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宗盛記  作者: 常磐林蔵
第2章 蔵人、婚約、平治の乱

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宗盛記0054 保元四年三月

保元四年三月弥生


勤務先が二ヶ所になってひと月。まぁ、通い先が変わっただけで、さほど忙しいわけでは無い。俺の長所なんて計算くらいで、ここではあんまり機会がない。というか、メッセンジャーボーイの蔵人に院庁事務の計算などさせてくれない。

父上の曹司での太宰府関連の仕事では割と使われているのだが。


俺と違ってさっさと武官ルートを進んでいる頼朝殿は、上西門院様の勤めを辞めてしまった。僅かひと月の同僚。別に俺を嫌ったからではなく、母親が亡くなったからだという。それはまぁ、お悔やみ申し上げます。


で、ここでも蔵人の筈の俺が何をやっているかというと、概ね料理を作っている。俺、武家貴族出で武官志望なんだけど…。

誰かがちまちま吹聴していたらしく、本来は無かったはずのお昼に一品。汁が飲みたいだの、うどんが食べたいだの、黒豆が欲しいだのと、細々と注文があるのだ。その度に一品作って出す。思いついて豆腐とこんにゃくの田楽とかも作った。味噌和え刻み辛子菜付き。

食材は上西門院の厨で大抵揃うので、足りない調味料は家から持ち込み。

作る度に、

「まぁ」「これも美味しいわ」

とか言って女院様と滋子様が喜んでくれるので、ついつい毎回がんばる。あくまで俺は蔵人なんですよ?でも上がっていくのは調理スキル。現職は厨人くりうど

ま、出汁と醤油と味噌と味醂の味付が日本人に受けないはずはない。庶民には負担の大きい燃料費も気にしないでいいからじっくり煮物もできるし。ぶり大根とか照りがあって煮崩れしない里芋とか、俺の専売だからな。


干し鰹を鰹節に近づけるために、燻製してみた。かなり濃厚な味が出るようになった。

鉄雄と梁夫に頼んで、削り器を作ってもらう。

削り器は台木の薄い平鉋をひっくり返して蓋として取り付けられる箱と組み合わせただけなのですぐできる。

燻製しても後世のカビ付けした鰹節程硬くないので、ささがき見たいな削り節になる。

と言っても使うのが鰹節もどきなので、不満はある。カビ付けとかどうやるんだろうなぁ。

おろし皿も持ち込んだ。大根おろしと醤油の相性はバッチリである。山芋のすりおろしとかも好評。



甘葛あまづらというものを初めて食べた。めちゃめちゃ手間のかかるらしい甘味料。普通の蔦のつるから採れるらしいが、驚くほど微量らしい。これを薄めて飲んだり、料理に使う。確かにこれがあれば砂糖の代用になる。スッキリした後口の甘みで水飴より遥かに甘い。蔗糖の含有量が多いのかな。蔗糖はブドウ糖と果糖が結合した二糖類だが、ヒトの味覚にはブドウ糖よりも甘く感じるのだ。

夏は砕いた氷に掛けて食べたりするらしい。そう言えば枕草子にもあったな。あてなるもの。もちろん皇家と摂関家周囲限定の話である。氷は氷室から献上されるそうだ。

甘葛からクッキーとかの洋菓子できないかと考えたが、材料が貴重すぎて断念。水飴を使うか、砂糖待ちだな。



人日に人形ひたがたを流す。今年も平家の行く末を思う。せめて舟に乗せてやりたいんたが…。

岡山の北木島ではそういう人形流しがあったなぁ。前世を懐かしむ。あれは和歌山の淡嶋に流れて行くんだったっけ。



蒔輔が新たな色の漆の見本を持ってきた。黄色と緑は割といい感じ。藍は濃すぎてほとんど黒に見える。後、漆の本来の黄色成分と混じって青緑っぽい。が、まぁ、色数を増やせるには違いないので、これはこれで良いか。墨だけで描いても色々な色が見えてくるように、少し違う色でも表現のバリエーションは増える。

混色も試してもらう。



父上に頼んで、泉殿の外れに俺用の倉庫を一つ建てさせて貰う。試作の材料を貯めて置きたいと説明する。実のところは、乱に備えてそろそろ色々準備したいのだ。



改元が来月に決まったとか。前世の官房長官が『令和』とかやってたのを思い出す。あの人は首相になったんだっけか。今なら内大臣辺りの仕事かな。次の元号は多分平治。色々やらかしたから変わってくる可能性もあるが、なんとなく大枠は変わってない気もする。このまま何もしないで後二十六年程を楽しむ事も考えてみたが、やはりそれはないな。



顔を出さないのも恐ろしいので、職人の様子を見に行くついでに、維子義姉上の所に顔を出す。

「維子義姉上、お元気ですか」

「なんでもっと来ないのよ」

「あ、う、ほら、新しい職場に慣れるまで忙しくて」

「滋子姉様に知らない料理いっぱい作ってるって聞いたわ」

「いやいや、ちょっと手をくわえただけだから…」

「姉様からね、なんていうか一人勝ちみたいな手紙が来るの。今日はこんなの食べたって。どうしてウチにも作りに来ないのよ。私が既婚だから?」

根に持ってる。

「そんな無茶な…」

「一品作って」

「…はい」

妊婦向けの軽いものってなんだろうと考え、消化の良さそうな大根の煮付にする。家に一旦帰って作って鍋ごと持ってきた。自家製の味噌に、芥子菜を刻んで和えて、たっぷりの刻みネギを加える。練り辛子はまだない。前世でも自炊していた俺は隠し包丁位は知っている。

豚コマや鶏そぼろ使えたらもっと美味しいんだけどな。


ここも厠が完成したので、俺の職人達は来月から忠子叔母上のところ。

厠紙の需要がかなり増えた。



苺襲と桜の枝持って姫詣で。

今月はちょっと気が重い。

「「「なんか作って」」」

やっぱりここもか。

いったん帰って作ってくるというと、うちの厨で食材使っていいわよと言われる。醤油も味醂もないよね。味噌も一種類だろうし。という説明をして作りに帰る。あの反応は納得していないな。

この時期なら新玉ねぎ…は無いのか。輸入したいなぁ。あげがあったので醤油と味醂で煮ていなり寿司作って持っていった。酢飯の砂糖の代わりに溶いた水飴使うので甘みが少しもの足りないが、まぁまぁいける。味としては新鮮だろう。なんせ押し寿司もない、寿司といえばなれ寿司だけの時代だからな。筍とごぼうをみじん切りにして入れて炊いて、胡麻も足してある。すぐ食べるし水飴とあわせるので酢は控えめ。おかずは干鮭の切身に大根おろし。多めに作ったのに即完売であった。何故かいつの間にか混じった時忠殿も食べていた。

請求が来て寝殿と小松殿にも持っていった。


燕の子 日がな一日 鳴きつるを 

朝な夕なに を運ぶ親




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― 新着の感想 ―
毎話面白く読ませてもらってます。 餌運ぶ親鳥も巣がそこかしこにあると大変ですなぁ。 子鳥役もどんどんグルメになっとるようで(笑
最後の短歌に思わずウフフとなりました いつも楽しみにしています
更新ありがとうございます!源氏の彼はやめちゃったか。餌付けする暇もなし。まああとで暗殺しても(良くない)。 平安時代、大根(おほね)はあるのですが太くないので、まだ風呂吹き大根は難しいかも? 今の大根…
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