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宗盛記  作者: 常磐林蔵
第3章 伊豆守、受領

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宗盛記0082 永暦元年十月 七島

永暦元年十月神無月


割とあたたかい伊豆だが、さすがにこの頃は肌寒くなってきた。山の上の方は紅葉が始まっている。収穫の確認と都への輸送の手配を終えると、官衙の繁忙期は終わる。各地に収税に出ていた官人も戻りつつある。帳簿の間違い?もほぼ解消された。さぞ煙たいことだろう。

この月は祭もあんまりなく、出歩くにはもってこいである。まぁ、毎月のように出歩いているんだが。


予想はできたんで歯ブラシの製作にはいる。

割った竹を削って、頭のところに一分の大きさの穴を空け、馬の尻尾の毛を数十本束ねて糸で括って穴を通して引っ張る。二つ折りになった部分に膠を塗って逆に戻して、乾いてから余った毛を切ると歯ブラシができる。

馬の毛は、柔らかい普通の体毛以外に、足首の後側のやや硬い毛、それより硬いたてがみ、一番太くて硬い尾の毛が取れるが、尻尾の毛でも歯ブラシとしては柔らかめ。猪の方が硬くて良さそうなんだが、入手しやすさは馬の方が楽だろう。貴族やある程度の武士の家なら普通に馬が居る。尻尾の毛はちゃんと伸びてくれる。

ブラシは英語だから、歯箒でいいか。数人で分業すれば日産数十本はできた。とりあえず三百本程作るかな。


年度末で予算規模が小さいからできることが少ない。貢納が無事終わったら来年の予算の前借りもできるんだが。

とりあえず、冷川峠の進捗を見に行く。土の部分はにがりと石灰を混ぜて版築しているので、路面の状態は良くなっているが、道幅はさすがにさほど拡がっていない。それでも猫車と総鉄製の鶴嘴と大金槌は凄い効果だと言う。焼いてから急冷すると驚くほど割りやすくなるとも。それでも硬いんだろうが、時間をかければ穴位開くからな。鎚とたがねで削っていくよりマシだろう。あと、安山岩もあるが意外と石灰岩質の所もある。よく調べて見ると、伊東まで割と石灰岩質の所がある。というか、石灰岩質のところが冷川や伊東大川なんかが流れる谷筋になっている。その辺はずっと早く工事が終わる。元々柔らかめの石だが、加熱すると簡単に割れるのだ。さらに雨が降ると溶ける。そら生石灰になってる訳だし。これで工期がかなり短くなると思う。

硬い地質の所は地道な工事でしんどいだろうが頑張ってくれ。持ってきた酒を振る舞う。山だから持ってこれるの少しだけどね。

酒を飲みながら作業で困っているところを聞くと、特に急な雨が辛いという。比較的緩やかで土の多いところを平坦にしておくように指示して、こちらでも対策を約束する。ここの人夫には宇佐美からの出稼ぎも結構混じっているので、知った顔も多いのだ。収穫が終わって農閑期は漁師以外は内職くらいしかないので助かるという。二毛作も始めているが多くの田では技術的に難しいらしい。他国への出稼ぎも盗賊とかが怖い。あと漁民と農民は暮らしが違いすぎて物々交換以外は交流が少ないのだとか。前世でもそんな話は聞いたことがあるので、そんなものかと思う。


峠を降りて伊東へ。また温泉だ。

祐泰の弟の二郎に紹介される。元服前。十一歳だと言う。兄に似て歳の割に背が高め。一家の特徴だろうか、目鼻立ちがはっきりして美男になりそうである。男なんでどうでもいいが。

祐親が悦びの報告。鉄の収量が五割増、塩に至ってはいきなり十倍を超えそうだと。

鉄の方は粉にした石灰を少しずつ足して得た鉄の質から添加の最適量を探るように言っておく。脱硫して質を上げるためだ。融点下がるし不純物と結合してくれるから、ケラの収量が上がるはず。しかし鉄の生産は山陰、山陽、東北、九国なんかの産地には届かんだろうがな。ま、周辺国の消費分くらいはなんとかなるか。相模は砂鉄が採れるからそれ以外。

塩にしても瀬戸内のような好適地ではないが、こちらの方が消費地には近い。信濃、甲斐、離れて下野、上野は海なし国だ。増産ができれば圧倒的に安い伊東、宇佐美の塩で席捲できるだろう。しかも戦になったら供給を止められるのだ。塩については技術管理の問題があるから伊東祐親と直轄の宇佐美の独占にしておくか。それとも収量を上げるために狩野茂光に教えるか…。茂光次第。むろん家人になったらの話だ。

馬と椿油と硫黄だけでもいいんだが…。


祐親と相談して港に灯台を造らせる。といっても今月は設計だけ。構造は土台と火皿に耐火レンガ。必ず東西南北に向けることにして、海の反対側の一面はレンガの壁にする。この壁には白いタイルを貼って反射板にする。海側の二隅に中空のレンガの柱を立て中に青銅の管を通す。青銅の管だけにしないのは盗難防止。三角形の陶板をはりあわせてつくった四枚の板を、さらに張り合わせて1片四尺の宝形の屋根にして、漆喰で目止めする。まぁ屋根付きの篝火だ。金属の使用は最小限。多少の雨でも船から見えるように、中の火皿の上で日没から夜明けまで松の割木を炊くのだ。

仕組みを簡単にしたのは、地震とかで崩れても地元の技術で再現できるようにと、高い素材を使って盗まれるのを防ぐため。この構造だと、風が吹いたときに反射板の面と屋根に大きな力がかかるので、中に銅の芯材、隅に銅の筋交いを入れてトラス構造にして強化しよう。


自領となった宇佐美にも行く。伊東からは一里ほどだ。が、海際の崖っぷちを通る所があって、そこは馬を降りて挽いて行かないといけない。おかげで半刻程かかる。

ここも将来道を整備しないとな。

宇佐美にも灯台を建てる。祐親を交えて村の網元達と話して、こちらでも税を少し軽くする代わりにその分の費用で灯りを焚くように命じる。薪は海水につけた後乾かした松。こうすると炎が黄色くなって目立つ。

あとこちらにも製塩施設を造らせる。こちらでは警備ができないので、ポンプは置かない。代わりに滑車で容器を引き上げて頂の突起で容器を傾けて鹹水をかける人力散水。注意点は概ね同じ。

伊東と宇佐美には砂張で作った半鐘も用意する。

さらに宇佐美では醤油と味噌の生産もさせる。そろそろこちらでも大量に欲しくなってきた。



漆の種がそれなりに集まってきた。と言っても国中で二石程度。今年は後一石も採れないだろう。宇佐美の人手を使って、作って貰っていた圧搾機で絞る。アブラナ用のと同じ、普通に梃子式。溝が切ってあって、搾汁が下の壺に溜まる。当然触れるとかぶれるから注意が必要。二石の実を大鍋で煮ていって、熱いうちにどんどん搾る。固まった搾汁を湯煎して溶かして、ゴミを取り、冷水に落として固める。収量が二割、四斗程の木蝋が採れる。後は藺草を木の棒に巻いて、上から紙を貼って固めて作った灯芯を、漬けては引き上げを繰り返して蝋燭の芯部を作っていく。ある程度の太さになったら、革手袋に蝋を着けて掌で転がして太くしていく。表面に色をつけたり絵を描いたりもできる。最後に灯芯を引き抜くと出来上がり。ちゃんとした和蝋燭だ。つくり方を教えて宇佐美の地場産業にするつもり。

和蝋燭は最後に木芯を引き抜くので、中に中空の管ができる。そこを通って下からも酸素が供給されるが、すぐに融けた蝋が穴を塞ぐ、蝋燭が短くなるとまた穴が空くのを繰り返すので、瞬く。そうして消えにくく、明るい。ファラデーの『ロウソクの科学』にも出てくる話だ。

灯火が揺れるので、仏像や仏画、蒔絵や金彩ととても相性がいい。

試験に三嶋神社と伊豆山権現や寺に奉納して使ってもらう。とても良い出来だとのお墨付きを貰った。伊豆の寺社関連で俺の評判がものすごくあがった。

伊豆大島は役小角が流された所だ。それもあって修験者が伊豆の山中や海岸沿いを巡礼する辺路へじかある。海回りは伊豆山権現から沼津に行って富士山頂まで向かう。熊野や四国にあるものと同じで、四国のものは後に辺路が遍路へんろとなる。もっとも伊豆のものは小規模で、ごく小さい祠を巡る。前世だと石仏が立っている位の規模だ。役行者像とか蔵王権現像とかあるので修験道の物だとわかる。

伊豆山権現の修験者にコネができたので、山中を回っている修験者に、珍しい色や形の石があったら拾ってきてもらうよう頼む。代わりに三嶋での宿泊を融通する。さらに修験者は情報に通じている。是行を担当にして予算を当てて伊東や河津、沼津でもお接待して話も集めることにする。

なんせ蝋燭は輸入品だ。とてもとても高い。父上の太宰大弐の仕事を手伝っていた俺は、輸入品で何が高くてどれくらい消費されるか大体分かっている。地方の寺社では祭の時しか使われない超がつく貴重品。でも仏様は、香と花と、灯明をお慶びになるのだ。神社でも灯籠は必須。明るい蝋燭は特に喜ばれる。

よし、残りは仁和寺他、都で売ろう。これも製法が漏れ拡がるまでしばらくは独占できるな。



今回の主目的は七島と南伊豆の視察だ。そろそろ野分の時期も過ぎたので、晴れた日を見計らって狩野から呼んだ茂光と大島に渡る。距離は八里ほど。二刻もかからず島につく。思っていたよりも大きいな。三原山の噴煙が凄い。臭いも硫黄の臭い。火山灰土が積もっている。ここでは製塩はきついか。来てみないとわからないもんだなぁ。

この島では漆の買い取りはしていない。溶岩で漆の木が燃えると、有毒ガスが出て危険だからだ。替わりに椿の植樹を奨励する。あと、硫黄の採取も。

椿の油と材、硫黄は税が不足する時は代替とし、余剰分は米で買い取る。硫黄も輸出需要が大きいのだ。



三日かけて、利島、新島、神津島と渡る。名神大社の阿波命神社と物忌奈命神社にも参拝。国守らしく幣を納める。伊豆守が来島するのは初めてのことらしく、どの島も島を挙げての大歓待だった。魚がとてもうまい。茂光も面目躍如って感じである。これらの島には茂光と相談して高所に灯台を造ることにする。費用と素材は国衙持ち。と言っても税の減額で。現地は保守管理のみ。場所は港の入口。当然西側北側の伊豆向き。危険な東側の外洋を通る船は少ない。房総行きの船も大島の北側を通る。

大島と神津島では海水に浸した松を使わせる。宇佐美を入れて三箇所は黄色の炎。伊東と利島、新島、式根島と合わせて六ヶ所の灯台。これなら十分山当ての目印にできる。

実はこの南に三宅島と御蔵島があるのだが、さすがに遠すぎる。御蔵島はほとんど無人島だし、灯台の維持管理は難しいだろう。実際通る船もほとんどないので、航路を示す意味が乏しい。御蔵島は、あまりに過酷なので流刑地から外された島だったりする。下田から約二十五里。はっきり言って航海の安全は保証されない。行くだけでプチ冒険。

この南に八丈島、硫黄島、小笠原諸島、沖ノ鳥島と続く訳だが、全て無人島で、日本だと認識されていない…。その南はグアムである。行って旗立てて領土宣言しときたいが、帰ってこれるかどうかが怪しい。


この旅では景経が船酔いで全く使い物にならなかった。船ではずっと吐いているし宿ではずっと寝ている。女の子に見向きもしない。その分俺がキャーキャー言われて楽しかった。手は出してない。


神津島から下田まで十里ほど。風待ちも入れて一日がかりである。割と逆風で揺れる。大洋の真ん中というのはかなり怖い。漁師のクソ度胸はこうやって養われるのか。聞けば景経は全く、秀次もほとんど泳げないらしい。転覆即死亡。二人共真っ青だ。都の人だからね。次は救命胴衣作ろう。俺も下田近くに着いたときは神仏に感謝した。さすがに河津祐泰は舟は平気だった。


そろそろ紅葉の盛りだ。山のあちこちが赤に黄色に色を変える。前世の京都の紅葉を思い出す。東福寺とか宝厳院とか真如堂とか。

あれ?そういや当世で京都観光あんまりしてないな。比叡も石山も醍醐も伏見も東寺も松尾も北野も行ってないのに気づいて愕然とする。余裕のない暮らししてたんだなぁ。あ、御所は何回も行ってる。場所は違うんだが…。

なのに伊豆の島巡りはしちゃったよ。


下田に着く前に、船頭が爪木崎と言う岬に寄ってくれた。まだ早いが水仙の名所らしい。その頃に是非と言われて返事にひるむ。一月頃のこの辺りの海…覚悟が要るな。着岸も怖い。

俵磯って名所に案内してくれた。柱状節理だ。近寄らんでいいと言うのに、せっかくだからと寄っていく。景経涙目である。秀次も。多分俺も…。岩礁地帯に舟で寄るのはとても恐ろしい。現地を知り抜いている地元の船頭しかできない技だ。その後、東隣の湾に入って上陸した。もちろん景経はダウン。浜辺の漁師の家で寝ているという。地面がゆれる。がんばって丘に登って、俵磯を陸側から見た。勧めてくれるだけあって絶景だった。多分将来はジオサイト。


下田では村の保司の家に泊まる。稲生沢川沿いの半里ほどの僅かな平地が南伊豆最大の農地だ。寝込んでしまった景経を残して、一里ばかり離れた名神大社、伊古奈比咩命神社に参拝する。ここは三嶋神社の祭神の后神で、三嶋神社と交流が深い。海際に立っている鳥居が海神の社らしい。ここも国司初来訪とか。四宮まで一日で回れるからな、伊豆。今までの国司は遠い名神大社には来たくなかったというのがありありとわかる。幣を納めて拝礼、お清めした後大歓迎される。村以外にも周辺中の人が集まってくる。俺を見に。観光されてるのはオレだった。茂光、祐泰も交えて、当地の石灰石の輸送について相談する。

下田の東には蒲屋御厨と言う伊勢神宮の荘園があるそうだ。ここでも鉄を作って、伊勢に送っているという。鉄挺は伊東からの仕入れ。様子を見たい気もしたが、茂光も祐泰もあまり付き合いのない荘官だと言うし、吐き続けてやつれた景経が泣きながら止めるので諦めた。

この旅は景色が凄かった。伊豆もここまでくれば奇岩景勝だらけだ。さらに紅葉がアクセントとなる。まぁ、波が荒くて岩礁が多くて舟が小さくてちゃちいから、微妙に命がけなんで何度も来たくはないが。

この当時の舟は丸木舟の船底に舷側板付けた準構造船である。伊豆の舟がちゃちいのではなくて、もっと大型の船も全国こんなものだ。ここから進化するので、日本の和船は竜骨を持たない平底の船になる。準構造船は船長の割に積載量が小さく、船底に巨木が必要なんで建造費用も高いが、速度は出るし岩礁に対しては後世の構造船よりも強い。岩礁に囲まれた伊豆向きと言えるかもしれない。


陸伝いに舟で河津、伊東から狩野、北条、三嶋に帰って今回の視察終了。下田から河津は四里程とかなり近い。

伊東で上陸してようやく景経が復帰した。もちろん下田、伊東、修善寺、長岡の温泉巡りもした。露天風呂から見る紅葉最高。伊東、修善寺、長岡、熱海には国営の宿舎を作る検討を始める。もちろん観光客誘致である。



三嶋に帰ると清子から手紙が来ていた。付お歯黒はすごく感謝された。貴方が居てくれて本当に嬉しいとまで書いてある。ここまで喜ばれたのは初めてだな。今までも結構尽くしてるのに。でもまぁ顔がニヤけるのを抑えられない。


父上が二日に右衛門督うえもんのかみを兼任された。従四位下相当の官だが、今では中納言や参議が兼任することが多い。渋い押さえ方をしていくなぁ。

平安時代が始まってすぐ、桓武天皇の気まぐれで常備軍を廃止している。国内統一もまだで帰化人の母親を持ちながら脳内お花畑な人だったことがよくわかる。平家の御先祖だが。長岡京の事があって国庫も苦しかったのだろうか。これ以降国軍というものはない。維持費を削ったと好意的な見方もあるが、削るなら無駄に多い貴族や儀式だろう。そのため地方で反乱が起こったら周りの国司に討伐させる。おかげで将門純友の乱では数年間好き放題された。

平安京の警備部門は、左右の近衛府、衛門府、兵衛府の六部門。これを六衛府という。繰り返すが警備員で軍という規模ではない。指揮系統も一本化していないし、階級の統一も兵科の分離も独自の兵站もない。

左右の衛門府は宜秋門・建春門にそれぞれ陣を置いて、宜秋門・建春門の外側から殷富門・陽明門の内側までの大内裏内を担当警備する。

常駐警備職が多い中、街中の治安維持組織は検非違使だけだ。検非違使は衛門府の兼任職と決められている。地方にも検非違使所があるがこれは名前が同じだけで系統も官位も全く別物。

中央の検非違使は数が時代が下るにつれて増えて百人以上は居るが、その長官が検非違使別当だ。左右衛門督または左右兵衛督の四人の内、参議以上の一人が検非違使別当を兼任する決まりだが、ほとんどの場合どちらかの衛門督が検非違使別当兼任となる。武士とは限らない。というか、武士でこの職に就くのは父上が初めてだ。

六衛府の名目的な最上位は近衛府だが、実質的な戦力は衛門府が最大なのだ。

それ以外の正規常備兵力は、院の北面の武士や蔵人所の内裏の滝口等の衛士か舎人。うち北面の武士はしばしば検非違使と競合する。あとは各家の私兵。

この職に父上が就けば、公職の武士の最大組織である衛門府の半分と最大の私兵集団である平家家人を父上が握る。さらにこの後検非違使別当となれば、都の治安はほぼ父上の手に収まることになる。

父上は政治家として、優れたセンスを持っていると再確認する。


あと、別邸の八条第の女房が懐妊して出産が近いとか…。お腹が大きくなって父上が白状したらしい。母上の愚痴がすごいことになっていると。

帝の乳母として内侍司ないしのつかさ(後宮の女官部門)の典侍ないしのすけに任官し、出仕している母上が忙しくて帰ってこれないその合間にである。物心ついた弟妹も多くいるこの時期にダメだろうそれは。

父上は家庭人として、ダメなセンスを持っていると再確認する。


十一日に、重盛兄上が従四位上に昇位。堅調に出世してるなぁ。


返事を書く。

父上けしからんね。こっちは何も心配しないでいいからね。ひたすら身を謹んで暮らしてるから。でも景経はいろいろダメです。こっちで宴会しようと思って大きな宿舎建ててます。島巡りもしました。大島の火山すごいです。南伊豆はとんでもなく田舎です。温泉と紅葉最高です。と。




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― 新着の感想 ―
>その南はグアムである。行って旗立てて領土宣言しときたいが、帰ってこれるかどうかが怪しい。 最悪、土着コースですよ^^; ただそうなると別の物語になるのが悩ましい。為朝の琉球話や義経の蒙古話と同じく、…
追加情報です。本編とは関係が少ないので適当に削除願います。 >坂東からの年貢輸送は代替物でもあったはずだから、南伊豆の良港の浜は漁港、兼問の待機所の小さな村になってたと思うんですが、まとまった資料が…
>茂光も祐泰もあまり付き合いのない荘官 近所付き合いは大事にしましょうよ。 史実で祐親さんが捕縛された鯉名湊はここですよ。
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