宗盛記0015 久寿三年一月
大晦日は二十九日だったのがちょっと驚き。今月は小の月だった。
あとうちの隣が六波羅蜜寺だった。毎朝毎夕一日七回鐘の音がするから、近くに寺があるなとな思っていたんだが、隣接してるとは。隣と言ってもそれぞれ一町四方あるし、寺門が東向きだしわからなかったな。つまりウチのすぐ隣は墓である。
うつけの子なんで、外に出して貰えないのだ。まぁ、心配してくれているので我儘は言わない。例え頭の心配でも。
前に清水行った時は気が付かなかったが、そうすると六道珍皇寺もすぐか。子育飴はまだないだろうなぁ。建仁寺もまだかな。禅宗には期待してるんだ。主に文物の輸入に。
距離が近いので除夜の鐘が響く。わざわざ撞きに行く習慣はないらしい。寝ていた三の君が起きて泣き出す。この時代、防音とかもちゃちいしな〜。母上を休ませたいので俺の羽根布団で包んで抱っこして母屋を歩き回ってあやす。もともと眠かったのだろう。鐘が撞き止む迄に又寝てしまった。可愛いなぁ。
年が明けて、久寿三年正月睦月
丙子。たぶん1156年、いよいよである。
どうやら帝が亡くなっても年号は変わらず、ちゃんと即位式を終えたら変わるらしい。準備があるから半年くらいは久寿のままだとか。
俺は十歳になった。元旦に全員一斉に歳を取る。父上は三十九。母上は三十一。早朝若水を汲んで屠蘇を祝ったら、今日は父上兄上達は宮中行事に出ずっぱりになる。今年は喪中なんで元旦以降の行事は大幅にカットされるそうだが。
元旦初詣の風習はない。年賀状もお年玉もない。でもお節と雑煮は有る。雑煮に里芋の親株が丸々入っているのには驚いた。汁というより羹だけど。
背丈を測ってもらったら、四尺二寸(約126cm)あった。割と大きい方だとか。もっと豆と煮干し食わないと。
とりあえず出汁とった後の煮干しと胡麻と水飴と試作中の醤油で田作り(ごまめ)もどきを作る。唐辛子無いのが残念。替わりに山椒を少し効かす。
さらに黒豆も作る。当時の名前は烏豆。市で買える。重曹が無いのであんまり柔らかくはならない。
栗きんとん…無い…栗取っとけばよかったな。
正月に料理ってよくないんだっけと思って聞いてみるが、そんなこともないらしい。というかほとんど住込みの雑仕や下人達を休ませる習慣も無いみたい。いやぁ、みんな大変だなぁ。それに混じって何やってんだかと思うが、でもおせちにこれらがないと悲しい。好評だった。というか、甘い煮物など無いのだ。普通は調味用の酒に漬けて甘みを足す。そんなもんで旨くなるはずないだろう。
今年は先帝の服喪のため、父上達もまったりしている。
歳の最初の子の日は小松引き。根の付いた松の若樹を取ってくる行事がある。が、ここは六波羅。ちょっと前まで葬送地の鳥辺野だった。今でも南側の柵を越えた山の方は死体が転がっているらしい。大体東大路通(前世)を越えた辺り。いくら金と官位があっても、所詮成り上がりの平家は穢れ仕事向きなのだ。六条より上に家とか持てない。
ちなみに老舗の河内源氏の為義さんちは洛中の六条堀川南東。前世の醒ヶ井通の醒ヶ井は、元々佐女牛井と書いて名水で有名なこの屋敷の井戸のこと。
で、今回も下鴨神社に行く事になった。あの辺正月にピッタリの清浄区域だし、方角も良いらしい。伏見も良いが、鳥羽に近いんで偉い人エリアになっている。主に摂関家の縄張り。北東、岡崎吉田辺りもいけない。白河には皇家の屋敷がちらほら有る。皇族の縄張り。
貴族がそれぞれ贔屓の場所に散らばるので、道は賀茂祭よりはずっと空いていてさっさと着く。半刻ちょっと。サスペンションのない牛車はそれなりに揺れるんだが、のんびり進むんで慣れればそれほど辛くない。他の牛車を避けつつ進むこともないので、四郎も今回は大丈夫なようだ。
多分神社が用意してくれたような植えたばかりっぽい松の若樹を、母上と俺と四郎で引いて帰る。当然幣とか(謝礼とか)納めている。真ん中あたりを紙で巻いて、水引で縛って正門、裏門、中門に飾る。
そのうちこれが少しずつ巨大化して門松になるんだろう。数百年後は。
ちなみに根付きの松は前世でも京都では売ってました。
正月の挨拶に着飾った六の君が来る。母上と少し話してからこちらに。
「新年おめでとうございます」
挨拶はだいたい千年後と変わらないようだ。
「今日は一層綺麗だね。鶴と松の織で緑裾濃の汗袗がとっても似合ってるよ」
あ、聞き慣れてない景太と秀次が引いてる。姫のお付の女房、綾部は既に慣れていて、悟りめいたアルカイックスマイルを浮かべている。
「あ、貴方も今日は格好良いわよ」
逆襲がきた。褒められ慣れてないから照れる。少し沈黙。
「なんかいろいろ珍しい食べ物有るんだって?」
「あ~、そうかな。近頃献立はちょっと増えたみたい」
「貴方が、色々やってるって聞くけど」
「ちょっと炊き方替えてもらったりとか、そんなだよ?」
「ふーん」
ジト目。目つき悪くなるよ?
「ところで、寝るとき暖かくする道具が有るって聞いたけど?」
「ああ、湯たんぽっていうんだ」
「一つ分けて」
「うん、結構作ってたみたいだから多分まだあると思う。秀次、ちょっと聞いてきてくれるかな」
「かしこまりました」
秀次が離れる。何故か景太も着いて行く。
「いつもは手習いの時だから、あなたのお付と会うのって久しぶりね」
「綾部とはしょっちゅう合うけどね」
綾部が軽く頭を下げる。俺も目礼。お世話になっております。姫が。
笑ってる。
「あとなんか変わった夜着があるとか?」
「そっちは無理。作るのに時間かかるし」
まだ家族の分も揃ってない。
「えー」
「実物見て行く?何なら寝ていっても良いよ」
はたかれた。真っ赤になって帰っていった。湯たんぽは持っていったらしい。
こっちも可愛い。




