宗盛記0018 久寿三年四月
又、祭の頃がやってきた。
久寿三年四月卯月
この時期の都は一年で一番過ごしやすい。
手習いの方はもはや読み書きは終って、歌や物語に移っていた。あと習字…これはそろそろ周りが諦めている。下手、らしい。どこが下手なのかよくわからないから下手なんだろう。
鐘鼓も褒められはしないが、鳴り物は割と好き。
綺麗な料紙を母上から貰ったので、薄桃色の紙を正方形に切って鶴を折る。
六の君にあげると、すごく驚いている。
「正月の汗袗の柄を見て、ずっと作ってあげようと思ってたんだ」
「これ、どうやって作るの?」
「正方形の紙を折っていくだけ」
もう一枚の海松色の料紙で、見ている前で折り方を教える。
「まずは真四角になるよう余ったところを切るんだ。こうやって折り目をつければわかりやすいでしょ」
正方形の紙を作る。ここまで小刀。
「半分に折って、もう一度折って。真ん中に折り目をつけて。裏側も同じにして。下から開いて、裏側も開いて四角にして…」
熱心に手元を覗き込む六の君。
「下の両端を折って、裏返しておんなじように折って、もう一度両面とも折って、頭と尾を立てて、片側に頭を折って、両側に翼を開いたら出来上がり」
「すごい…こんなの見たことない。貴方、凄いわ」
三郎は六の君の尊敬を勝ち取った♪
もちろん初めてのことである。
鶴は六の君が二羽とも持って帰った。
将来の為に特に重要な研究を始める。まずは素材集めから。柔らかい木が欲しかったので、桐と杉の端材を集めてもらう。桐は家具職人、杉は大工から端材が買える。杉のほうが若干入手しやすいそうだ。どちらも極めて安いとか。後は藁、麦藁、茅、葦辺り。加工原料として一般的なんで、大体通年手に入る。麦藁、茅は今の時期ならどこにでもある。飼い葉に使うので厩でも手に入る。木材なんかに関しては外に出られない俺は、この辺りはすべて秀次頼み。費用の相談をすると、昼にお世話になってますからと、笑って言う。すまんなぁ。一袋ずつ位用意して貰った。
今年の祭は兄上達と行った。男四人で行くと、勅使列なんてどうでもいい。ひたすら斎王列を見ていた。
「あの命婦が一番だったな」
「女嬬がいいよ」
「三郎はどうだ?」
「騎女の二番目かな」
「おお、なかなかよく見ているな」
「確かにあれも良かった」
男だけで行くとこんなものである。
四郎の目が冷たい。
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清盛は考える。最近は鳥羽殿にお住まいの法皇様の体調が優れない。
今法皇様に身罷られると、同母兄弟である新院と帝の間が決定的にこじれかねない。鳥羽の法皇様は世間で言われているほど新院を嫌ってはおられぬようだが、帝と新院を取り巻く藤原親子、兄弟の対立が情勢をややこしくしている。このままバカどもが争えば、兵乱もないとは言えず、そうなるとどちらに就くかが家の命運を決めかねない。
我が家は父上の時から新院の御子、重仁様のお世話をしてきた。当然新院につくと思っているものも多い。しかし貴族の大勢は、鳥羽の院、ひいては今上に向いている。さらに儂は頼長殿が好かん。そうしてどちらからも、期待しているとの御内意があるのだ。
実際率いている兵の数では我家が一番であろう。伊賀伊勢から呼べば三千は揃う。戦で働けるのは武家しかない。
これに関しては、一族内でも意見が割れている。なにかと儂と折り合いの悪い忠正叔父上は、頼長殿の家司のような有様で、新帝につくのが当たり前だと言うし、義母上と頼盛も新帝寄りだろう。一族が割れることは避けたいのだが。しかし頼長殿につきたくはない。
「都で戦など、山城に遷都して以来のこととなるが」
時子が心配そうに
「それほどに新院と帝の仲は拗れているのですか」
「ああ、かなり危うい。鳥羽の法皇様がお元気になられれば良いのだが」
実際、新院もそう焦らずともこの先どうなるかなどわからないのだ。仮に守仁様が御位に就かれても、重仁様が盛り返す可能性などいくらでもある。
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重盛は切株を見つめていた。
昔、母上が生きていた頃には、いやほんの一年前までここには柿の木があった。
母上が亡くなって、しばらくして父上が新たな継室を娶った。
新しい今の母上も俺達に優しくしてくれた。俺達も少しずつ新しい母上を受け入れた。
やがて歳の離れた弟が出来た。
周りに同年代の居ない三郎は俺や二郎に構って欲しがったが、いつしか腹の中にわだかまったよくわからない不満が、新しい弟と距離を取ろうとした。
あの日も後についてきたがる弟に、
「戦となれば物見の技も必要だ。あの柿の木に登れるようになれば遊んでやる」
と言って俺は逃げた。柿の木が折れやすく、登ってはいけないことなど知らなかった。三郎は一人で木に登り、枝が折れて落ちて死にかけた。もう助かるまいと言われたときのあの絶望を俺は忘れんだろう。俺は決して優れた貴族でも武士でもないようだ。
三郎は生き延び、それどころかかえって妙なことを思いつくようになった。
しかしあれから俺達の後を追おうとはしなくなった。うつけと誹られながら忘れた読み書きを覚え直し、ひたすらに鍛錬に励む。
三郎の子供の時間を取り上げたのは俺だ。この切り株を見るたび、俺はそのことを思い出すだろう。
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六の君が、この頃なんとなく元気がないので聞いてみる。
「なにか気にかかることでもあるの?俺にできることならするよ?」
「私ね、もうすぐ裳着なんだって」
「そうか。もしかして、もう来れない?」
少し考えればわかる。女性は几帳の中から出ない世界だ。
「秋には裳着だから。準備があるから手習いは今月までって」
少し涙ぐんでいる。
「じゃ、次は俺が会いに行かないとね」
「え?」
「馬、外に出せるように頼んで見る。時間がかかってもちゃんと行くから」
笑ってくれる。この子はホントにきれいに笑うなぁ。
四月二十七日 新帝正式に御即位。改元の勅。久寿が終わり、保元が始まる。




