宗盛記0021 保元元年八月
バレてた。
「四頭の馬と五人三日分の食料、衣類に雨具か。どこに逃げるつもりたった?」
「あ~。伊勢参りなどいかがなものかと」
「儂が勝つと言ってなかったか?」
「いやぁ、万が一に備えるのは家に残った者の務めでしょう?」
「ふむ、ところで叔父上に何か言ったか?」
「暑い折お体をおいといください、だったかなぁ」
「…そろそろ元服の準備が要るな」
「宜しくお願い致します」
全部バレてたよ。
そんなやり取りがあって、保元元年八月になった。葉月
父上は保元の乱当日の十一日に播磨守となった。昔から問題事がなく安定した大国の伊予守や播磨守は、国司の中でも最上とされ、公卿への昇任一歩前だとされる。瀬戸内における平家の存在はさらに大きなものになるだろう。
同日、義朝殿は右馬権頭に補任され、河内源氏では初めて内昇殿(内裏への殿上)を認められた。
藤原忠通様は、父親の無罪と関白家の所領の保全のために奔走することになった。摂関家に所属する武士団の解体を迫られ、又藤原氏の氏の長者に任命された。本来は一族内に決定権のある氏の長者に、「任命」されたのだ。弱った摂関家に対する皇家の露骨な干渉である。
自分達で頼通殿の追い落としを計画して主導して開戦した筈なのに、終わってみるとすっかり帝と信西にしてやられた訳だ。戦後間もなく形を変えて新しい戦いが始まっている。
単なる旗印であったはずの帝とその近臣が、いつの間にか専政を振るうようになった。
戦に出れなかった秀次が落ち込んでいるかと思えばそうでもないらしい。もしもの時の準備ではかなり無理を言ったのだが、そちらの方でもういっぱいいっぱいで、戦の事どころではなかったそうだ。
秀次の弓はかなりのものだと思う。手柄を立てさせてやれなくて済まなかったな。
戦の話を聞かされて、次こそはと景太が張り切っている。こいつ、俺より弓上手いんだよ。
稽古の方は、馬を走らせる所まで来た。駈歩。このあと襲歩と、騎射とか、馬上での太刀打ちとかが待っている。
父上と。
「そういえば伝えておらなかったな。松明、大いに役に立った」
「それはよろしゅうございました」
「実際に夜襲の準備を整えていたのはウチだけだったので、上の方々からもたいそう感心されたわ」
「河内源氏のみなさんは夜襲好きそうですもんね」
「あと竹の盾、あれもよく矢を防いだと聞いておる。運ぶに軽く石も土もその場で手に入ると」
「何よりでございました」
「褒美を取らせよう。何が良い?」
「え…あ…その…できますれば、馬にて遠出するお許しをいただきたいと」
「どの辺りまで?」
「あ…その…時忠叔父上の所を訪れてみたいなどと思いまして」
「六の君の所か?」
「時忠叔父上のところです」
「ふむ。もう少し落ち着いてからになるが考えてみよう」
「ありがとうございます」
「時忠殿はどこにお住まいか知っておるか?」
「いえ、そう言えば聞いておりません」
「そ、そうか」
あれ、笑いをこらえてる?
母上と。
「母上、そう言えば聞いたことがなかったのですが」
「なんですか」
「お祖父様の…母上のお父様の屋敷はどこにあるのでしょうか?」
「ああ、六の君のところ?」
「お祖父様の屋敷です」
「うふふ。そうね。私の実家ですものね。 五条京極ですよ」
「五条京極……近くありません?」
「五条の橋を渡って直ぐだから。五町(600m)位かしら」
近っ!川向、歩いて6分のほんのご近所じゃねーか。
「馬で…遠出するのよね」
父上から聞いてるな…。笑いをこらえてる。周りの女房たちまで。
「…まだ暑うございますね。あ、馬の様子でも見に行ってやろうかな」
「ほんと、熱いわね」
皆のニヨニヨ笑いに耐えきれず、その場を逃げ出した。
保元の乱で中断していた紙のテスト。
ただし洋紙が欲しいわけではない。そんなものを作って和紙の発展を止めたいとは思ってない。そもそも多分俺はこの後の人生でそうそう金には困らないし。
だから製法の中核はできるだけ秘匿するつもり。この紙の作り方では、アルカリと酸によるリグニンの除去だ。人に任せるとしても工程は別に分ける必要があるな。
紙というのは不織布と同じで、繊維をランダムな方向で絡ませたものだ。簀に入れて水中で揺すっているのを見ることがあるが、あれは微細な繊維をより絡ませるためにやっている。織機によって縦横に交差させた布とはそこが違う。
楮なんかの樹皮の長い繊維(といっても5ミリ程度)を使うと、絡み合って強くて劣化しない和紙ができる。
前に作った紙を水に漬けて変化を見る。使用感のテストも行う。
そう、作っているのは溶ける紙。トイレットペーパーだ。
だから長い繊維はむしろそぐわない。木の木質を潰した短い繊維が欲しかった。
薄目の桐パルプ製の紙が成績がいい。なにより肌触りが優しい。ただ厚すぎるとうまく拭けない。かといって薄すぎると破れてよろしくない。
俺の作りたいのは、弱くて水に溶けて、書字には向かない紙。その時の実用には耐えて、なおかつお尻に優しい紙だ。
父上から、太刀を頂いた。
こちらが本命の褒美らしい。
これは嬉しい。
許可を貰って早速抜いてみる。
一尺九寸。この長さだと後世の分類では脇差しになるかもしれないが、しっかり太刀拵である。鎬もある。父上が十一歳で初の出仕をしたときに用いたものだという。今の俺にもちょうどいい。ずっしりと重い。鍔は小さ目。時代の流行りで腰反りが強い。鎬造りで重ねはやや薄いか。子供用の太刀だがちゃんと刃が入っている。直刃。物打ちの辺りに小乱れ。小鋒。三条派の刀工の手になるとか。凄い。むちゃくちゃ嬉しい。何度も礼を言って、早速庭で試し斬りの用意を頼む。父上もそのまま見に来るという。
まずは竹を水平に掛けて正面斬り。
帯に下げ緒で着けた太刀の鯉口を切る。抜刀は刃を傷めない様に鎬に沿って滑らす。あわせて左手の鞘を少し引く。
座って抜くにはやや長いが、立ってなら問題なく抜ける。青眼に構えて、振り上げ、一歩踏み込みながら振り下ろす。さほどの抵抗なく振り抜ける。凄い。斬れた竹が落ちる。
次いで立てた竹。
これは刃筋が通っていないと、最悪刃を折ると聞いている。折ったら即土下座しよう。
刃筋を通すというのは、刀の鎬と刃の正中線と刃の進行方向が一致してずれないこと。これは正面斬りではやりやすいんだが、袈裟懸けになると、握りを調整できてないとずれる。握り込んだ方の手首が返るのだ。これを起こさないように意識して体に覚え込ますのが素振りと打ち込み、切り返しである。無意味に騒音を立てているのではない。
構えて、袈裟斬り。そのまま振り抜く。ちょっと異次元の切れ味だ。切り口滑らか。
日本刀ってこんなにすごいものか。
「見事だ よく鍛えておるな」
父上から褒められた。嬉しい。
「ありがとうございます。一層励みます」
いや、チョロくないよ。今までたいていの大人からはうつけ扱いだったからだよ。
紙を作るのに適した材料は、その繊維が
・強いこと
・長いこと
の他に
・細いこと(表面が滑らかになる)
・柔らかいこと(均一に、滑らかになる)
他にも
・不純物(プラントオパール等)が少ない
・脱色しやすい
・変質しにくい(リグニン等が少ない)
なんかの条件もあるようです。




