第六話 襲撃
曲がり角から現れたのは、ギラギラと輝く悪趣味な装飾品を身にまとった目つきの悪い三人の男たちだった。無駄に華美な装飾以外に彼らに共通するのは、手の甲に刻まれた刺青。それは帝国の傭兵として戦いの世界で生きるルーノにとっては馴染み深く、因縁のあるものだった。
「ひゅう!なかなか隙を見せねえ獲物が今日は珍しいなと思えば、もう一匹女を連れてるじゃねえか!ついてるぜ!」
三人の男は狭い道に横一列に並び、ルーノ達の退路を塞いだ。中央の男が下卑た笑いを浮かべながらゆっくりと近づいてくる。ルーノの背後で物陰に隠れその様子を見ていたサラは、男の表情に悪寒を覚えた。それはサラがこれまで触れたどんなものよりも強烈な、まるで実体を得た悪意そのもの。
「本当についてるのか、確かめてみる?」
しかしルーノは臆することなく強気な言葉を返し、同時に頭の中で情報を整理する。眼前の三人の男はそれぞれ腰に剣を下げている。戦闘は必至だろう。手の甲の刺青は帝国で有名な犯罪者集団、ギールの一味の構成員に見られるものだ。闇ギルドと密接な繋がりを持ち、幾度となく大きな事件を起こしてきた彼らはその残虐性で広く知られている。ルーノの頭の中で今回の事件と繋がるものがあった。
「ギャハハ!達者な口だな、おい。すぐズタズタにして喋れなくしてやるよ、クソ女」
例に漏れず残虐な言葉を吐く男。よほど気が短いのか、もう剣を構えている。それに従って後ろの二人も剣を抜いた。衝突はもう時間の問題だろう。一触即発の空気が狭い路地を支配した。
「声が大きい。サラ様は音に敏感なんだ。静かにして」
ルーノも腰の両側に下げた二振りの剣のうち、左側のあまり装飾の施されていない無骨な剣を抜き放つ。その剣の刀身は暗赤色に輝いていた。
「へえ、魔剣ね。だからテメェは強気なのか。宝の持ち腐れ、って言葉を冥土の土産に教えてやるよ!」
魔剣とは、古の時代に打たれたと言われている魔力を宿した剣。魔力の輝きが刀身に宿る、現代の技術では再現できない代物だ。その希少性はとても高く、もし市場に出回ることがあればその時は小さな国ひとつ買えるほどの値が付くだろう。その理由は単純で、ただただ武器としての性能が桁違いなのだ。
「そう。じゃあ私からは身の程知らずって言葉を贈るよ」
そんな魔剣を構えるルーノ。だが頭に血が上った男は、魔剣を持った人間を相手にすることの重大さにまで頭が回らない。殺意が冷静な思考力を奪っていた。
「……決めた。テメェは誰より残酷に殺してやる!」
「おい、待て。あの赤いフードに魔剣、もしか」
それまで黙って控えていた二人の男のうち、ルーノから向かって左に立っていたふくよかな男が何か言いかけたその時にはもう男は駆け出している。いや、厳密には駆け出す姿勢に入ろうとしていた。同時にルーノはダン!、と地面を強く踏み込み。
「し」
ほぼ同時にブン、と風切り音が響き。
「て」
駆け出そうとしていた男の動きが止まった。
「『剣姫』じゃ……な?」
ふくよかな男が真っ赤に染まった視界に捉えたのは、十歩ほど離れた場所で剣を振り切った姿勢のルーノと、目の前で不自然な体勢で静止した男だった。何が起きたのか、なぜ視界が真っ赤なのか、理解が追いつかず言葉を失った男にルーノは言い放った。
「次は君?」
ふくよかな男は何も言い返せない。一転沈黙が支配した路地に、ドチャグチャ、と湿ったものが二つ地面に落ちる音がした。
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同じ頃。
「以上のことから、今まさにルーノちゃんたちは襲われていると考えられる」
ヴィクターの嫌に冷静な声がトリオーテ辺境伯邸の庭園に響いた。そこにいるのはヴィクターとカムル、そしてどこからともなく現れた剣を持った人影が十ほど。
「冷静な分析、助かります。しかしオレたちも襲われている今言われてもな!」
カムルはたくさんの三角形が縦に連なった特徴的な刀身の剣を手に、突如現れた敵の一人と戦っていた。その手の甲には刺青。それはルーノたちを襲った男たちに刻まれていたそれと同じものだ。
「ふっ!」
ギィン、と。鋼と鋼のぶつかる音が鳴る。カムルが敵の上段切りを払い除けた音だ。バックステップで一度距離を取り、敵の剣の射程外へと出る。
「サラ様の身が心配です。ここで足止めされてる場合じゃない!」
言下にカムルは握った剣の柄にある小さな突起を親指で押し込む。すると剣はガチャ、と音を立て、刃が三十個ほどの小さな三角形に分離した。崩壊したわけではなく、その全てが細い金属の線で繋がれている。
「そうだろう、ヴィクター!」
声を上げ、カムルは鞭のような形状になった剣を振り抜く。刃を繋ぐ線はゴムのような性質を持つようで、振り抜いた勢いで刀身は何倍もの長さに伸びて通常の剣の射程外から敵へ襲いかかった。そいつは剣で弾いての防御を試みるが、その剣を支点にカムルの剣は直角に曲がり、勢いそのままに胴を薙いだ。崩れ落ちる敵の姿を確認したカムルは剣の柄の突起をもう一度押し込んだ。すると伸びた刀身は縮み始め、ガチャ、と音を立てて元の剣の形状に戻る。
「全く、キリがないな!何人いるんだ!」
「僕ももう十人くらいやったけど、まだまだ探知魔術に反応がある。二十人は下らないかな」
刀身に付着した血と脂を振り払い、カムルは苛立ちを顕にする。その声にヴィクターはいつもの調子で返した。振り返ってみればヴィクターの周囲にはいくつもの輝く文字列が浮かび、輝いては消えてを繰り返している。今まさにいくつもの魔術を行使しているのだと、魔術に疎いカムルでも理解できた。
「やってられないな、それは!」
ヴィクターとカムルはもう五分は戦闘を続けている。何人倒しても敵が次々と現れ、身動きが取れない。カムルはサラの元へ駆けつけたいのだが、今は応戦に精一杯だ。
「ああ、庭が血で汚れて……。こんなもの、サラ様に見せられない!後で掃除するオレの身にもなれ、クソ!」
どんどん口が悪くなっていくカムル。やはりこちらが素なのかと、ヴィクターは戦場にふさわしくないのんびりした思考を浮かべる。その間も彼の周りにほ色とりどりに輝く文字列が浮かんでは消え、その度に炎や水、風や土の球が生成され敵へ飛んでいく。敵の一人に命中した風の球は爆ぜ、刃となってその体を切り刻んだ。また一人敵の数が減り、同時に流れ出した血でカムルの悩みの種が増える。
「まあまあ。掃除、僕も手伝ってあげるよ。だからまずはこいつらを片付けよう。とっとと終わらせてルーノちゃんを助けに行くんだ。まあルーノちゃんなら大丈夫だろうけど!」
その時。ヴィクターの魔術により倒れ伏した襲撃者の背後からもう一人の人影が現れる。仲間を盾にして近づいていたのかとカムルの理解が及ぶより早く、その男はヴィクターを剣の間合いに捉えていた。まずいとカムルが動き出そうとした時にはもう間に合いそうになく、嫌な想像が頭をよぎった。
「ははっ!まずはテメェの心配をしたらどうだ、『透魔』ァ!」
ザン、と。何かが切断される音がして。
「あ、がぁ!」
悲鳴があとに続く。だがその悲鳴はヴィクターの発したものではなく、襲撃者の方のものだった。痛みに悶える男の両腕は肘から先が失われており、少し離れた場所に剣を握ったままの腕先が落ちている。何事かとカムルがヴィクターの方を見やると、無数の魔術式を従えた彼はぞっとするほど冷たい表情を浮かべていて、思わず背筋が冷えた。彼が何らかの魔術を行使して男の両腕を落としたのだということだけは理解できる。
「それで呼ぶの、やめてくれないかな」
先ほどまでは戦闘中だというのに穏やかな表情だった彼と、今冷酷に言葉を放った魔術師が同一人物だとは、カムルを含めたその場にいる全員が理解できなかった。
ここまでお読み下さりありがとうございます。
楽しんで頂けていれば作者冥利に尽きます。
2人が戦闘に入る。
圧倒的な力の片鱗を見せる2人、そして「剣姫」、「透魔」とは。