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宗盛記  作者: 常磐林蔵
第2章 蔵人、婚約、平治の乱

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宗盛記0043 保元三年四月

保元三年四月卯月


朔日ついたちから維子姫、坊門局のご機嫌伺い。

「噂は入ってくるけど、家ほどくつろげないのよね。もうちょっと遊びに来てよ」

「いや、来たいんだけど、このへん居辛くて」

とか言ってると爆弾発言。

「まぁ後ひと月で辞めることになっちゃったんだけど」

「ええっ!なんで?」

「結婚決まっちゃったの」

「な、なんでそんなことに。誰だそんな畏れ多いことを!許せん!」

「あなたの兄上」

「ふぇ!?」

「うちの兄上がね、清盛義兄様ともっと縁を繋ぎたいみたい」

「兄上って、重盛兄上?基盛兄上?」

「重盛様。家建てて、移るって」

「あ、兄上にもっていかれるなんて」

「もともとあなたのものじゃありません」

ものすごく落ち込んだ。


++

宗盛が帰ったあと、甥が持ってきた雛人形を見ながら維子は自分が予想外に結婚に気落ちしていることに気がつく。

「でも清子と取り合うわけにもいかないじゃない」

四つ年下の、しかし時々年上のようにすら感じる事がある不思議な甥のことを、自分が結構気に入っていたことに改めて気づいて、一人微笑むのだった。

++


二日、教盛叔父上が従来の淡路守に左馬権頭を兼任することになった。平家としては先祖伝来の武官職である。諸国から貢納された馬の管理をする仕事の実質長官。軍の補給担当官兼、ちょっと警察任務とかもある、ってところである。まぁ、軍と警察は先進国以外ではたいてい一体なんだが。


藤原公光様退任。嬉しい。内侍所の女官までみんな喜んでる。家柄が良くて諸芸に優れた、でも実務に疎い頭中将は、結婚相手には良いが上司には欲しくないらしい。思い付きで指示を出すので二度手間とかでイラッとすること多かったからなぁ。

交替で藤原顕長様、正四位下、中宮亮。四十二歳で着任。惟方様の叔父に当たるらしい。叔父甥で蔵人頭かぁ。さすが実務の勧修寺流。

各国の国司を歴任した苦労人で、当たりも柔らかくて指示がわかりやすい。仕事がしやすそうだ。


今日は早く帰ってふて寝したかったが、叔父上の昇進の宴会に出席。祝いに新作の一揃いの皿を贈ると、皆から欲しがられる。最近開発に入れ込んで、収支がキツいので、小遣い稼ぎに受注に励む。三度焼きで他では無い色絵陶器。稀少性もあって、俺もそれなりにふっかけるので当然お高いが、皆さん金はある。唐物に比べれば圧倒的に安いし。

聞いてないぞって、父上の目が怖い。まぁ、単なる食器ですから。新しい物を作った訳でもないし。いちいち父上を煩わす程の事ではないですよね〜。そもそも作ったの泉作だし。

細かく詮索される前にみんなに飲まされてさっさと寝る事にする。


三日、待たせると怖いので三条烏丸の皇后統子様の所へ。改良荷車を馬に曳かせてである。乗って御者をやってみたかったが人目があるから六波羅の外ではダメだと止められたので、御者は伏矢に頼む。ただでさえ低い世評を落とすこともないな。横に座って指示は出すが。

馬はこの間六波羅で馬車馬の訓練をした、かけとウチからもう一頭。ウチの馬は大体馬車馬の訓練もしている。速歩程度でポクポク歩くだけなので、割とすぐ覚える。

基本的に馬車なんで、手綱を緩めると走って、引くと止まる。左に引くと左折、右に引くと右折。ハエたたきみたいな鞭で目の前の馬のお尻をペシペシするとスピードアップ。ハンドルは馬の進む方向で自動で回るが、馬の挙動と車の挙動を変えたいとき、隘路や緊急回避でだけ使う。伏矢もすぐに慣れた。元々動物の様子を見るのは上手いので、適性はあったのだろう。


苺襲とおかき、張子雛、桜の一枝の他に、新作の皿一揃いを持って行く。皿の輸送は牛なら問題なかったので、馬での試験をかねている。もちろん緩衝材として箱には藁を多めに詰めてあるんだが。

時信家の五人姉妹…実は母上と忠子叔母上も入れて七人なんだが、みんな審美眼はかなりのものだと思う。時信お祖父様というのがかなりな趣味人だったようで、話していてもその辺感じさせられることが多い。中でも滋子姫のセンスは一番だと思うので、彼女がいいと言ったら安心できる。一度聴いておきたかったのだ。

「あら、これ、凄いじゃない。国の窯でここまでできるの?」

「内製なんで、必要な時に数を揃えられるのが強みかな」

「そうね。宴席なんかで必要な数みんなに出せるのはいいと思うわ」

「絵柄は俺も考えてるんだけど、絵心のある人に下絵を頼めないかなと思って」

「あ、そうか。自分で柄も指定できるのね」

「今のところ、緑と赤と黄色もしくは茶色だけだけどね。緑が入ると素焼含めて三度焼きする必要あるし、少ない色で済ませたいってのもある」

「どうして三度焼きするの?」

「釉薬の溶ける熱さが違うんだよ。だから高熱に耐える釉から塗って焼いていく。一度で焼こうとすると、低い熱用の釉薬が溶けて流れちゃうんだ」

「よくそんなことまで知ってるわね。誰から聞いたか教えてくれる?」

「…そんな気がする」

「ふふっ」

「あ~、こういう模様のやつはどうかな」

スリップウェア風。まぁ、本来の化粧土でやる所を、灰釉も組み合わせてあるので色のバリエーションも多い。割とラテアートみたいな模様である。前世ではヘラや串以外にスポイトとか使うのだが、球部に良い素材が無いので専用のシリンジとかも作った。これは割と安価な日常使いできる価格帯。

「こっちの二つは唐物でも見たことないわね。可愛くていいと思う。ところで他の色はなんで無理なの?」

「もっと明るい黄色はそのうち出せるかもしれない。後灰釉は色多いんだけど、でもそっちは安定した発色が難しくて。他は青色の呉須とか紫とか釉薬は輸入になるからなぁ」

黄瀬戸や染付が念頭にある。紫はマンガンだったっけ。釉は色ごとの温度管理が必要なので、安易に混色はできないのだ。


皇后様がいらっしゃった。

先の絵巻の御礼を述べる。家宝にしたと言ったら笑っておられた。

陶器をお見せすると

「それをあなたが?すごいわね」

「たまたま職人と相談したものがうまくいきまして」

「とてもいいと思うわよ」

「つきましては、その、由緒あるお寺にもお納めして、使って頂きたく思っているのですが」

「仁和寺?」

この方もとても頭が回る。こちらの意図を素早く汲んでくれる。もちろん重仁様のことを言っている。

「来月には追加もできますので、皇后様からお口添えいただけたらと」

「うふふ。わかりました。こちらから届けてもいいの?」

「助かります。父が怖くて」

「ほほほ。でもやっちゃうのね」

天邪鬼な息子ですみません、どうか御内密に。



時間のある時に少しずつ六波羅周辺を図に起こしておく。

こうやってじっくり見ると、北側の五条大路末(鴨川の東の五条大路の続き)が結構南にカーブしていることもわかる。もしかして、お祖父様辺りが意図的にこうしたのかもしれない。これだと東西方向の見通しが効かないので防御に有利。北側は攻められやすいが、柵が道の北側なんで迎撃もしやすい。築地塀と合わせて二段の防御が敷けるからだ。とはいえ、多数で攻められると柵はそのうち引き倒されるから継戦能力には乏しい。父上の帰還前に戦闘が始まったら正面になるのはこちらかな。

西側は鴨川と堤と築地塀の三段構えで堅固だが、南側の家人の屋敷側の守りが弱いか。官衙や寺社を除くと、五位以上でないと築地塀は築いてはならない。よって網代塀や板塀となる。この手の塀は、人が多ければ意外と簡単に引き倒せるものだ。まず無いが極端に太い柱を使ったとしても、力を加えれば柱が倒せなくても柱と板との固定部分が外れる。斧や鉈、掛矢があればもっと容易い。

東側は六波羅蜜寺なんだが、後のことを考えれば比叡山を気にしてここは攻めにくいかもしれない。築地塀、路地、築地塀の構成は簡単には破りにくいが、視界が防がれこちらからも手を出せない。逆にこちら側から側方支援されたら守りにくいな。

ちなみに築地塀は中に金持ちが住んでいるのが確定で、盗賊避けに版築で頑丈に作ってある。普通に高さ一丈、底部の厚さは六尺近くはあるから、大型の破城槌でも無ければ破れない。セットで五尺の犬行いぬばしり、四尺程の溝もあるし。

北東隅と北西隅に物見櫓が欲しいところだが、あらかじめ作っとくわけにもいかないか。来年叛乱起こるから櫓作りたいって言い出したら、頭のおかしい人になってしまう。



二番目の酉の日は賀茂祭。関白である藤原忠通様が帝の寵臣の先蔵人頭の藤原信頼様と争って、帝から閉門を申しつけられた。車争いってやっぱりあったんだ。

正確には、桟敷で祭を見ていた忠通様の前を信頼様が車で横切った時に、なんの挨拶も無かったとのことで下人同士の乱闘。それを信頼様が帝に愚痴って、忠通様だけが譴責を受けて謹慎を命じられたと言う。この時、信頼様は正四位上皇后宮権介。間違いなく非は信頼様の側にある。だのに今上は明らかに摂関家の権威を貶めて、力を削ぎにきている。

保元の乱で今上を支持した関白忠通様が、いいようにあしらわれるのを見ると、全ての貴族が今上にそら恐ろしさを感じるのは仕方ないだろう。そして反感も。この帝は恩義というものを感じないのだ、と皆が思っている。

そして帝の好き放題の象徴となりつつある信頼様の凄まじい出世。帝と夜のお友達らしい。やはり平治の乱の首謀者はこの人になるか。


ウチは穏やかに車を停めて見物。今回は妹達とその乳母たちと一緒。最近この手のきらびやかなものに興味を持ち始めた三の君が、大きくなって髪も伸ばし始めてて、和む。

俺が寝殿の母屋を出でから這い歩きできるようになった四の君は、おそるおそるという感じで寄ってくる。抱き上げるとキャッキャッと喜ぶ。何この可愛い生き物。



職人たちが納品と作事に来た。

最近はそれぞれの話し合いもあるので割とまとめて来てもらっている。


泉作の今回の納品は瓶二つ。底近くに水の出る口を作ってもらった。これを湯殿に台を作って漆喰で固めて備え付ける。片方は湯、片方は水を入れるためだ。そう、長年の夢、風呂の改造である。自分で湯温を調整できる風呂が欲しかったのだ。水栓は鉄雄に、継手は任助に、井戸からの導水の樋は梁夫に頼む。井戸ではかなり高いところから流すことになるから、ちょっとした櫓も必要だ。泉作には追加注文と試作も頼む。


湯殿はこの際、今のものの隣に新築増設することにした。もちろん父上の許可もとった。

風呂桶は桧のままだが、少し嵩上げして底に排水口を作る。五右衛門風呂や鉄砲風呂も考えたが、子供がいるウチでは安全重視。今回は温水、冷水分離で。

焼き物で、湯殿の洗い場用のタイルを発注する。色は衛生的に白。滑らないように格子に溝も切った。あと排水用の管と、排水口の四分一の蓋も頼んである。体をちゃんと洗いたいのだ。こっちも配管。湯殿から建物外に配管し、そこから溝を切って、塀脇の溝に繋げる。風呂の建屋関連の作事は梁夫に任せる。知り合いに左官がいれば目止めはできるだろう。管は全て銅管。

鉄雄が栓を作ってきてくれたので、かめからの導水もできた。水道の蛇口はネジの利用がまだいろいろ無理だったので、四分一と木で作った三方活栓を使う。管径に対して出は悪いが実用には耐える。

浴槽も拡げて脚を伸ばせるようにする。広めのユニットバス程度だが今までのものより倍の広さはある。嵩上げした分浅くなったが。

湯用の瓶の横には土盛して竈を組んで、予め湯を温めておけるようにする。高さがあるので、版築はんちく三和土たたき仕上げで底上げする。

ここまでして、ちょっとした不便な風呂、程度まで持ってこれるだろう。戦後間もなく位?

これまでのものは人手かけまくってようやく使えなくもない風呂、だったからなぁ。



幹矢と鉄雄と任助とで車の改良点について相談する。四輪車は高価だし新技術てんこ盛りなんで、普通に売り出しはせずにウチ専用で使う事になった。ブレーキ(制動機)の位置と固定装置も調整する。

車台の下の四方にジャッキポイントも着ける。まぁ、ジャッキないので当面テコ棒用なんだが。

これに併せて、鉄片を細く延ばして、針金を作ってもらう。応急修理用。太めの線を作って、直角の切れ込みを入れた二枚の鋼板を両側から重ねて締めて、しごいて徐々に細い線を作っていく。

さらにニッパーとペンチも新作する。俺の好みで斜めニッパー。



戦の用意も忘れてはいない。鉄雄には盾代わりの大袖を依頼した。

俺の場合、立場と位階から考えて普通大鎧を着る。指揮官用だが赤くはない。

大鎧の肩パーツを大袖と言う。

俺は左は普通の小札こざねの大袖を使うが、右側はひと周り大きな、一尺二寸×一尺六寸の鋼の一枚板にする。小札の柔軟性は捨てる。どうせ騎射はあんまり当たらんので、引っ掛かってどうこうって事は気にしない。横は肩に合わせて少し湾曲させる。裏側前端に右手で握る把手を付けてもらう。後は右大袖のかわりに着けておけるように冠板とか緒付の環とか付けてそれっぽく偽装する。


そもそも従来の大袖って防具として効果的なのか疑っている所もあるが、たしかに肩関節の自由度は高くて弓は射やすいのだ。

大鎧はひたすら矢を受け、弓を射る事に特化した鎧だ。接近白兵戦だと色々隙ができる。ただ、フルプレートの様にガチガチに隙間なく固めてしまうと、右の肩甲骨が開ききらないので弓は引きづらいと思う。中世ヨーロッパでも弓兵はフルプレートとか着ない。騎士は基本槍か白兵武器を持つ。


大袖は肩上かたがみ(鎧を支える肩帯)の外側に二つ着ける袖付そでつき茱萸ぐみという金具に冠板の前に結ぶ受緒うけおと中央に結ぶ執加緒しっかのおと言う二本の紐で留めるが、後に結ぶ掛緒かけおとさらに下にある水呑緒みずのみのお言う別の紐で背板の総角あげまき結びの紐を通して左右が繋がっていていて、左袖を前に回すと右袖が後に行く様になっている。どちらかというと、肩の真横というより少し後側に寄ることが多い。俺は執加緒以外の紐を緩めに留めて可動範囲をやや大きめにする。

鋼板の厚さは三厘(約1mm弱)位にした。

この厚さだと最悪矢尻が通るだろうから、取っ手の裏のみ一分程度にしてもらう。それ以外のところは厚さ二分(約6mm)の削った竹板を横に貼る。両端で留めて、中央部は鋼板の曲面と竹板との間に少し隙間が開くようにしてもらう。若干でも板バネ様の効果を期待したのだ。



姫詣でに行く。苺襲と灯台躑躅どうだんつつじの枝。このアセビみたいな小さな白い花、割と好きなんだよな。地味だけど。あと、約束の絵巻。

絵巻を開きながら維子様の婚約の件で愚痴る。大体、十六歳で嫁入りとか早すぎだろ、と言うと、どこが?と返される。絵はちょうど葵。紫の上が十四歳で源氏の嫁にされちゃう所だ。早婚の時代なのである。自治体の保護条例もないしなぁ。


今日発つと 言いし乙女の 道行を 

引き留めんと 咲くや菜の花


それでもぐずってると、貴方の家に行くのにと呆れられた。俺の家なら文句はないよ。兄上の家なんだって。


築地塀のイメージ


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― 新着の感想 ―
桟敷で祭を見ていた忠道様の前を信頼様が車で横切った時に 忠通?忠道?どっち何だろ…
体調の悪化とか何もなければ良いのですが……。
>指揮官用だが赤くはない。 平家なので旗だけでなく鎧や槍/長巻(馬上用大太刀?)も全て赤色(朱色)でもいいような。セオリーの騎射重視でなく防御(白兵?)重視。鍛冶練度が上がれば南蛮胴風の板金から作る胴…
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