宗盛記0036 保元二年九月
保元二年九月長月
九月になるまで帰ってくるな、と言っておいた是行が帰ってきた。
ちゃんと休めたらしい。お陰で盆を里で過ごせましたとのこと。毎年帰してやりたいが、次の乱がさ来年のいつかわからない。年号が平治になるまでは大丈夫だとおもうんだが、状況によっては我慢してくれ。もちろん言わないけど。
報告を聞くと、狼煙はやはりきつそうだ。余程間隔を密にして人を置くか、大掛かりな狼煙台を築かないと、少し風が吹くと見えなくなるらしい。海国の日本は風強いしなぁ。個人で高速通信網は無理そうでした。
望遠鏡…いや、それも無理だな。ガラスも自作できてないのに。高温溶融の炉となると、レンガから揃えないといけない。設計も反射炉みたいに熱効率を上げるか、送風の効率を上げるか。あと熱源にコークス使えないときついんだが。九国行って石炭掘りたい。
早馬の方は、短期ならなんとかなるらしい。一年待機とかいろいろ無理だろうが、連絡してから十日までの借上げなら手配できるとのこと。熊野街道沿いは、緊急で帰る者や、急病の者など輸送体制もそれなりにあるらしい。基点はやはり王子。代価(布)を渡して、経路での顔つなぎもしてきてくれたそうだ。ありがたい。
車大工の幹矢と野鍛冶の鉄男が会いたいというので、時間を取る。聞いてみれば試作の鋸について。
話を聞いた幹矢がどうしても使いたいらしい。もちろん許可。もう一本追加で注文しておく。
焼物職人の泉作が来たので、作って水簸した赤錆を渡しておく。粒度を変えた二通りを渡し、地の釉に溶かす量を変えながら何通りか焼いてくれるよう頼む。
他に話があるというので聞いてみると、清水寺の南西側、小松谷の近くに引っ越したいという。清水寺の南側、小松谷より北側はだいたい墓地だから、そこから少し南に離れた所で六波羅の隣接地がいいとか。そこまで来ると都からは遠いので、死体が運ばれることもない。豊公廟の下の方といえばわかりやすいか。できるの四百年後だけど…
なんで引っ越すかと言うと、うちの近くの方が俺との相談に便利だというのだ。ちょっと嬉しい。ご祝儀に引越し費用を一部持ってやることにする。相談して今後清水焼を名乗ることに決まる。
九日、時忠殿が兵部少輔に任官。時信お祖父様が兵部権大輔だったので、その流れだろう。兵部省の三等官で従五位下相当官。
重陽の節句。小間使いとして内裏をウロチョロする。女房や女官も忙しそう。章子姉上や、維子姫、ここでは坊門局と互いに労う。というか愚痴る。中秋で学んだので、準備が終わったらさっさと逃げ帰る。
十九日には重盛兄上が中務権大輔に任官。中務省は宮廷全般が担当で、前世の宮内庁みたいなものだが規模が違う。他の省より一段位の高いトップ省庁なので、二十歳の兄上としては大出世である。お祖父様が中務大輔だったことによるのだろう。宮中は前例主義が強い。ちなみに権は権官を表す。職掌はほぼ同じだが扱いはちょっとだけ低い。
今、信西の提唱で、長い院政のためにガタがきていた大内裏を再建しているんだが、仁寿殿の建造を父上が受け持っておられる。清涼殿の東、紫宸殿の北の内裏の中心の建物の一つ。小さめの儀式の時なんかに使う。
信西の施策によるので、正式な制度に則ったものではないが、成功に近い。
今の目立った権力者は帝の後ろ盾のある信西だが、最大の武力は父上が持っている。当然財産も余裕がある。家人が居る地域だと、依頼されて荘園の小規模な紛争への介入や貢物の移送の護衛などで謝礼が貰えるからだ。それを元に貿易にも手を伸ばしている。先発の軍事貴族の源氏に比べても、その辺ウチは手堅い。
そっちにも配慮した人事かな。
院政は長く勤めた官よりも、院の近臣が仕切るので、正規の官庁は蔑ろにされてきた。もちろん政治の内容は酷いものである。
前世にも政治主導、とか言って口を出したがるのが多かったが、結局官僚が劣化して国が傾く。
権力持ってるものが行政官として優秀な場合なんてむしろレアなのだ。
平安時代はちゃんと理由があって終わろうとしている。そのとばっちりでウチは滅ぼうとしている。
梅ジャムを使い切った。来年からもう少し量を作ろう。
葡萄を探したんだが、思っていたものはなかった。市で買えたのは山葡萄、野生の葡萄である。酸っぱい。種も大きい。エビカズラとも言う。いくらかは生食したが、果肉と水飴でジャムにする。求肥で包んでできたのが「葡萄襲」
この辺のラインナップは季節向け某京菓子からの発想である。
ついつい買っちゃうよね。
今度は忘れず維子姫の所に。前回、多めに持って行った梅襲が同僚にほとんど強奪されたそうで、お褒めの言葉を賜る。美人に喜ばれるとホントにうれしい。
葡萄襲という新作が出来たので、調子に乗って栗も同様に作ってみた。茹でて潰して、練って濾した栗餡を求肥でつつんでできた物を見て、激しく後悔した。なんというか、ばっちり黄櫨色…じゃないか。内々で消費しよう。
「あにうえ、これはなんという菓子なのですか」
「栗襲だ」
「黄櫨色だから黄櫨襲とか…」
景経が余計なことを言う。こいつわかって言ってるな。
「やかましい。これは栗襲」
「美味しいね。栗襲」
「そうだな。これはこっそり食べような」
禁色怖い。
熟れはじめた柿を採って貰う。下から木の棒で。折れやすい柿に登るのは論外らしい。
熟すると鳥との勝負になるので、早めでないと柿は確保できない。が、早すぎると渋い。
柿の渋抜きの方法はいくつかあるが、蔕にアルコールを吸わせる方法と、温水で温める方法が使える。アルコール使った方が早いし渋も残りにくいので、コストは掛かるが消毒用に作った分を流用する。椀の底にアルコールを入れて渋柿を蔕を下にして置いて、皿で蓋をするだけ。毎日酒を足すと三日ほどで甘くなる。
これは三の君達と試食。
「かき、あま〜い!」
と三の君達大喜び
「なんで?熟してないのに」
と四郎。
「完熟する前の柿が甘いなんて…」
と吉野。
柿に多い渋み成分のタンニンを、アルコールの収れん作用で不溶化したわけだが、もちろんそんな説明はしない。
こちらも各所に配れるな。
栗襲も数日置くと色が落ち着いて来るのがわかったので、献上品に使う。
葡萄襲、栗襲は姫たちにも好評でした。
甘い柿はここでも驚きだったようだ。
信用してくれずになかなか食べようとしなかったのに、こちらが試して大丈夫だとわかると、おかわりまで要求するのはどうかと思います。
一つ位ハズレを混ぜときゃよかった。
大阪天王寺の市立博物館に、日本国宝展見に行ってきました。
平家納経か出てて、これのご利益はどこ行ったんだろうと考えてしまいました。
黒韋縅胴丸…腹巻でした。しっかり右脇合わせ。




