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言いたいことはひとつだけ  作者: 糸雫撚葉
第一章 赤い眼の少女
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第四話 闇ギルド

「闇ギルド!?」


 傭兵組合(ギルド)の名を冠してはいるが関係がある組織というわけではない。その実態はならず者や犯罪者に仕事を紹介する機関で、そこで紹介される仕事は傭兵組合(ギルド)とは違ってどれも違法なもの、非人道的なものばかり。帝国の兵士たちが尻尾を掴もうと日夜奮闘しているが、未だに具体的な手がかりひとつ掴めていないのが現状だ。


「なんでも十四歳前後の獣人の少女ひとりにつき金貨百万出す、って依頼が入ったとか。酒場の隣のテーブルから聞こえた、出処も真偽も不明な噂だが、こんなんで満足か?」


「きっ、金貨百万だって!?そんなの十年はゆうに遊んで暮らせるじゃないか!怪しすぎるでしょ、その噂……。でもありがとう、そういう噂こそ噂好きが求めるものだよ」


 自信なさげに問うてくる店主に適当なことを言いながらヴィクターは思考を巡らせる。こういう一見でたらめな噂ほど実際は真相に近いことがある、というのが彼の経験則。火のないところに煙は立たないのだ。しかし、それにしても少女一人につき金貨百万とは思い切った数字である。依頼者はよほどの富豪か、あるいは……権力者か。馬鹿げた推測かもしれないが、背後でどこかの国が動いている可能性だって否定できない。


「満足したならよかったぜ!ところで、もう少し何か買ってくかい?」


「ああ、お願いしようかな……」


 商魂たくましい店主に対して上の空で返事をしつつも、ヴィクターは考えることをやめない。一体誰が?十四歳前後の獣人の少女を集める目的は?報酬の出処は?考えることは山積みで、思考に集中するあまりいつの間にか手元には果物の山が築かれている。それでも店主に促されるまま、半ば無意識で次なる果物に手を伸ばすのだった。その結果、ヴィクターは先日のリドット亭に引き続き大幅な出費を被ることとなる。やってしまったと頭を抱えるが、今回の依頼の報酬はかなりのもの。元は取れる、それに必要経費だと割り切り心なしか上機嫌な店主にお代を渡すのだった。


「毎度ありい!縁があったらまた来てくれよな。フェン果物店をよろしく!」


 威勢のいい声に対し、腕の筋肉がちぎれそうなヴィクターは小さく頷くことしかできなかった。非力な自分が恨めしい、得意の魔術を使って筋力を一時的に底上げしようか検討する。


魔術とは、太古の昔に失伝したとされる魔法という奇跡を人類が長い時間をかけて理論立てて再現したもの。魔術式と呼ばれる、人間の体内や自然界に存在する魔力というエネルギーに干渉する手段を用いて魔力を自分の思い描く形に変換するものだ。先人が知恵を絞って組み上げた魔術式の詠唱により、人類は魔術を行使することができる。


「……やるか」


 そんな人類の英知の結晶と言える魔術を、このような日常のどうでもいい場面で行使しようか真剣に悩むのがヴィクターという青年なのだ。魔術とは本来、才能があっても使えるようになるまで何年もかかるもので、心得のない人間は一生かかっても習得できないもの。つまりヴィクターの行為は才能の無駄遣いでしかない。


「『豪風祝福』。って、これでもまだ重いんだけど!」


 ヴィクターの腕の周りに緑色の透き通った文字列、魔術式が浮かび上がり、一際強く輝いた後に消えた。魔術の実物を初めて見た店主―フェンは感嘆の吐息を漏らす。感動のあまり、ある大切なことを見落としているのだが、魔術の心得がない彼には気づけなかった。ヴィクターも特に変わった様子もなく、先ほどまでと同じ調子でようやく返事をする。


「フェン果物店、覚えたよ!僕はヴィクター、ぜひまたお邪魔したいな。果物も情報もありがとう!へへ、ルーノちゃん喜んでくれるといいなあ」


「俺も覚えたぞ、ヴィクター!たくさん買ってくれた上に初めて見た魔術師だから忘れられねえよ。また来てくれよな!」


 手を振り見送ってくれるフェンに一礼し、ヴィクターはこの果物を一度拠点であるトリオーテ辺境伯邸に置きに戻ることを決意する。ずっと魔術を使いながら大荷物を持って行動するわけにもいかない。来た方へ振り返り、フェンも手を振り終え業務に戻ろうとした時。


「ん、待てよ?魔術師のヴィクター、それにルーノ……?その組み合わせ、どこかで聞いたような」


 フェンの頭に何かが引っかかった。しかし記憶の奥を探っている間にヴィクターの姿はもう曲がり角の向こうへと消えている。その後結局思い出すこともなく、フェンはいつもの日常に戻っていくのだった。


――――――――――――――――――――――――


 時は少し遡り、トリオーテ辺境伯邸にて。


「それでは私達も街に出ましょうか。それにしても驚きました、サラ様が街に出るのが好きだなんて」


 ルーノたちは玄関で外に出る準備をしていた。サラは季節外れの耳あてを付けており、それにより音の溢れる街でも活動できるようにしているのだろうとルーノは推測する。


「なに、私が街に出たらおかしい?はいはい、どうせ私は根暗な日陰者よ……」


 そのようなことは言ってもいないのに卑屈になるサラ。きっと何度も聞きたくもない自分への陰口や悪口、人の醜い部分が聞こえてしまったせいで下向きな思考になってしまったのだろう。自分もそうだが、たくさんの物が聞こえてしまうのは便利なだけではないのだと改めてルーノは痛感した。聞こえない方が幸せなことも世の中にはたくさんある。


「そうではありません。サラ様は高貴な身、それに今は付きまといの被害にも遭われているのですから。ご自身を大切にしなければと」


 だからこそ、自身にそのような意図はないと伝えるのが筋とルーノは判断する。たとえ一時の仕事上のつながりでしかなくても、年端も行かない少女が暗い顔をしているのは見たくない。自分の言葉がどこまで届くかは分からなかったが、気づけば口が動いていた。

 

「っ。だからこそ、よ。お父様がよく言っていたわ。民をよく知ってこその為政者だと。だから私は街に出てたくさんのものを目にしようと決めているの。付きまといなんかに屈しないわ」


 自分を悪く言わないルーノに驚いたのか、普段は半ば閉じている気だるそうな目を見開いたサラ。その反応に、ルーノは自分の言葉が少しでも彼女の心に届いたことを悟った。だがサラはすぐに動揺を隠し、気丈なままの口調で自身の根底にある大切な言葉を語る。胸を張る気品に満ちたその姿に、ルーノは彼女から人の上に立つ者の素質を感じた。


「……それに今は、あなたもいるし」


 そんな少女の口から消え入りそうな小声で付け加えられた言葉を、サラほどではないが聴力に自信のあるルーノは聞き逃さなかった。いつもの無表情を少しほころばせ、しかしそれを悟られないようにすぐに引き締める。


「感心しました。よい心がけですね、きっとサラ様は優れた為政者になるのでしょう」


 僅かに零れた少女の本音については聞こえなかったふりをしてやって、ルーノは彼女から感じたことを素直に伝えた。これにはさすがのサラも顔を真っ赤にし俯いた。血液が沸騰する音が聞こえそうなくらい一瞬で顔色が変わったのを見て、ルーノは思っているよりよほど純粋な子なんだなとサラへの認識を改める。サラは頭をぶんぶんと振り、少ししてからようやくといった様子で言葉を捻り出した。


「……ありがと。ほら、行くわよ」


 動揺が消えていないのか、頭を振りすぎてふらつくのか、わずかにたどたどしい足取りで扉へ向かい、少し乱暴な手つきでドアを開けすぐに閉めてしまった。後ろにルーノがいるにも関わらず、である。子供っぽいところもあるんだな、と心の中で語りかけ、ルーノはサラを追いかけて静かに扉を開くのだった。扉の向こうには、決してこちらを見はしないが、自分のことを律儀に待っているサラが居るのだろうと想像して。

ここまでお読み下さりありがとうございます。

楽しんで頂けていれば作者冥利に尽きます。


情報と大量の果物を手に入れたヴィクター。

一方で少女たちは交流を深める。

街に出る2人を待ち受けるものとは一体。

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