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宗盛記  作者: 常磐林蔵
第3章 伊豆守、受領

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宗盛記0099 永暦二年七月 凶報

永暦二年七月文月


十日

雑袍宣旨の御礼ということで、花瓶と香合を献上する。まぁ、どなたかに下げ渡しだろうが、広告にはなる。

子飼いの職人のプロモーションは当然俺の仕事だ。評判を上げるのは優先事項。


帰りがけに上西門院に寄って、統子様に昨日のご報告。大層喜んで頂いて、女院殿上を許された。でも今までも入り浸ってたので実質的な変化はない。というか許されてなかったのか俺。

「ごめんなさいね。手続きできてなかったみたいなの」

いやまぁ、ユルユルである。統子様、おっとりしてるしなぁ。門で止められたこととかないし。

ここにしっかり者の滋子様が居ないと寂しい。

小弁⋯もとい近江の局。

献上した花瓶にササユリが活けてあった。和む。


帰って鍛錬。こっちでしかおおっぴらにできない落馬訓練をしていると、実平達三人が呆然とこちらを見ている。

「やぁ、見てたのか。ちょっと気恥ずかしいな」

「そ、それはいったい何を?」

と重能。

「とっさのときに馬から落ちねば身を守れん時もある、かもしれないだろう?」

「あの話、本当だったのですか…」

と資隆。

「あの話?」

「実は義平様には波多野からの小者が付いておりまして、坂東に落ち延びてご最期の様子を伝えたのです。それが広まっておりまして」

と実平。

「ああ、それで落馬したと知ってるのか。え?みんな?広まってる?うわぁ、恥ずかしいなぁ」

なんてこったい。

三人も曖昧に笑っている。こないだの矢斬りといい、恥ずかしい所を知られちゃってるなぁ。

照れるしかない。


++

重能は思う。

義平様の最後は、実は坂東武士には結構広まっている。宗盛様を襲って果たせず、切腹して果てられたこと、刑吏に渡さず、介錯は平家の御曹司が手ずから行ったことなど。

それもあって宗盛様の評判は、来たときから結構高かった。情けを知る。これは上に立つ者に皆が望むことだ。国司でそんなものはまずいないが。昨年の夏の宴も、春の騎射うまゆみも、噂の宗盛様を見に来た、という武士がそれなりに多かったのではないか。

ただ、義平様の矢を落馬して避け、さらに大袖で弾き飛ばしたという話は誰も信じていなかったのだ。そう見えた、というのが多くが納得した結論だ。驚いてちょうど落馬したのだろう、大袖に矢が当たってしまったのだろうと。

だが違う。落馬も矢避けも、日頃からこのような訓練をしているならできなくはないだろう。

武士にとって落馬は恥だ。馬から落ちるときは死を覚悟せよと教えられてきた。自分から訓練するなど聞いたこともないし、考えたこともなかった。

馬に踏まれれば死にかねないし、下手に骨など折れば武士として生きていけなくなることもあるのだ。

だがこの年若い国司は、平家の御曹司でありながら生きるために落馬の訓練をしているという。走る馬から藁袋に繰り返し飛び降りるその様は、それを見る我々が怖気おぞけを振るうようなものだった。

もしかすると俺達はとんでもないものを見ているのではないか。

++


十一日


時忠邸に通う。庭担当のが用意してくれた撫子が咲いていたから礼を言って持っていく。維子義姉上…糸子も戻ってるから三人分。ふふふん♪


「三人に戻った。すごく嬉しいよ」

「そういえば、私あなたの女房なんだから、御簾の中じゃなくていいのよね」

と糸子。

「ダメ」

「抜け駆け禁止」

「よく考えたら、伊豆に付いていくのもありかしら?」

「おおっ♪」

「ダメに決まってるでしょ」

「うんうん」

清子が警戒してる。なぜか季子姫も。

「でも清子も結婚したあと、受領したら付いてきてくれる?」

と聞いてみたら

「まぁ、そのときはしょうがないわね」

とのこと。

なんだかちょっと声が嬉しそう。

実際俺は受領できたらと思っている。出世的には確かに都の方が有利なんだろうが、兄上達と競争とかしたくないし、何より地方での人脈が欲しいのだ。この役はウチでは多分俺向きだ。そんな話をする。今後は糸子も居るので、できるだけ俺の考えを伝えることにした。まず、今地方というのがどれほど力を持っているかということ。伊豆で俺がやったこと、やろうとしていること。

そうして時忠殿のはかりごとのこと。

「時忠兄上ったら、隙あり過ぎ」

糸子が怒っている。

「滋子様の懐妊で、皇子みこの外叔父の目が見えてきたからね。気が逸るのもわかる」

「でもそんなの正当性がなさすぎる。でしょう?」

糸子。

「帝が若くてご健勝なのに、ありえないよね。むしろあんまり先走ると滋子様とお子の立場が危うくなると思う」

「そうなっちゃうのね」

と清子。

最悪、謀反と言われかねないのだ。奈良時代の末から平安時代の頭にかけて、風評だけで何人の皇子が消えたことが。それができる権力を持つのが帝なのだ。

「ただし、東宮不在が不自然なのは間違いないから、帝になかなか御子がお出来にならないようなら話は変わってくる。ここでは無理せず待ちが正解なのになぁ」

暗くなった話の流れを変えるように季子姫が言う。

「そういえば、信子姉様と滋子姉様が、なんで三郎殿来ないのかって愚痴ってたわよ」

「いけるわけないじゃないか」

「そうよねぇ。院殿上を許された訳でもないのに」

と糸子。

「大体、清盛の息子が院御所周りにチョロチョロしてたら、帝からも院からも要らない腹を探られる。院の方も歳の近い俺が近寄るのを嫌うかもね」

「じゃ、滋子姉様の所には行かないの?」

清子。

「行かない。今の状況と立場が変わるまで行けません」

「難しいのね、色々」

と季子姫。

「でも厠と風呂で凄く悩んでるわよ?」

と清子。

「そっちも無理。院御所に俺の職人入れるとか、修理職しゅりしきや、木工寮もくりょうに喧嘩売ってるようなもんだよ。後々職人たちがどんな目にあうか」

「もしかして、姉上達って結構大変なんじゃ…」

清子。

「どうしようもないことはどうしようもありません」

「そうよね⋯」

糸子が呟く。あ、しんみりさせたかな。

「あ、父上に許可もらったから、泉殿にもう一棟建てるから」

新築の話は大変好評でした。新婚だしね。

「もし時忠叔父上流されたらみんなウチに来たらいいからね」

ほら、みんなそこで嬉しそうにしないの。叔父上泣いちゃうよ。


夕方、そういえば統子様から上西門院殿上をお許しいただいたと報告すると、父上から曲がった蝙蝠ではたかれた。捨てないんですね、それ。

即日報告しなかったことが良くないらしい。でもあんまり状況変わんないんだよなぁ。

いや、むしろ頭を叩いてないと手が淋しいとか、ないよね?


十二日

明日から盆の準備だ。

梁夫を呼んで新棟の相談をする。主目的は防音防寒と防暑。後地震対策。

三嶋の国士舘と同じく、間仕切り、天井有りにして大分書院造に寄せようと思っている。書院造りの特徴は部屋割があって目的によって部屋を変えることだ。

後、断熱は徹底するつもり。設計図は順次送る事にする。

地震はウチが滅びる予定の年だったから、1185年か。後24年後だ。後24年しかないのか。多分だが⋯。

用意しておいて早すぎるってことはない。まずは基礎だ。時間を掛けて掘ってから粘土、土、砂を入れて築地塀の様に版築してもらおう。

土木で最初に習う初歩に、土の体積がある。

元の採掘時の土の体積を1とすると、運搬途中の土は1.2から1.3、ロードローラーで固めて整地した土は0.9だったと覚えている。

版築では土の体積が半分になるまで突き固めるから0.5、1.3から固めると考えても0.65というのは凄まじい数字なのだ。信長塀なんかが四百年残っているのは伊達ではない。

通常の地面を突き固めてもそこまではいかないだろうが、出来上がった一番上に煉瓦を積んで漆喰モルタルで固めればかなりの基礎が期待できると思う。煉瓦は圧縮応力は高いから。ベタ基礎になるかな。ウチは川沿いだから少し高めにしとくか。床は時代の慣例で対屋たいのやを寝殿より高くする訳にはいかないんだが、基礎は高くても簀子で隠れるから目立たないだろう。礎石の柱穴替わりに一段煉瓦を低くして、柱を立てた後に漆喰で固めるか。

寝殿造りはかなり床下が高いから、これを低くすることで建物の重心を下げることにもなる。床下浸水も防げる。

後は柱間にX字に筋交いを入れてトラス構造にして、これは塗り込めて太い縦横の柱だけ出して、一見大壁造り、実は真壁造りの併用にしとこう。壁もCLTの板壁を三層にして⋯。

柱はCLTでいくらでも太くできるし。どうせなら全部なんちゃって四方柾にしとくか。四隅の張り合わせ跡は少し溝を掘って黒漆を流しとけばアクセントに見えるだろう。住宅で主柱おもばしらが角柱なこと自体が珍しいんだが。


幹也にも新車の相談だな。こっちも気合が入ってる。

「気候のいい伊豆から呼び戻されるんだ。もう、なんの遠慮もせずに快適化してやる。来年が楽しみだな」


十三日

寝殿で迎え火の準備をしていたら、父上と兄上達が血相を変えて帰ってきた。後で叔父上達も来るという。

「何がありました?時忠叔父上の件ですか?」


「違う。太宰府で豌豆瘡わんずがさ(痘瘡、天然痘)が出た。かなり大きい流行りらしい」



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― 新着の感想 ―
>でも厠と風呂で凄く悩んでるわよ? 衛生と健康に悪影響が出て滋子と高倉天皇の寿命にも影響が出そうかな。ただ女院や皇后といかなくても家司等がつく身分になるまでは、宗盛も出入りは無理っぽい感じ。悩ましい。…
1月2日の予告からハラハラドキドキの四日間でした。 天然痘と予測してたのに書き込まないで下さった方々に感謝申し上げます。 盲点を突かれた驚きと喜び(あとちょっと口惜しさ)を味わえました。
この時代の流行り病は凶悪な存在ですから、確かに凶報
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