止めた俺は遠慮なく食べた。


帰ったら正月三日と四日に除目があると言われた。県召の除目(地方官の任命)は十一日からだが、俺の場合伊豆守は動かないので叙位だけしてくれるという。今回は義平討伐の賞。まぁ、マジで死にかけたので喜んで頂こう。大庭景親も併せて叙位。良かった。



十四日

美福門院に出かける。一応正装でということで、久しぶりの文官束帯である。五位だから濃緋こきひ。真っ赤である。下襲したがさねきょは、石帯せきたいに挟んでしまう。出仕じゃないから烏帽子。面識の無い偉い人の所に伺うのでこんな格好になる。用は正子姉上と会うためだ。

あれ?姉上の格好、灰色の裳唐衣…弔衣?どなたか亡くなったのかな?そう言えば案内してくれた雑仕女も…。しまった。濃緋は悪目立ちする。

「半年ぶりですね、姉上。たまには宿下がりして帰ってきたら?」

「貴方が言うか」

「伊豆から旨い干物持ってきたんだ。冬場限定だよ。俺の料理付き」

「う…じゃぁもう家に戻ろうかしら」

「どゆこと?」

「聞いてないのね。美福門院様が亡くなったので、どうしようかと思ってたの」

「うわ、その忌中っぽいのってそういうこと?」

「八条院様にこのままお仕えする道もあるんだけどね」

四十四歳だったらしい。女性が亡くなるの早いなぁ。玉藻の前死す。狐に戻って東に飛んで行って那須で石になるんじゃなかったのか。

実を言うと俺は美福門院様が好きではなかった。今の院を選んだのはこの人だ。この人が自分の立場だけ考えていなければ保元の乱は起こらなかっただろう。父上の出世も無かったろうが、穏当に貴族をやっていられた筈だ。当今が美福門院様の猶子である今の政権下で、批判がましいことは口には出せないが。

統子様への遠慮があったのも確かだが、でも例え御簾越しでも会っとくべきだったと激しく後悔する。だって時代の有名人である。さらに言うと院の反対勢力でもある。

まぁ、過ぎてしまったことは仕方がない。土産の金彩の碗と鉢を渡す。PR用の展示品でもある。

「みんなに聞いてみたけど、こんなの見たことないって言ってたわよ。貴方が作ったって本当?」

「俺のお抱えの職人が、ね。人気でそうかな?」

「問い合わせがかなりあるわよ。お上の耳にも届いてるとか」

「あ~、極上の献上品でも用意しよう♪」

呉須ごすとか仕入れて帰ろうかな。

「で、姉上の方はどう?」

「ん~、私は次の仕事どうなるかね」

「八条院様って、当今の准母様でしょう?そんな方に呼ばれるなんてすごいね」

「まぁ、父上のおこぼれだけどね」

「それを言うなら家中そうだって」

というと、姉上はちょっと困ったように笑った。


++

「それを言うなら家中そうだって」

あなた以外はね、そう言いそうになって止めた。

こんなに年若いのに、自分で手柄をたてて昇進していく弟に、どんな顔で言えばいいか分からなかったからだ。

今、私の婚儀について話が進んでいる。出仕もそれまでのこと。すごくなんてないの。私は父上に言われた通り結婚して他家と縁を結ぶための娘。そうしてそれはほとんどの貴族の娘のあり方。多分重盛兄上が父上の跡を継いでも変わらない。

でも貴方ならどうかしら?自分で幼馴染を許嫁に決めてくる、そんな貴方に娘ができたら、その娘はどう育つのかしらね。

++



十五日

時忠殿の屋敷に向かう。

蝋梅と水仙。伊豆で焼いた金彩と干物。

「帰って四日もどうして来ないのよ」

清子、あれ?ちょっと涙声?

「いや、その、滋子姫が院に入るって聞いて動揺して」

「姉様より自分の許嫁を優先しなさいよ」

「あ~、ごめん」

「今回は三郎が悪い」

「うんうん」

副音声も厳しい。

「ごめんなさい。確かにその通りだ」

ひたすら謝って、ご機嫌が直るのに四半刻程かかった。もちろんもう一人の件は自粛した。


美福門院様が亡くなった事をここでも聞いた。そうするとますます院がやりたい放題か。滋子姫の事もあって恨めしい。美福門院様は本人の遺言で、鳥羽院と同じ安楽寿院に葬られるのを嫌がって、火葬後高野山に葬られるとか。なんかどこもドロドロした家族である。


こちらの話は伊豆のことなどツラツラと。島巡りとか興味津々だった。海、みんな見たことが無いそうだ。普通そうなのかな。

結婚したら連れてってあげると約束したら、残り二人が拗ねた。

そういえば、清子はもう御歯黒しなくて良いよというと、さらに二人が拗ねた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
滋子姫に関しては”もう一人”発言があったので、もしや?とも思いました。まぁ逃した魚は大きいともいうので宗盛のガッカリ感が大きい感じ。大天狗対策で崇徳上皇(&系統)を活用する場合は、滋子とその子(高倉天…
滋子姫……うん。やっぱり、知ってたけども! 何かの間違いで、時忠殿の仮免で滋子姫を宗盛君に~なんて事は、多分きっと無い。 ので、ここは時間切れ=後白河院の寿命(享年65。宗盛君よりも20歳年上)を狙う…
Brooksさんへ いいですね オッドアイと愛妻家も要りますね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ