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言いたいことはひとつだけ  作者: 糸雫撚葉
第一章 赤い眼の少女
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第五話 人間嫌い

「遅かったですね。どこかで野垂れ死んだのかと」


 トリオーテ辺境伯邸に到着したヴィクターを待ち受けていたのは、必要以上に辛辣な言葉だった。なぜここまでカムルにきつくあたられるのか心当たりが全くない彼はとても傷つく。


「生きてて悪かったね!お詫びにこれでもあげるよ、ふん」


 ヴィクターは両手に抱えた果物の山からオーティスを一粒ちぎってカムルに投げ渡す。カムルはニコリともせずにそれを受け取り、なんとその場で咀嚼した。


「ふむ、いい品です。お前、見る目はあるんだな」


 初めて見るなりに美味しそうなものを選び抜いたつもりだったヴィクターは、その言葉を聞き得意げな表情を浮かべた。トリオーテ領で暮らすカムルがそう言うのであれば品質は相当いいのだろうから、ルーノもきっと喜んでくれるだろうとヴィクターは笑みを浮かべる。


「ありがと。あれ、ところでルーノちゃんは?サラ様もいないみたいだけど」


「二人なら先ほど貴方と入れ違いに街へ出ました。すれ違わなかったのだな、間の悪いことだ」


 本当に、なぜここまで強くあたられるのだろうか。ヴィクターに心当たりは全くない。そもそもカムルという名前が記憶にないのだ。恨みを買った記憶は無いのだから、当然強くあたられる理由には検討もつかない。


「うう、なんでそんなに辛辣なの?僕、君に何かした?したなら謝るからさ」


 我慢できなくなったヴィクターはカムルへ涙声で抗議した。するとカムルは何か考えるように目を伏せ、数秒後に口を開く。そのわずかな間は、初めて見る彼の人間らしさだった。


「失礼いたしました。私、人間が嫌いなもので。別にお前が何かしたわけではない」


 その声は相変わらず無愛想だったが、先ほどまでと比べると少しだけ感情のようなものが見て取れた。だが、その感情が決して明るいものではないということをヴィクターは何となく察する。


「君も人間なのに?……いや、ごめん。色々あるよね」


 それは当然の疑問だった。だが、ここはトリオーテ領。獣人と人間が共存する唯一の場所である。その事を考えれば自分の言葉は少し軽率だったとヴィクターは反省し、謝罪の言葉を口にした。


「不快にさせたのは事実、私も悪かったです。お詫びに話しましょう。私は幼い頃、闇ギルドの人間に両親を殺されました。理由は知りませんし、別に今更興味もありません。ただ、一人生き残った私は人間の悪意、ひいては人間へ憎悪を向けていました。人間社会で生きることすら嫌い、放浪していた」


 意外なことにカムルも頭を下げ、自分の事情を話し始めてくれた。予想外の行動に面食らいつつも、ヴィクターは彼の話へ耳を傾ける。


「そんな私を拾って育ててくれたのが獣人なのです。彼らは種族の隔たりなく、何もかもに噛み付く狂犬のような私に愛情を注いでくれました」


 初めて最後まで丁寧な口調を崩さずにカムルは言葉を終えた。それだけ彼にとって獣人という存在、そしてこの記憶は大きなものなのだろう。だが、今この瞬間は少し穏やかになっていた彼の表情はすぐにいつもの無愛想なものに戻ってしまった。それどころか怒りすら滲んでいるように見える。


「ですが、私の新しい家族は再び奪われました。あの夜、またしても人間の悪意によって」


 あの夜、というのが十四年前の惨劇を指していることは鈍いヴィクターでもさすがに察することができた。二度にわたり人間に家族を奪われたカムルの心境は計り知れない。似た境遇のある人物を脳裏に浮かべたヴィクターは、恐る恐る口を開いた。


「それでも、君は生き延びたんだね」


「はっ。生き延びてしまった、の間違いだ。家族たちはオレだけでも生きてくれと、オレを庇って逝った。その願いを無下にはできない」


 カムルは自嘲気味な笑いを漏らす。先ほどまで保たれていた丁寧な口調はもう見る影もない。今目の前にあるのが彼の飾らない本当の姿なのだとヴィクターは本能的に感じた。


「それから数年。またしても放浪していたオレの噂を聞きつけて、ノレス様がなんと直々にやって来てくださった。そして今の仕事と、生きる意味を与えてくれた。今のオレがあるのはノレス様、そしてサラ様のお陰。大事な家族を今度こそ奪わせない。だからこそ、今回の付きまといは許せない」


 その声に宿るのは強い意志。ヴィクターは正直、今回の一件は内情に詳しいカムルが内通者となっているのではないかと最初は考えていたのだが、この様子だとその線は薄いだろうなと認識を改めるのだった。


「……話してくれてありがとう。事情はよく分かったよ。でもいいのかい?僕も人間なのに、そこまで話してくれて」


「なぜかお前には話してもいいと思えた。このような事は初めてだ。お前、何者だ?」


 その言葉にヴィクターはにんまりと笑みを浮かべる。両手が果物で塞がっているにもかかわらず、懐から先ほどより分厚くなったメモの束を、()()()()()()()()()()()()()()()ように取り出してカムルに渡してみせる。受け取って見れば大幅に情報が加筆されている。……大変個性的な筆跡で。


「僕はヴィクター。ただの優秀な魔術師だよ」


――――――――――――――――――――――――


「サラ様、こんにちは。今日もお綺麗ですね」


「お嬢様、ようこそおいでくださいました!いつもの果実水、冷えてますよ!」


「この匂い、やっぱりお姉ちゃんだ!ねえねえ、僕この前の学力診断で一位とったんだよ!すごいでしょ!」


 街に出たルーノたちを待ち受けていたのは、なんと歓迎の声だった。人間からも獣人からも、出会う人々全員からサラは歓迎されている。みなサラを見かけると声を抑え、好意的な言葉を向けるのだった。


「ありがとう。あなたも元気そうでなによりだわ」


「嬉しい。ちょうど喉が渇いていたのよね」


「凄いじゃない。昔はあんなに勉強嫌いだったのに」


 陰気な性格に見えたサラも、領民たちの言葉には薄く笑顔を浮かべて応えていた。信頼関係が築けているのが窺える。だが、ルーノにとって誤算だったのはそれだけではなかった。


「そこの嬢ちゃん、これやるよ!さっき旅人に好評だった果物だ!」


「そこの方も、果実水はいかが?サラ様と同じものでいいかしら」


「くんくん……。サラ様の後ろにいるお姉ちゃん、とってもいい匂い!僕のお姉ちゃんみたいだ」


 なぜか道行く人々、特に獣人がみなとてもルーノにまで好意的なのだ。サラが理由を尋ねても、みな口を揃えてなんとなくだと言う。不思議そうなサラと、何か思うところがあるのか遠くを見つめているようなルーノだった。


「どうして貴方はこんなにも獣人に好かれているの?ここのみんなは、外から来た人間にはあまり心を開かないのだけど」


 思い切ってサラが理由を訪ねてみると、ルーノは少し考える素振りを見せてから答える。いつもならすぐに返事が来るところだが少しの間があった。ルーノ自身よく分かっていないのかもしれない。


「私は獣人と接する機会が多くありました。彼らはみな第六感が優れているのか人間からの悪意に敏感で、逆に悪意を持たない者へは心を開きやすいのです。ですので、私が親獣人派だということを察しているのではないのでしょうか」


 その言葉には確かに筋は通っている。だが、領主の娘であり、直接彼らと接してきたサラもそんなことは分かっているのだ。それだけでは説明ができないほど、ルーノは歓迎()()()()()()()。違和感は消えないが、他の理由が思いつくわけでもないので、サラはいつも歩くコースを進むことにした。


「じゃあ、次はこっちよ」


 二十分ほど歩いただろうか。それまでずっと活気がある場所を歩いていたサラは突然薄暗い路地へ向かう。ルーノも特に疑問を示さずに付き従った。曲がり角を過ぎ、少し開けたところに出た二人は同時に足を止め顔を見合わせる。


「やっぱり、貴方にも聞こえていたのね」


「はい。今も近付いてきている音が。……来ます、隠れて」

ここまでお読み下さりありがとうございます。

楽しんで頂けていれば作者冥利に尽きます。


ルーノたちに迫る足音。

それは吉兆か、はたまた凶兆か。

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