宗盛記0024 保元元年閏九月 時忠邸
五条京極の時忠殿の屋敷に着いて、馬を預けて訪ないを告げると、時忠叔父上がにこやかに現れて東の対へ導いてくれた。で、そのまま行ってしまう。
いや、今日は叔父上のところにね…話を聞きにね…。
と、御簾の中に人の気配。それも複数。女房かな?だったらいいなぁ。
「六の君様。ご無沙汰しておりました。このような世情故遅くなりましたが、漸く伺うことがかないました」
「「「「きゃあ〜♪」」」」
おい…
「三郎様、お久しぶりです。いらしていただいて、その、嬉しいです。私は無事裳着も終わりまして、清子と名乗っております。和歌の手習いは進んでいますか?」
右一「ちょっと清子、先に紹介しなさいよ」
右二「そうよ。珍しく取り澄ましちゃって」
左一「それにしても前にあったときは、頼りない感じのぽっちゃりさんだったのに」
左二「結構いいかも♪」
清子姫は真ん中か。
…あと姉妹が四人?
夜だったら割とわかりやすい御簾の中も、庇のほうが明るい昼間は、かろうじて人影がわかる位。
「ふぅ。右端が信子姉様、私より五歳上」
「信子です。大きくなったわね」
「次が滋子姉様。四つ上」
「滋子です。字は滋賀の滋って書くの。お久しぶりね」
「左が維子姉様。二つ上よ」
「維子です。私の字は繊維の維。渡辺綱とは字が違うから」
「残りは七の君。二つ下」
「残りって何よ。七の君です。三郎様とは一つ下でちょうどいい歳の組合せですね」
なんの?
それと裳着前なら御簾から出てもいいと思うんだけど。
「皆様母と時忠叔父上の妹君ですね。ご無沙汰いたしております。平三郎です」
「ちょっと、私のときは『おばさん』だったのに」
学習したんだよ。
「六…清子様にはこれを」
母上に勧められて持ってきたいろは楓の一枝をお付きの女房、綾部に渡す。
信子「まぁ、いいわねぇ」
維子「ねぇ 私にはないの?」
滋子「他にもあるみたいよ」
七の君「見せて見せて」
「時信のお祖父様は、姫に恵まれたのですね。七人も」
信子「そう、時子姉様の下に、藤原親隆様に嫁いだ忠子姉様がいるわ」
それは…大変だったろうな。
男は…時忠叔父上と親宗殿、二人か。
なんて男女比。
「それにしても、五人一緒って、みんな同母姉妹なの…なんですか?」
ちょっとつっこんだことを聞いてみる。
「普通の話し方で良いわよ。私もそうするし、あと様も止めて」
「あー、わかったよ。清子姫」
「それでいいわ」
機嫌が直ったのが声でわかる。
維子「あ、姫なんだ。じゃ、私もそれで」
「「「私達も」」」
「むぅ」
また声が曇る。わかりやすいなぁ。頬を膨らませて眉間に皺がよってる姿が目に浮かぶ。
この機会にイジられてるだけだよ。
ホント可愛いと思う。
「ああ、さっきの話だけど、時子姉上からは聞いてないのね。違うのよ」
代表して信子様が教えてくれる。
「ウチのお父様は、見栄えが良かったから、割とおモテになったそうなの。で、同時期に複数の姫君とお付き合いがあって、そのうち四人と子供ができたのよ。お祖母様が居たのにね。そのうちの三人は早くに亡くなったんだけど、それぞれの婚家から愛想をつかされて、子供はみんな引き取ることになったってわけ」
ひでぇ…。
「それに六位の時に甲斐権守を勤めた以外は国司に着いてないから、お金がなくてね。五人纏めて育てれば安くつくだろうって。私達は大体時子姉様とその母上のお祖母様に育てられたわね」
つくづくひでぇ…。
他人事ではない。俺の祖父の話である。
「だから時子姉上はあなたを生んだ後もよく家に帰ってきて私達の面倒を見てくれたの。あなたを連れてね」
親宗殿だけは遅れて数年前に引き取られたらしい。
気を取り直して先に渡して置いた贈り物を、いつものお付の綾部が御簾の中の清子姫に渡す。
「ああ、これが前に言ってた羽布団?ふわふわね」
清子姫が嬉しそうだ。この羽布団は父上の手が入った献上品タイプだ。後日俺が加えたポケットの形の改良によって、厚みが割と均一になっている。要は二枚重ねにして、斜めに平行移動して縫う位置をずらしてある。大膳式に手を回して綿羽の安定確保ができたらしい。当然表は絹布。
七の君「え、これいいわね。私も欲しいな」
信子「そうね。これは暖かそう」
滋子「湯たんぽ、でしたっけ、あれもお義兄様にお願いして頂いたのよ。素晴らしいわ」
維子「三郎殿。私のもお願いしていいかしら」
どう断われると言うんだ。
「…それとこっちは、犬の玩具?」
これは清子姫。
「ウチの妹の三の君に作ったときに、一緒に用意したんだ。自分の手で作ったものもあるといいかなって」
「「「「かわいい〜♪」」」」
いや、どうして周囲から返事がくる。
滋子「でもこれ、かなりいい出来よ…しっかりしてるし。こんなの見たことないわ」
信子「ホントね。あ、軽いわ。木彫りでも無いのね」
維子「あら、中になにが…鈴?」
七の君「へぇ いいわね」
好評である。…贈った相手からとは違うが。
清子「…えと…ありがと」
信子「うふふ」
滋子「よかったわね」
維子「あら、顔赤くない?」
七の君「私も欲しいなぁ」
清子姫が焦ったように言う。
「あ、あの、歌の方はどうなの?ちゃんと勉強してる?」
「え、ああ、近頃は色々あって、ちょっと後回しになってるかも」
「なによ、それ。じゃあ、ここで一首詠んで」
「…え?」
「手習いの続きよ」
信子「そんなに照れなくても」
滋子「でも聞きたいかも」
維子「うたのししょうの こわくもあるかな、ね」
七の君「え、でも歌はド下手だって」
帰りてぇ。
しかし、俺も一年掛けて少しは慣れてきてるんだ。六の君の無茶振りに。
「では」
紅葉葉を 散らす野分の 吹き寄せに
君の宿へと 巡り来るかな
「にゃ」
清子姫がなんか妙な声で返す。
「「「「ほぉ〜♫」」」」
「ちょ、ちょっとは詠めるようになってきたかな。もう一首詠んで」
「え…?」
「こういうときは二首詠むものなの」
ホントかよ。というか、どういう時なんだよ。クスクス笑いが複数。
「うーん」
考えろ俺。六の君、清子姫はこういう無茶を引っ込めたりしない。なんか顔つきまで想像できる。顔は赤くて口はへの字。でも目は泳いでる。
目の前には御簾、御簾、御簾…ち~ん
筒井筒 振分け髪の 面影は
御簾のうちには いかに見ゆらん
「ふにゃっ」
信子「これは…」
滋子「思ったより」
維子「お買い得かも」
七の君「三郎お兄様って呼んでいいですか?」
いや君、俺の叔母だからね。
結局一刻程いじられて、ヘロヘロになって帰った。
是行は馬の様子を見てきますと部屋にも入らずすぐ出て行って帰って来ず、秀次、景太は庇の隅で石になっていた。




