宗盛記0029 保元二年二月 元服
結局、最初の一人は俺が倒したらしい。後からだけど。側頭部を斬られて即死したとか。そう言えば耳の上辺りは頭蓋骨が一番薄いと聞いたことがある。前世で。
わずか十一歳の人殺しデビューですかそうですか。日本刀が斬れすぎるのが悪いな。
実際、多人数で襲われて殺されかけたんで、殺人の禁忌を侵したという気はあんまりない。ただ殺されそうになったのが怖かった。また震えと浮遊感が戻ってきている。もう当分遠慮したい。景太は腰が抜けていた。
帰って気づいたが右脚の腿に切り傷があった。返り血で汚れていたのでわからなかったが、家の者に囲まれて館に戻って、下馬の時厩の者が滴る血に叫び声をあげて気付いた。すれ違った時に相手の刀が当たったらしい。その時は気づかなかった。アドレナリンすげぇ。少し間違えばこの後片足引きずって生きるところだった。
泣いて吠えながら自分で縫った。十二針。もちろん針も絹糸も煮沸消毒、手も傷もアルコールで消毒してから。見ていた是行も秀光も景太も蒼白になっていた。次からはお前たちがやってくれと言ったらもっと青くなった。まぁ、意味が分からなければ狂人の所行だ。とりあえず曲針欲しいな。縫合が一段落した頃になって父上と母上が飛び込んできた。二年前にも死にかけた俺は極め付きの親不孝者である。
母上に泣かれた。妊娠中に申し訳ありませんでした。
アルコールで傷口を毎日消毒して、抜糸は七日後、これまた自分でした。鋏で切った糸を毛抜で引き抜いた。その時もちょっと泣いた。抗生物質がないから、深い傷は化膿したら下手すれば死ぬ。そこら辺にいる常在細菌の黄色ブドウ球菌でも蜂窩織炎とか起こせば死ぬのだ。傷は翌月まで痛んだ。跡は一生残るだろう。
橋の東側の四人のうち、三人は死亡。西側の四人は逃走。捕らえられた一人は尋問(多分拷問)の末、先の乱で討たれた多田頼憲の郎党だと吐いた。目的は営利誘拐。後に斬られたっぽい。
さらにウチの下人に金で協力した者が居たらしい。情報を流して当日見張りを遠ざけたとか。その後姿が見えなくなった。逃げおおせたのか、どっかの山中に埋まっているのかは知らん。でも周りの雰囲気から多分後者。
残党はすぐに襲撃され、犯人の残り二人は討たれたが、あと二人は逃げた後だったとか。
止めて欲しいところだが、是行と秀次が各所に大袈裟に触れて回ったらしく、さすが武門の子、と一門内で凄く持ち上げられた。
保元二年二月如月
十四日吉日に、一族他多くに見守られて、俺は元服した。バレンタインデーじゃないか。旧暦だけど。誰かチョコレートくれないかな。くれなかった。そりゃまぁ、カカオがない。
烏帽子親は正四位上藤原親隆様。伊予守である。春宮亮(守仁皇太子付の事務職の次官)でもあるらしい。御歳五十九とか。さらに俺の叔父上に当たるそうだ。母上の二つ下の妹、忠子叔母上の夫らしい。つまりあの姉妹の姉の夫である。
袍と表袴の正装で、驚いている間に白粉(俺製)を塗られて眉を剃られ、殿上眉を描かれて、お歯黒も塗られた。酢と錆の味が口に拡がってとんでもなく不味い。これはなんとかしないと。
まぁ、式で俺のすることは、教えられた手順通り振る舞うこと。髻を結われた後、烏帽子(公卿は冠、それ以下の貴族や武家は烏帽子)を被せて貰って紐を結んでもらい、後はしきたりを守って頭を下げ続けること。なので、親隆様の顔もろくろく見れなかったが、優しそうな声が印象に残った。
諱は宗盛となった。薄々そうかと思っていたが、やっぱりそうだった。お祖母様(池禅尼)の諱が宗子なんで、そこから一字貰ったらしい。
その不甲斐なさで平家を滅ぼした男。後に傘売の赤子との取替子とまで言われた男。頼朝・義経の噛ませ犬。名高い平家一の愚か者。それが俺だった。
あれ?最後のは今もそうじゃないか?
笑う。実際命名後俺はずっと笑顔だった。うん、笑えばいいとおもうよ。だって笑うしかないし。
運命って三十年あれば変えられるかなぁ。
チョコレートは貰えなかったが、後で清子姫は元服姿がかっこよかったと褒めてくれた。でも無茶しないでねと心配そうに言われて、思わずギュッとしそうになったが我慢した。よく考えれば相手は十二歳だ。さらに叔母だ。ただ心は大人でも体は子供である。妙にドキドキするのは体に心が引っ張られるせいか。とりあえずなんかホワイトデーに贈り物をしようと決めた。
と思っていたら、夜、清子姫が寝室に入ってきた。そう、今日は兄達は二棟廊にいる。なのに夜具が二つ用意してあるのはなんなのかと思っていたのだ。とっても驚いた。小袖だけ。寝間着である。袴履いてない。ということは中スッポンポン。添臥と言う風習らしい。少し話をした。
昔はこれで結婚しちゃう例も多かったらしい。葵の上とか。中宮定子とか。帝の最初の奥さんが割と歳上なのはそのせいとも教えてもらった。その間顔が茹で上がったように真っ赤だった。妙な色気にちょっとドキっとしたがさすがに十二歳の叔母に手を出す気はない。しかし大人達の思惑はどうなんだ?そうなっちゃえってことなのか?叔母甥だからそんなことにはならないと信じてる?いや、この時代だとそうなっても許容されちゃうのかなぁ。
そう思うと元服の夜は忍耐の夜だ。
でも声はかける。俺はチャレンジャー。
清子姫は背を向けて寝ている。いや、肩が震えている。寝てはいないか。
「もう寝た?」
「寝てるわよ!」
「寒くない?」
「寒くなんてない!」
「ひっついた方が暖かいよ?」
「だから寒くないの!」
「こっち来ない?」
「もう寝てるの!」
あんまりからかうのもよくないか。ホントに来られたら俺がうろたえる。寝よ。
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朝起きたら三郎の顔がすぐ近くにあって叫びそうになった。綾部から言い聞かされていた事もあって、素早く自分の体を確認する。うん…なんともない…わよね?
三郎…宗盛殿を起こさないように慎重に周りを確認する。どうやら私の方から引っ付いた様な…。寒かったのだろうか…。そぉっと離れる。時々妙に大人びた風な顔をする甥の寝顔に、ドキドキが止まらない。そう言えば二人共成人したんだった。子供、産めるようになってるし。
素早く身支度して、几帳の外に床を敷いていた綾部をそっと起こして、急いで家に帰った。その間ずうっと頬が熱かった。
家に着いたら姉様達が起きてきて、散々イジられた。
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まぁ、さすがに気がついていたんだが。
朝、元気なところを気づかれなくてホッとした。もうちょっと近かったら危なかった。
明けて十五日。
今日から日記を書く。
題して『宗盛記』
第一章完です。
掲載三ヶ月余り、ここまでお付き合い頂きましてありがとうございます。
入院中なこともあり、1週間お休みをいただきたいと思います。次回4月22日(火)より再開予定でず。
次章から宮中に就職します。




