宗盛記0115 応保二年四月 八条第
兵の分配を訂正しました。
半分ずつの二直です。期間が短いからこんなで良いかな。
場合によってはもう少し訂正するかもしれません。
応保二年四月卯月
生垣の躑躅が咲き誇っている。
藤棚の藤もそろそろ咲きそうだ。
一日
今月も市を開く。参内とは違って触穢の規定も無いとか。まぁ俺も家人達も、人を斬った後で伊豆の国衙で働いている。
逆に触穢を気にすると遺体と同室することもできないので、死水は取れない。同じ家で死者が出ると穢になるので、貴族でも臨終間際は寺や家人の家に移されたりする。
昔、京都駅のすぐ東に清盛公終焉の地⋯だったかな?というのがあって、なんでこんなところでと思ったんだが、家人の家に移されていたんだろう。太政大臣になるだろう父上ですらそうなのである。
基盛兄上は、同居人に出仕する者がいないので、屋敷で弔いが出せた。
知識として、弘仁式(平安時代初期に出された大宝律令以後の追加法令)以前は無かった考えだと知っているし、調べればすぐに分かることなので故事に詳しい人も知っている。だから白河法皇なんかはガン無視したりする。
にも関わらずそういうことを言い出して広めたクソ共を割と本気で掃討したい。穢が移るってなんやねん。感染症なんか?エンガチョか?
もちろん我が国限定の迷信からくる決まりである。
伊豆から豆八がやってきた。それに合わせて、大庭景親と土肥実平が相模の兵五十を送ってくれた。率いて来たのは俣野景久。景親の弟である。副将は土屋宗遠、土肥実平の弟だ。ありがたい。悔みを受けて俺の指揮下に入る。俺の手勢は伊豆、相模の兵を併せて八十を超えた。
基盛兄上の家族は、基太郎はじめ重盛兄上が庇護することになった。同母弟の基盛兄上を失った悲しみは強く、重盛兄上はすっかり弱りきった様子だ。基盛兄上の家人や雑仕も重盛兄上の所属になったが、一部どうしても仇討に加わりたいと言うものが五名ほど、俺の家人に移った。身なりを変えさせて、割と親しくしている下鴨神社の社家の伝手から大和の御歳神社(中鴨社)に滞在させる。金を渡して気取られないように噂を集めさせるためだ。特に当日、三月五日前後の源親治の一家の動きを調べさせる。ただし宇野や五條近くには行かせず、通行人の噂を集める程度にしておく。警戒させたくないからだ。
もちろん下準備も進める。
実際、親治が犯人と確定できない場合でも、親治の平家に対する敵対姿勢が強そうならこの機会に滅ぼしてもいいとまで俺は考えている。この辺がとりあえず基盛兄上の仇を討とうとしている父上との違いである。源氏の蜂起までに畿内の反平家はできるだけ潰しておきたい。そうして今回ははっきりした見せしめが必要なのだ。
「基盛義兄上のこと以来、お顔が厳しくなったわよ」
清子に言われて済まなく思う。
「新婚なのにごめんね。もっと一緒にのんびりしたいんだけどなぁ」
と言ったら抱きしめてくれた。俺が人らしく居られるのは清子の助けが大きいなぁ。
父上の方では、現場の宇治の調査が進んでいる。先月の四日の夜に、宇治の宿に泊まった武士の集団のうち、黒の鎧直垂を着た一団が居たらしい。五日の早朝に宿を立ったとか。雑仕も含めて総勢八名。全て徒歩で馬はなし。紀伊から来て都に向かうと言っていたそうだ。宿帳なんかの習慣はまだない。紙も貴重だし、そもそも朝廷にそんな管理能力がない。だから泊まり客の特定には到らない。普通によくある客である。向こうも身元などわからないようにそれなりに気を使っていたようだ。五日のその後の動きは不明。そのままどちらに向かったかもわからない。
宇治は旅客の拠点だ。西からも東からも南からも人が行き来する。だだしその格好で舟に乗った一団は居ないと言う。逢坂の関にもそういう一団を見たということはなかったそうだ。
基盛兄上の屋敷で身元の怪しいものは居なかった。ただし、雑仕の一人が数日前に兄上に従って宇治に行くと酒場で知り合った男に話してしまったことがわかった。相手の男は見つからない。捜索中。
兄上の祈祷を行った宗範と言う阿闍梨は、別当として勤めていた山科の法琳寺を出て逃げるように西国に移ったらしい。随分怯えていたとのこと。あの辺夜は暗いからなぁ。
反省はしていない。ただし法琳寺の本寺の曼茶羅寺とウチとの関係がギクシャクしている。ほとぼりが冷めたらフォローしないと。又梅見に行きたいし。
物忌もひと月になるから来いと呼ばれたので上西門院に出仕。死穢はひと月なんだが、なぜか起算が五日になっている。ただし剣呑さが顔に出ちゃってるようで、女院庁の皆も女房達も遠巻きにしている。すいません、この件が決着するまで許して下さい、決着したら…その時は俺が許してもらえないかもしれない。
統子様に欠勤のお詫びを伝えたら、かえって労って頂いた。経盛叔父上はちょっと腫物を扱うように俺をあしらっていたが、帰る頃には普通になった。キレる十代とか思われたかしらん。
五條にやっていた中の一人が報告に帰ってきた。兄上が死んだ翌々日は親治家では宴会だったらしい。もちろん無関係かもしれないが殺意が湧く。
五日の前後にも何人かが出掛けたという。やはり黒に近い灰色だ。でもあと少しが欲しい。父上と相談して対象を親治に絞る事にする。
考えてみたら、俺は前世では基盛兄上の事を知らなかった。どこかで読んでいたかもしれないが、覚えていなかった。俺の知っていることは、教科書レベルか、平家物語等に書いてあることだ。もう随分前のことなので自信を持って言えないが、多分基盛兄上は出てこなかった。
だからか、何も対処できなかった。
それとも俺がやってきた何かのせいで基盛兄上は死んだのか。
自分の無力さが恨めしい。
兵達は日中基本稽古なんかで六波羅に居るが、市に投入する人数もかなり増やしている。市が昼過ぎなこともあって、相模の兵のうち四十人近くが市か市の周辺に居る。伊豆と一部の相模の残り四十人余りは六波羅で待機、休憩。逆に市の開いている時間に門に立つ者は減らした。それを除いて、格好は揃っていないし、三々五々移動している。待機の者も時間に余裕があればできるだけ人の多いところで噂なんかを集めさせている。
その者達が八日過ぎた頃から、時々交換所を探るように見ている者が居ると言ってきた。できるだけ警戒を見せないように通達する。罠師の気分である。
「父上。八条の別邸を使わせて下さい」
父上の顔が引きつる。明らかに嫌そうだ。
「何故だ」
「市に近いので、兵を伏せたいのです」
ますます嫌そう。
「十五日まででいいですよ(今月は)」
「何人だ?」
「四十人余り。俺も泊ります」
父上が酢を飲んだような顔になった。
「必要なのか?」
「もちろんです」
「家の者を怖がらせるなよ?」
「もちろんです」
「時子には余計なことは言うなよ?」
「もちろんです」
父上は実は京内にも屋敷を持っている。それも広さ八町もある大邸宅を。八町の邸宅というのは、おそらく貴族でも最大ではなかろうか。都の一番南で、すごく町外れだが。
八条大路の北、大宮通の西。前世なら梅小路の鉄道博物館辺り。八条第である。そう、東市のすぐ近くなのだ。東市の拡張された西の二町の南側、そこから一町挟んだ南が八条別邸だ。父上はお祖父様からこの屋敷を継いだが、余りそちらには帰らない。ヨモギが一面に生えており、父上はヨモギが好きと言うことになっている。ヨモギ好きってなんやねん。餅か?餅なのか?
もちろん手入れをしていないだけである。池は小さいのしかない。南の果ての八条は、そうでなくても右京が浸ると水が来やすい。築地塀で囲んだ上、土盛してしのいでいる。
厠も無くて六波羅のウチのほうがはるかに快適らしい。何度か改装を頼まれたが作ってはいない。
なぜならこの家には別に「何人か」妻を置いていて、一昨年に妹、去年弟が産まれていると聞いている。母上の愚痴で。これで別邸を快適にしたりしたら、母上の愚痴を聞き続けることになる。
怖がらせるな云々はそういうことだ。こないだの坊主の件で一層警戒されているのかな?
俺の家人達を、約二十人ずつの四部隊に編成する。三部隊は伊東祐泰と俣野景久と土屋宗遠の指揮下に置いて、景経が一部隊。是行は全体の副指揮官である。俺が指揮不能になったら指揮を引き継ぐ。秀次は俺の護衛兼副官兼伝令。
皆を集めて今回の目標を話す。
「今回は特に相手は倒さんでいい。それよりもできるだけ被害を抑えてくれ」
しばらくざわついた後、俣野景久が代表して声を上げる。
「守れば良いということですか?」
「そうだ。今回は都で平家を襲っても無駄だと広く思わせればいい。。逃がしても構わんし、必要ならこちらも逃げても良い」
さらにざわめき。
「手柄はどうなります?」
「部隊の長はそれぞれ五人ずつの四つの班を作って班長を選ぶ。それぞれの班長は班の兵の働きを報告しろ また各人には班長の働きを部隊の長に報告することを許す。部隊の長はどの班がよく働いたかを俺に報告してくれればいい どの部隊がよく働いたかは俺と是行が評価する。」
「しかしそれでは人数によっては初対面の者と組むことも」
「そのあたりの調整は許す。矢が得意な者はできれば敵の足を狙え。一人二人逃がしてくれても良い」
ちょっと笑ってみせると皆静まりかえった。不思議…。
「俺が三郎様の元を離れるなんて…」
景経がぼやいている。
「そのうちどうせお前が副官になる。それまで部隊指揮も経験しとけ」
「あぁ、そういうことでしたら」
ちょっと嬉しそう。
「あと伊豆で一人でモテやがって。しばらくはそのことも忘れん」
「…え?…え?」
二部隊の兵四十人と八条別邸に。昼は残りの兵と交替する。
一応兵は三々五々やってくるように命じた。俺も一度六波羅に帰って風呂入ってきた。鎧兜も別なものに変えた。表立った護衛は十人に絞っている。この屋敷に対する監視も今の所見つかっていない。
八条別邸に常駐する兵は三十人程。屋敷の広さのわりに少ないが、父上が連れ歩く護衛が五十人以上はいるので、父上が居るときには十分な警備ができるのだろう。
襲撃側からすると、平家に対する攻撃が目的としても、六波羅には手を出せない。兵力も百や二百でなんとかなるものではない。だから平家の施設として最近噂にのぼる市の銭交換所を狙う可能性がある。しかし市を狙わずに、俺やこの屋敷が襲われる確率も低いながらにあるのだ。まぁ、今来たらこちらの兵力に驚くことになるだろうが。
八条第。もちろん来るのは初めてである。
「宗盛と申します。宜しくお願い致します」
「桜子です。宜しくお願い致します」
初めての対面である。御簾越しだけど。
もしかしてお義母様?になるのか?糸子に聞いてくればよかったなと思いつつ、父の妻壱?と妹に挨拶する。明らかに警戒感を感じるが、まぁ四十人も武者を引き連れてやって来れば警戒もするだろう。手土産の莓襲も多めに持ってきたんだが…。
「にーしゃま?」
御簾の中からトテトテと女の子が寄ってくる。
「おぉ、六の君だね。はじめまして。兄の三郎です。もう歩けるんだなぁ」
六の君というだけで可愛い。抱っこして持ち上げてやると喜んでいる。人懐っこいなぁ。
「たしか三つになったんだよね」
「うん」
「よろしくね」
「うんっ」
挨拶が終わったので御簾の中にトテトテ帰っていきました。歳はちゃんと調べてきたんだが、おかげで御簾の中もちょっとホッとした空気になっている。
「東の市が終わるまで、お騒がせいたします」
とりあえず今月は…なんだけどね。
次は西の対である。
「三男の平宗盛と申します」
こちらも初めての対面である。御簾越しに父の妻弐?と弟に挨拶する。
こっちの子は六郎…になるのか。元服したら末盛とか名乗るんだろうか。まだ二つ、満年齢なら一歳位なので当然反応はない。平家物語に出てきた気もするが確信もない。ごめん。
「…宗盛殿、御用が済みましたら早めにお帰り下さいね」
声が硬い。ああ、こっちはお付き合いができないタイプか。まぁ、嫡男でもない上に評判の悪い俺と縁を結ぶ必要も無いと思っているのか。妻二人で色々あるのかもしれないし。
一礼して西の対から退去する。
借りた東の対に移る。ついでに屋敷を一通り探検する。蓬、少し刈り取って止血用に置いとこうか。土地はたっぷりあるんだけどなぁ。鶏とか飼いたいなぁ…。
交換所を探っていそうな男はいなかったそうだが、七条坊門で黒い直垂を着た男を見かけたという話があった。一人だったらしい。今月来るか?来月か?諦めるか?
来るとすればかなり舐められているな。




