ポッキーゲームの話をしただけなのに――――。
聖女召喚だなんだと異世界で担ぎ上げられて何年か経った。やることといえば治癒魔法だけ。
いや別にそれ自体はいいんだけどさ。
近世ヨーロッパ的な世界で、毎日毎日そればっかりでちょっと飽きてきてんのよね。
なんか季節性のイベントとか楽しみたかったんだけど、思い立ったのはつい最近。
「やっぱり、ハロウィンは駄目だったわね」
「それはそうでしょう。異界の生き物や死霊の扮装など、騎士に斬り殺されますよ?」
「斬り殺そうとしたの、アルベルトでしょうが!」
「そうでしたっけ?」
私、いちおう聖女だから、専属の護衛騎士がつけられている。シーツを被ってお化けの振りをしてみていた私を斬り殺そうとした、青髪の騎士アルベルトなんだけどね。私の恋人らしい。
なぜらしいかというと、とくに何も恋人的なことをしていないから。
一年前にアルベルトに告白されて頷いただけ。彼氏いない歴二十五年で年齢も同じだったから、つい。
つまりはあれだ、見た目は良かったし話しやすい相手でもあったから、というなんとも言えない理由でお付き合いを了承してみた。
仲は悪くない。告白されてからは、さらに気軽に話せるようになってるから、いいことではある。
「そういえば今日って11月11日だっけ?」
「そうですよ」
この世界は、元の世界と全く同じ日付だから、とても楽ではある。ただ、季節性のイベントが本気で何もないだけ。
バレンタインはどうしようとか思ってたら、ないって言われたし、誕生日は孤児だから知らないと言われた。ゴールデンウイークもなければシルバーウィークもない。ハロウィンもなかったし、クリスマスもないんだろうなぁと思っていたけど…………今日って!
「ポッキーの日じゃん!」
「ぽっきー? あぁ、甘いグリッシーニみたいなやつでしたかね?」
「そうそう!」
「確か料理長にもっと細くしろとか言ってましたね」
グリッシーニというパンみたいなやつが、ものすごくプリッツだったのよね。で、細くしたらまんまプリッツになるんじゃない? 甘くしてチョコ掛けたら、ポッキーになるんじゃない? って思って王城の料理長に頼んだよのね。
「今日のおやつはそれにしますか?」
「うん! ポッキーのほうね!」
「はいはい、伝えて来ますから、治療室にいてくださいよ?」
「はーい!」
おやつの時間になって、ポッキー(仮)が届けられた。ポッキーよりちょっと太めのチョコ掛けグリッシーニ。味は最高だけど、ポッキーと断言は出来ないけど、いい。
「んーっ! 美味しい!」
「良かったですね」
アルベルトは甘いものがあんまり得意ではないらしく、それもあってバレンタインを諦めたんだっけなぁと思い出していて、余計なことまで思い出してしまった。
「ポッキーといえば、恋人同士の定番のゲームがあるのよね」
「へえ。どんなものですか?」
「えっとね、両端から食べていって、キスする、みたいな?」
「…………ふぅん」
急にアルベルトの目がドチャクソ据わったんだけど、なんで!?
「こう、ですか?」
ポリポリと食べていたポッキー(仮)の反対側にアルベルトがガブリと噛み付いてきた。そしてガリボリと勢いよく噛み砕き、唇が触れる寸前まで来たと思ったら、スッと離れられた。
「キス、されると思ったか?」
「っ――――!?」
いつもの丁寧な話し方じゃない。人前用の声の出し方でもない。低く掠れたような声。
「結婚するまで我慢しようと思っていたが、ここまで煽られると、悩ましいな」
「っ…………煽って……ない」
「過去の男としたキスの話をされて、俺が平気だとでも?」
「へぁっ? え…………あっ……」
アルベルトが妙に不機嫌だと思ったら、そういう理由!? もしかして、妬いてくれてるの? ってか、我慢してくれてたの? え、そんなに好かれてたの!?
そう考えると、顔がどんどんと熱くなってきた。
異世界に来て不安でいっぱいだった日々は、アルベルトが護衛騎士になってくれて、ものすごく安心して過ごせるようになっていた。
毎朝アルベルトが挨拶してくれる。それだけで今日も一日頑張ろうと思える。アルベルトが私用や会議で不在の時は別の騎士さんがくる。そうすると、ちょっとさみしい。
――――私、好きなんじゃん。
「……なんですか、その反応は」
「あっ、あの…………恋人とかいたことないから」
「は?」
アルベルトが首を傾げながら口に残っているのであろうポッキー(仮)をボリボリと噛んでいた。
「っ、キスも、したことないから」
言ってて恥ずかしくなってきた。
ボリボリボリボリ。お互いが無言でポッキー(仮)を咀嚼している。言葉の意味も咀嚼しながら。
「っ…………!」
「アルベルト!?」
アルベルトが床にしゃがみ込んで、両手で顔面をがっしりと押さえていた。意味が分からなくて焦っていると、アルベルトがものすごく大きなため息をついた。
「勢いで唇を奪わなくて良かった……」
「え?」
「ファーストキス、まだなんですよね?」
「う、うん」
改めて言われると恥ずかしい。
「ゲームでしようとしないでください」
「いや、別に、しようとしたわけでは……」
「男にこういうゲームがある、と伝えれば、してくれと同義です」
そんな馬鹿な。さすがにそれは都合よく捉えすぎじゃ……。
「それくらい、我慢してるんだと理解してください」
すくっと立ち上がったアルベルトに頬を包まれた。
徐々に近づいて来る端整な顔。アルベルトの瞳って、緑のようで青のようで、ちょっと不思議、なんて思っていたら、鼻にふにっと柔らかい感触。
「今度、デートしましょう」
「え……なんで?」
「恋人に、なんでと聞くんですか?」
「あ、えっと、どこに行くのかなって……」
アルベルトがニタリと笑って「郊外のデートスポットに。恋人たちが人目を気にせず仲睦まじくできる場所がありますので」と言い放った。
つまり? ということは――――? そういうことぉぉぉ!?
ポッキーゲームの話をしただけだったのに、なんでかファーストキスをする場所を決められ、ファーストキスの予約みたいなことになった。
ポッキーゲーム、恐ろしや。
―― おわり ――
読んでいただき、ありがとうございます!
20時くらいから大慌てで書いたんで、夜の投稿になっちゃった。
頑張ったな笛路、休みだったんだろ朝から書け笛路、そんな感じでブクマや評価など入れていただけると、小躍りします!