宗盛記0011 久寿二年九月
九月長月
日も短くなって、そこそこ寒い。蚊帳を仕舞う。
重陽の節句に合わせて軒の薬玉が茱萸袋に取り替えられ、設いも冬のものに変わる。
台風が遠くを通ったのか、東山から吹き下ろす風が吹いた朝に、
「ふくからに あきのくさきも しおるれば むべやまかぜを あらしというらん」
とふと思い出して呟くと、母上が驚いている。え、そんなに変かな。
…あ、そうか、もっとアホな子だと思われてたのかも。凹む。
以前から試作を重ねていた味噌が、割と形になってきた。硬そうな木の鉢に溝を彫って、摺り鉢っぽいものも作った。これで効率よく摺り味噌を作れる。
材料の大豆、麹、塩の量を少しずつ変えながら何通りも試して、日持ちも考えて割と辛めの味噌になった。一番暑い頃は仕込みできなかったので、次に熟成したものができるまで間が空いてしまうが。
まぁ、豆醤があったので麹がそのまま使えて、少しの改良ですんだ。
基本の米麹と煮て潰した大豆で作った米味噌。水を足しながら三刻程煮た豆を最初は臼と杵で潰した。今は自作摺鉢。
味噌は夏涼しく、冬暖かくが基本。暑い頃は麦茶の傍の暗所に置いておけば良い。半年経ってないので、熟成がまだまだ足りないがなんとか使える。旨味はまだ少ないが豆醤に比べれば旨い。
半月毎に少しずつ使って、残りは又十分加熱した落とし蓋を使って表面を殺菌し、錘を置いて寝かしておく。毎日育つのを楽しみにしている。
もちろん次の仕込みもしてある。味噌汁が少し進化した。麦麹の麦味噌、豆だけの豆味噌、生姜と刻み瓜を混ぜた金山寺にも挑戦中。
それに対して醤油は苦戦。少量だが何度も麹と大豆を駄目にした。麹が死んでしまうか変なカビが生えるかを繰り返す。麹は貴重品だ。好きに使える建物がないとやはり無理があるか。今のところ、味噌の溜まりを布で絞って醤油かわりにしている。豆醤の溶き汁より美味いとこれも評判がいい。
この辺りで、四郎にばれた。
三の君に母上を取られた四郎は、かまってくれる俺の後を追いかけるようになり、手習いの後、密かに昼飯を食う主従を発見する。
仕方ないので、付き人になった四郎の乳母子の平(伊賀)家太も取り込む。昼飯は五人で食うようになった。食材融通してもらってる都合、あんまり増えると困るんだが。
前にも言ったが、稀にだけど夕食に鳥が出ることがある。ウチは家人がガチの武士なので、狩りのお裾分けがあるのだ。塩漬けや干物でない鳥は当然厨で捌いてる訳だが、その時に出る綿羽を集めてもらえないか厨の者と交渉する。普通の羽は安物の矢羽になるが、羽根の根本の綿羽は単なる産廃。
取引材料は自作の摺り味噌。干しガツオといりこ出汁で味噌汁の作り方も教える。これは皆に好評だった。父上から厨の者も大いに褒められたらしい。日本人の遺伝子に刻まれる味だからな。そろそろ夕食にも出してほしいという欲求も満たせた。具の例も伝える。
大根、茄子、豆腐、揚げ、わかめなどをリクエスト。ネギは必須。和食の基本はさしすせそ。味噌は最後に入れてひと煮立ちがお約束である。
後は味噌漬け、味噌焼きなども期待できるな。
水を入れて栓ができる道具がないか訪ねてみたら、瓶子というのが出てきた。ああ、鹿ヶ谷の…とちょっと思いにふける。
さらにかぼちゃを連想するのは、京都で住んだことがあるから。原産地新大陸なんでもう一生食べられないが。
京野菜、この時代にはまったく見かけない。九条ねぎすらない。
手に入れた瓶子を密栓できる栓を、桐の木を削って作る。なんで桐かというと手に入る木で一番柔らかいから。糸と針で簡易コンパスを作り、直径が少しずつ増えていく型紙を作って、それに合わせてすこしずつ削りを入れる。旋盤とは言わないまでも木轆轤欲しいな。
削った後は庭の石で軽く研いで、木賊で仕上げる。コルク栓まがいの栓ができたので、瓶子に湯気が出始めた程度の湯を入れる。蠟で栓の周りを塗ってから、キツめに栓をする。ボロ布で包んで、布袋にいれる。これを夜具に持ち込む。簡易湯たんぽである。
それというのも、母上の寝床を三の君に奪われた四郎が、自分の床で一人で寝るのが寂しくて、こちらの床に潜り込んでくるようになったからだ。まだ四歳の四郎は寝相が悪く、すぐに衾(上にかける夜着)を跳ね除けようとする。そうしておいて寒くなったら、俺の衾を奪いにかかるのだ。これはたまらん。風邪でもこの時代は命に関わる。ということでマイ湯たんぽの登場である。
が、これは瞬く間に家中に拡がった。なんせ父上母上がまず真似をした。栓は外注したらしい。兄上達も真似をした。女房や家人にまで拡がりつつあるらしい。四郎も暖かい自分の寝床から出てこなくなった。
ここで父上に、こんな形だったらもっと使いやすい、と申し出たのが採用になった。焼き物として作ってもらえる。もう誰が見ても湯たんぽである。更には上のお方に献上されるようになったらしい。
湯たんぽぬくぬく。




