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宗盛記  作者: 常磐林蔵
第1章 覚醒、保元の乱
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宗盛記0005 久寿二年四月

ひと月余りが過ぎた。四月卯月。太陽暦だと5月くらい。


午前読み書き、午後稽古の暮らしはそのまま続いていたが、俺は猛烈に悩んでいた。

飯がうまくない。白米が食べれるあたり、さすがの貴族(五位以上)なんだが。

話に聞くと貴族以外の官人は普段はかて飯(混ぜ物で増量した飯)か粥らしい。庶民は白米ではなく麦飯か、最下層だと粟、稗の雑穀で生きているとか。白米作ってるのはその庶民なんだが。逆に貴族はむしろ脚気に気をつけねばならん。もちろん白米が原因とはわかってないが。

出てくる飯は、基本祭の日に出てくる蒸した強飯こわいい(白い赤飯みたいな飯)か、姫粥ひめがゆもしくは姫飯ひめいいと言われる見た目炊いたご飯。でも姫粥はべちゃっとして思っているご飯の味とだいぶ違う。いや、文句つけちゃだめだってわかってはいるんだけど、せっかくの白米、美味しく食べたいじゃないか。

まだ炊飯の技術が未発達なのか。ちゃんと吸水させてないとか、蒸らし方が違う?はっきり言って全くうまくない。


おかずは品数は七、八品と数はあるんだが味付けは基本は塩味。後は自分で調整するんだが、調味料が豆醤まめびしお(煮た豆を麹で発酵させたもろみ液/とうぞう)と塩と酢と酒だけしかない。四種器よぐさものと言う。これを匙で取ってかけて食べる。酒は甘酒で甘味料として使う。中でも豆醤はかなりの高級品らしい。味噌汁とか味噌和えとかはなく、普通におかずにつけて食べる。醤油の醪と味噌の中間みたいなものを水で溶いた様な感じ。

刻んだ野菜を一緒に発酵させたものはある。未醤みそとかひしおとか、売り名は色々。煮豆を麹で直接発酵させた、見た目納豆みたいな(くき)[豆編に支]というものもある。粘り気なしの塩辛い豆だが旨味はある。どれも俺の知ってる味噌とは少し違うが。

庶民だと塩と酢だけらしい。二種物ふたぐさものと言う。基本料理にはほとんど塩味と出汁以外の下味はない。出汁の概念があるのが救いか。一応鰹節がある。単なる鰹の干物をそう呼んでいるんだが。あと、煮干しもある。なんと昆布もあるのだが、陸奥からの献上品でかなりの高級品らしい。食事の味が単調ですぐに飽きてきた。

定番のマヨネーズも、卵が手に入らないこの時代ではどうしようもないな。トマトのない世界ではケチャップもない。


おかずは野菜の煮物中心。山菜みたいなのもおおい。それも塩で味付けて煮るだけ。出汁は主にあつもの(具がメインの汁)に使われる。全般的にタンパク質が少ない。海遠いしなぁ。

魚も割と出るんだが、これはルーレット。ほぼ干物か塩漬け。

たまに出るなれずしとかかなりツラい。前世で彦根あたりで食べたののさらに強化版。ぬるぬる。臭いも強い。

もっとツラいのがたまに出てくる淡水魚、鯉や鮒のなますだったりする。泥臭いのは耐えられても寄生虫ルーレットは勘弁である。大抵の寄生虫卵は塩や酢では死なないからね。キツイ。この時代、食事を残すというのはかなり罪悪感があるのだが、これは生命の危機だ。せめて火を通してくれと泣いて頼んだ。

でも鮎とか出てきたら大当たり。


偶に鳥の肉がでる。そもそも貴族は狩りとかほとんどしないので、基本塩漬けとか干したのとか。武家のウチは多い方らしい。これを焼いただけのものだが、とてもとてもうまい。肉ってだけでうまい。なんの肉が聞くと、雉とか鴨とか鳩とかつぐみとか。稀に鶴や鷺もある。でも鶏はない。なんで?

鳥類で怖い感染生物はクラミジアとサルモネラと鳥インフルくらいしかいなかったはず。細菌やウィルスは加熱すればいいだろう。

狩りができる様になりたいなぁ。鹿とか猪とかうさぎとかうまそう。


時代のせいもあって、周りの大人の身長は低い。高めの何人かに聞いてみても、五尺六寸(約170cm)辺り。庶民も平均すると多分五尺二寸(約158cm)辺りらしい。

日本人の遺伝子群は、弥生時代以降二十一世紀まで大規模な変化はないはずなので、この時代、これだけ日本人の背が低いのは結局のところ栄養によるのだろう。成長の基本は栄養、運動、睡眠だ。これでホルモンの分泌が促される。

世界でも稀な、庶民の肉食を禁じようとしたこの国の弊害である。原因は主に坊主の妄言に乗せられた帝の暴走。根拠はふわっとしたものだったはずで、戒律に対する不勉強。天竺中国朝鮮で禁止していないのにどうして渡来先でルールが変わるのか、解せぬ。

この国ではみんな背が低いのだから、低蛋白も特に気にしなくても良いようなものなんだが、そこは武家、対人戦では身長差が確実に有利に働くだろう。できれば背を伸ばしたい。


秀次に頼み込んで、こっそり厨房に出入りできるようにする。主家の息子など、うろうろされては迷惑以外の何者でもなかろうが、こちらもいろいろ瀬戸際である。途中に腹が減るので、簡単なものを作って食べたいとゴリ押しする。あと口封じも。厨の者には、言うことを聞いてくれれば、新たに家を立てた時優遇して迎えるとか空手形も撒いておく。九つの子供の戯言など、相手にもされてていないだろうが執着は伝わったらしい。昼飯の習慣が無いのが逆に幸いして、昼だけならと認めてもらう。雑仕はみんな忙しいので、昼はくりやに人がいなくなるのだ。

ちなみに食事は普通朝(巳の刻頃)と、日暮れ前(酉の初刻頃)の一日二回が普通。間食はある。


食材は珍しいもの以外は使ってもいいと言われているので、まずは豆醤まめびしおを確保。かつお節(実は干したカツオ)を新しい布でくるんで表面積を増やすために木槌で根気よく砕く。これにイリコを数羽放りこんだものを布ごとつけて出汁をとる。厨には炭壺があって火種が確保できるのがありがたい。火打ち石はあれはあれで結構難しいし手間なのだ。

次に米を炊く。羽釜はない。竈に鍋の組み合わせは馴染みはないが、蓋がついていればなんとかなるだろう。むしろ身長が足りないことが多いが、その辺は秀次に頼む。洗米、水は米より二割ほど多めにして四半刻(半時間)浸け置き。火を起こしてはじめチョロチョロなかパッパ、と言っても竹筒で火を吹いて調整する。沸騰が終わって音がしなくなったら少し待って火を止め、また四半刻待って蓋を開ける。しゃもじで切りながらさっさと別のわっぱに移す。この時代、桶はまだない。曲げ物だけであるが、特に問題はない。おこげは丁寧にこそぐ。

炊飯中手が空いているうちに、仕上がっただし汁に千切りにした干した大根を入れ、火がとおったら、目分量で豆醤を溶いて入れる。仕上げに刻んだネギを加えて出来上がり。

使ったいりこは軽く炒めて干しカツオの残りと豆醤で和える。こっちはわかめ辺りと酢で和えたり、水飴と醤油で佃煮風にしたりしてもうまいんだがな。あ、醤油ないか。


特に手のかかるものでもないので、子供の手でもこれくらいはできる。重いと思ったら秀次に頼めるし。初めての調理器具なんで心配はしたが、学生の時に炊飯器を買うまでに何度も鍋で米を炊いたことがあるので、出来上がりの見た目にさほどおかしいところはない。

横で見ていた景太と俺の言うままに作業をしていた秀次が呆然としている。

「多めに作ったから、食うか」

と聞いてみたら、

「では毒見させていただきます」

と秀次。

「今ので誰が毒を盛るんだよ」

とツッコミつつ、三等分する。少ない。次からはちゃんと三人分作ろう。

飯と汁と出汁ガラだけだがそれなりにうまい。俺の知ってる飯の味。やはり米の炊き方が違ったか。

見ると二人もガツガツ食っている。

「うまいか?」

「は、変わった食べ心地ですが、旨うございます。こんな旨い飯は初めてです」

と秀次。

景太も貪りながらうなづいている。


食べ慣れてない炊き方だから秀次達にはどうかと思ったが、それなりに好評だったので、また厨房を借りる交渉のときに頑張ってくれるだろう。皆で片付と水洗い位まではする。

とりあえず味噌と醤油の自作はしたいな。味醂は…酒の蒸留が先か。浅漬辺りも作れるかな。


麹が手に入るか聞いてもらうことにする。味噌までなら祖父のところで作ったことがあるのでなんとかなると思う。時間はかかるが容器さえ確保できれば実はそれほど手間でもない。この時代にも近い豆醤はあるしな。


醤油も作り方は概ねわかる。前世の地元は醤油の名産地だからその手の博物館とかいくつもあったし。ざっくり言うと煮た大豆を潰して、米麹と混ぜて発酵させたものに、塩水かけて腐らないように定期的にかき混ぜる、だったはずだ。前半味噌と重なる。最後に布で濾して火入れをして殺菌する。注意点は麹を使うところ以外の道具はこまめに煮沸すること。煮沸でどうしようもない芽胞細菌以外はできるだけ減らす。芽胞細菌が繁殖すると失敗。諦める。でも都では納豆は食べないみたいだしな。塩分濃度も上げて防腐、かき混ぜることで十分酸素にふれさせて発酵を促すと同時に不要な嫌気性菌を減らす。

醤油は製品だと一年位かかったはずだから、少しずつ試行錯誤、かな。でも絶対欲しい。醤油のない人生は我慢できん。醤油が完成して初めて、日本というものが確立するんだと思う。



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― 新着の感想 ―
調味料や料理の話、興味深いです。 味噌が無かったのは不覚! 平安末期の作品に味噌汁出してしまいました。 前世は野田か銚子にお住まいだったのでしょうか? 今日も楽しめました。ありがとうございます!
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