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宗盛記  作者: 常磐林蔵
第3章 伊豆守、受領

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宗盛記0104 応保元年十一月 雷(いかづち)

応保元年十一月霜月。

いよいよ残りひと月ちょっとだ。是行達と相談して、年内に帰るために十二月の十日頃にはこちらを発つことにする。警護は祐親の兵を出して貰うかな。

職人たちにも都に帰る用意をしてもらう。


漆の種が集まった。昨年よりも随分多い。実を締めて蝋を採って精製する。


豌豆瘡の患者の数は九月末がピークで、先月は慚減ぜんげんした。東からの流入が少ないので、多少は手紙の効果もあったのだろう。

少し早いが、国衙の役人に命じて今年度の書類のまとめ。次に来るのはほぼ教盛叔父上だ。業務がすぐにわかるように、叔父上と部門別に手紙など残しておく。


上手に切り抜けた秀次と違って、景経は見事に紐が付いた。なんと二人。最近元気がなかったのはそのせいか。

一人は五月頃、もう一人は八月頃の子だという。もちろんまだ産まれていない。どっちも在庁官人の娘らしい。都に連れて行くのかと聞いたら、顔を青くして父(景家)に相談すると言っている。だせー。

まぁ、乳兄弟でも流石にそっちまで面倒見れん。


醤油、味噌、水飴、梅酒、蝋燭等の生産は宇佐美に集約する。俺の唯一の直轄領だし。ちょっとずつ製法が漏れるのは仕方ないだろう。讃岐の和三盆とか十年以内に山一つ越えて阿波に伝わってたしな。

今後の産品の都への輸送は豆八に頼むことにした。もちろん護衛は付けるが。


豌豆瘡はボツボツ出ているが、伊豆国内ではかなり抑えられている。隔離されても金もかからないし衣食住の心配もない。世話もしてくれるというので、隠れて病を治そうと言うものがいないのだ。発熱してすぐ家族が連れて来るようになった。流入に関しても漸減。助かるのは、治ったものがそのまま看護に回れるので、人手に余裕が出てきたこと。なんかの要因で激増しない限り、管理できそうだ。このまま行けば、伊豆の罹患者は数パーセント位で済むかもしれない。


十二日

最後の人痘は悩んだがやった。九割が酢、一割水の液体に漬けた痂皮。

左の二の腕の親指側に、五回分の針跡が残ることになる。

流石に二十八日にはできないだろうから、これが最後だ。

案の定熱は出たが、半日で引いた。

二日待機して、伊豆での人痘は終わりだ。


二十日

最後の領地巡検に向かう。

まずは狩野茂光の牧之郷。三嶋から四里半。何故か北条時政と天野遠景も揃っている。豌豆瘡の件をねぎらっていると、三人から俺の家人にしてくれと言われた。ようやくか。承諾する。

帰京の警護に付きたいと。うんうん、官位も欲しいよな…。

ワタの栽培で、種を分けてやることにする。当分は俺が買い取るが、紡いで織物にすれば大きな産業になるというと飛びついてきた。


「これで政子姫に蹴られないで済むかな」

と言ったら、時政が青くなっている。

「伊東ばっかり贔屓する、と政子姫に言ってただろう」

「そ、そんなことは決して…」

視線そらすなよ(笑)。

「贔屓してたからな。早めに言ってくれればお前たちも今頃官位持ちだったのに」

というと呆然としている。おっと、茂光は既に官位持ちか。それでも家臣になりたいと言うのは、伊東との差が急速に縮まって来たからかな。

「伊豆はできれば俺の知行国にしてもらうし、これからも年一度位は俺は伊豆に来るつもりだ。その時はこき使うからな」

と言って笑った。


二十一日

翌日、冷川峠に向かう。

まだまだ整備しないといけないが、馬なら問題なく通れる程度にはなった。

この峠の開発には大きく二つの意味がある。一つは産業用だ。伊豆の中心地域である狩野川流域を伊豆の東海岸、坂東と繋ぐ。

もう一つは軍事用だ。家人としての伊東祐親の兵力、それに坂東の兵力を迅速に東海道に引き出す。そのためには、車を通せる様に整備が要る。あとは教盛叔父上に頼むしかないか。

人夫たちに工事の話を聞きながら峠に至る。

結局、車を通すために最後まで残った一番大きな障害が、一つの岩だった。岩盤の末端になっていて、高さは俺の目の高さくらい。五尺余りはある。道の予定コースを迫り出すように塞いでいる。現在の道はここを大回りして、しかも崖際のアールの強い細道混じりなので、馬はともかく車が通せない。ここが通れるようになれば、伊東から狩野まで荷車が使えるようになる所まできているのだ。

岩には鶴嘴つるはし大金槌ハンマーの跡が無数にあるが、このまま削っていっても五年はかかるだろう。

最後の仕事をしていくか。

工事用の仮道として、この岩を迂回するように、かろうじて馬を引いて通れる道が用意してある。この道の周りは工事のためとして通行を封鎖する。

岩の種類は安山岩だ。濃い灰色の硬い岩である。火山岩なんで、地表近くで急速に冷えた石で斑晶が見えない。

そのため一様に見えるが、冷え固まった時の地表の方向によって、層をなしている。今まで削った彫り跡を見れば、剥がれるように削れている方向から、大体の岩の目は推測できる。山側からかなり急角度に谷側に傾く方向。おそらく周りの岩盤もこの方向に傾いていて、それで急な谷ができたんだろう。その傾きに沿って一直線状に、用意してきた二尺余りの竹を漆喰モルタルで岩に貼り付けるように命じた。

その数、十箇所。最後に俺が竹が同じ傾きになるように整えていく。

三日後の二十四日の午後に、峠の道を半日封鎖する事を告知するように手配した。


北側の頂に登って、俺の国伊豆を見渡す。坂東で何か起こったら、俺はまずここに来るだろう。


牧之郷から伊東まで六里。峠越えも入れても半日程度だ。日のあるうちに伊東について、三日後の半日封鎖の告知を頼む。

温泉に浸かる。こんな暮らしも都に帰ったらできない。有馬辺りに領地欲しいなぁ。


二十二日

伊東から宇佐美までは一里半ほど。これくらいなら馬の速歩はやあしで四半刻位。ここは俺の領地なので、作り方の拡がりを抑制したい醸造なんかの基地にする。あと塩生産があれば豊かな地になるだろう。実は小さいながらも温泉もある。そのうち別荘を建てて俺専用の湯を開く。任期内に間に合わなかったな。港も少しは整備したかった。住人も知った顔が多い。どうしても困ったことがあったら都に知らせろと言っておく。後の大まかな指示を出して夕方に伊東に戻る。


二十三日

伊東の製塩所と製鉄所、港を回る。どれも順調に育っている。製鉄は混ぜる石灰の量がわかってきて、収量がまた増えたらしい。塩は主要産業になっている。港も防波堤が順調に伸びている。

伊東祐親の屋敷で八重姫にプレゼント。

「樹?」

「贈り物が鉢植えなんて変だけど、三嶋で見つけた桜なんだ。この木は八重桜。八重姫の桜だよ」

八重姫にしがみつかれた。

「宗盛様大好き」

十年後聞きたいです。


二十四日

翌朝、伊東を発つ。

祐泰は三嶋まで護衛を続けてくれるという。祐親夫妻と、次男の祐清と八重姫が見送ってくれる。

「阿波命神社や物忌奈命神社、伊古奈比咩命神社にももう一度回りたかったけど、豌豆瘡で予定が変わったな。俺の代わりに幣を納めといてくれ」と頼む。南伊豆の開発には、手を付けられなかった。西伊豆には行くこともできなかった。心残りだが仕方ない。

感染防御からすると、本当はこっちに来るのも良くないんだろうが、当分来れないとなると見ておきたかったんだ。

「八重、伊豆守様にお別れを言いなさい」

「え、宗盛様どっか行っちゃうの?」

「都にお帰りになるのだ」

パッチリした目にみるみる涙が溜まっていく。すごく泣かれた。懐かれたなぁ。

「少し遠くなるけど、またきっとくるからね」

抱き上げてあやす。

まぁ、何年かしたら忘れられてるだろうけど。


昼過ぎに冷川峠の例の岩の所に着いた。封鎖は伝わっているようで俺の護衛達以外は人影はない。

持ってきた鎧を着る。

普段から直垂なんで、上から腹巻を巻いて、大盾、兜、籠手とつけていく。今日は喉輪、佩楯、臑当は無しだ。それを見て景経が尋ねてきた。

「いきなりどうしたんです?襲われる予定とか?」

「あるか、そんなもん」

「じゃ、襲うとか?」

「誰をだよ」

「なら鎧要ります?」

「神に祈るからな。正装しないと」

「正装って束帯じゃないんですか?」

「あれは仕事着だ」


身支度ができたのでその護衛や人夫達も十町(約1.1km)程は離れさせる。危ないからだ。今から祈るから俺が呼びに行くか、なにか変化があったら見に来てくれと言っておく。そういう俺は、鎧で身を固めた合戦仕様。


岩に取り付けた竹は固定されているようだ。漆喰の乾燥には七日は欲しい所だが、今回は貼り付いていればいいので三日にした。多少柔らかい方がいいかもしれないし、予定もたてこんでるし。

雨が入らないように口を塞いでいた油紙を外す。口周りに固定用の粘土を塗って、用意した鉄管を差し込む。鉄管の中には、ちょうど入る程度の内径の先が一直線のたがねと固定の粘土、硝酸カリウムに黒炭と硫黄を混ぜた火薬を詰めて、一端を漆喰で固めてある。もちろん導火線を通してある。

硝酸カリウムは高性能な肥料だが、強い助燃性を持つ。内在する酸素を他の物質に与え、急速に燃焼させるのだ。その際急速に、というか爆発的に酸化、燃焼するのが硫黄と黒炭。

これを決まった比率で混ぜると、黒色火薬になる。その比率はネットの論文で見たことがあった。

鉄管を岩に貼り付けた竹の中に差し込んだら、その口を導火線だけ通して粘土で塞ぐ。十本全て設置するのに恐る恐るで四半刻はかかった。なんせ小さな火花でも散らしたら死ねる。

導火線を繋ぐ。一本の導火線から枝分かれして十本。長さは同じにしてある。何度か試験した結果から、燃える速さは約二分(前世の六分)に調整してある。

綿で耳栓をした。さらに兜を被る。

火種は灰を入れた壺の中に収めた炭。祭壇に香を焚くと言って持ってきた。火箸で一つ取り出して、導火線の上に置く。火が着いて導火線が燃え始めた。


全力で逃げる。火薬には今年採れた硝酸カリウムをかなりの量使った。逃げ遅れたらどうなるかわからない。平地なら二分あれば四半里位は逃げられると思っていたが、山道と鎧兜の重さで思った様に進めない。おそらく五、六町程走ったところで爆音。直線距離だと三町足らずか。

ズドォーーン!ガラガラガラ!

雷の音に近いな。咄嗟に口を開けて倒れて伏せる。

山の陰に入っていたので衝撃波と爆風の直撃は免れたが、ゴルフボールサイズの石が稜線を越えて飛んでくるのには驚いた。鎧と兜が無ければ当たりどころによれば大怪我する所だ。

立ち上がってすぐに駆け戻る。さすがにしんどい。

が、鉄管と鏨の痕跡は始末しておきたい。


ひびぐらいはいけるかと思っていたが、期待以上の成果で張り出した岩は割れていた。音速に迫るであろう速さでほぼ同時に打ち出された十個のたがねは、見事に岩を割り取ってくれた。落下した岩塊がそのまま崖の下まで転がり落ちている。近くに破裂した鉄管と砕けてささら状になった竹と先が潰れて丸くなった鏨が散乱しているのをできるだけ回収する。布で巻いて拾わないと火傷する位まだ熱い。

とりあえず後始末が終わって少しすると、皆が走ってきた。

「殿!一体何が?」

祐泰が焦って聞いてくる。

「いや、道が早く通せますようにと祈っていたら、雷が落ちた様な音がしてさ。もう少し近くにいたら危なかったよ」 

嘘は言ってない。

「い、岩が!」「割れてる!?」

遅れてやってきた人夫達が驚いている。

「なんか変な臭いしませんか?」

こういう時だけ聡い景経。

「さぁ⋯雷の臭いなんて嗅いだこと無かったからな」

重ねていうが嘘は一切言ってない。

とりあえず、工事は相当早く進みそうだと皆大喜びしている。

めでたしめでたし。


峠を越えて、今日は北条の屋敷に泊まる。

最後の長岡温泉である。伊豆守としての最後の温泉だろうな。

もっと続けたかった。特に温泉。


二十五日

北条の屋敷を発つ。今回は時政の家族も勢ぞろいである。奥さんは伊東祐親の長女。二十五歳くらいかな?地味目だが綺麗な人である。長男の太郎君と長女の政子姫。義時(予定)はまだ生まれてないみたいだ。伊豆守様にお別れを告げなさいと言われて、一瞬きょとんとした政子姫が駆け寄ってきて、また蹴られた。みんなあっけにとられていると、

「うわーん」

と泣きながら走って行った。

これまでは悪い奴だと言われていた俺に、いきなり父親が仕えると言い始めたのだ。そりゃぁ混乱するだろう。

その表現がちょっと変わってはいるが。この娘も可愛いなぁ。


帰りに沼津に寄る。楊原神社に幣を納めて、いさなと今後のことを相談する。こいつは今まで真面目に仕事をしてくれたので俺の評価はとても高い。宇佐美に帰るなら今までの礼に住む土地と屋敷を用意すると言ったが、沼津に留まって俺が伊豆に帰ったら魚を届けるという。なら国衙への魚の納入の担当とする。さらに専任で鰹節の開発を続けてもらう事になった。経費は国衙経由で大半は俺が持つことにする。来月の出発まで、毎日魚を届けると言ってくれる。更に正式に俺の用人になるかと聞くと、是非にというので取り立てる。用人が一人増えた。


三嶋に帰って、新任の教盛叔父上から解由げゆ状(退任と業務引き継ぎの証明書)を貰うための引き継ぎ報告を書く。




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― 新着の感想 ―
清盛の日招き伝説(音戸の瀬戸開削)は海底調査では伝承っぽいようですが、宗盛の招雷伝説は証拠の岩塊が残りそうなので伝説?に派手に尾ひれが発生しそうです。 風化してないなら硬いモノで一気に割った痕跡なので…
八重姫はかわいいですねえ。桜の鉢植えとか都の伊達男はさすがだ、と伊東郷では評判に。
清子「(寒気)東国から……源氏物語の波動を感じるわ」 とネタ話はさておき都に戻った宗盛のお話を楽しみにしております。
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