第二十話 本性
「シアル、いい馬を持ってるんだね」
一行は仮拠点を片付け、王女とギールの一味の合流予想地点まで向かう。その道中で休憩を挟んでいた時、ルーノがシアルへと声をかけた。ルーノの視線の先にはシアルが連れてきた漆黒の毛並みを持つ馬がいる。ニクスという名のその馬は、帝国内でも有数の脚を誇るディアとリスタに遅れを取らなかったばかりか、今も疲れた様子のない涼しい顔で道端の草を食べていた。
「そうか、ニクスは優秀なのか。ふふ、自分の馬を褒められるというのは嬉しいものだな」
シアルは思わずといった様子で笑みをこぼす。彼はニクスのことをかなり大切にしているようで、ルーノたちと同じように語りかけたり、撫でて労ったりしてコミュニケーションを取っていた。幼くして家族を失った彼にとって、ニクスは数少ない心の拠り所なのだろう。
「うん。優秀な上に君によく懐いてる。馬は主人をよく見るものだからね、君は心が綺麗なんだろう」
「へっ」
突然ルーノに素直な言葉で褒められたシアルは驚きのあまり素っ頓狂な声を漏らす。ヴィクターに対してはあれだけあたりが強いのだから、てっきり自分も同じように扱われるものだと思っていたからだ。例えるなら突然殴られたような気分である。
「ほ、褒めても何も出ないぞ」
「別に出そうと思ってないよ」
動揺が隠せないシアルに対してあくまで冷静な調子のルーノである。もしかして、彼女の元々の性格は意外と素直なのだろうか。ヴィクターがあまりにも長年迷惑をかけた結果、彼にだけあたりが強くなったという可能性がシアルの脳裏によぎる。べくしょん!と、ヴィクターが少し独特なくしゃみをする音が遠くから聞こえてきた。
「おーい!ルーノちゃん、こっち来て!」
くしゃみの直後、周囲を散策していたヴィクターがなにかを見つけたのか大きな声を上げる。ルーノはさっと駆け出し、シアルもそれに続いた。ヴィクターの元へ辿りつけば、そこには大規模な野営の形跡があった。恐らくは百人以上の人間がいたと思われる規模の。
「これ、ギールの一味のいた跡じゃないかな。三日前の雨に流されてないってことは昨日か一昨日、ここで野営をしたのかもしれない。ということは、きっと奴らはそう遠くないよ」
「そうだね。なら追いつけそうだ」
この跡が示すのは、現時点で少なくとも二日以内の距離にギールの一味がいるということ。まだ楽観視はできないが、決して絶望的な状況でもない。大人数であるギールの一味に比べて、三人しかいないルーノたちは身動きが取りやすい。それが距離の縮まりという形に表れている。
「ならば、更に進むのみだな」
「うん。休憩はもういい?大丈夫なら出発するよ」
ルーノの言葉に、威勢の良い声が二つ重なった。一行は道草を食べたりじゃれあったりと思い思いに過ごしていたそれぞれの馬たちに跨り、再度進み始める。その道筋は順調そのもので、その日はそれ以降特に何事も起こらないまま日が落ちるまで走り続けることができたのだった。
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「貴様の料理は本当に美味だな!この旅が終わればもう食べられないのが惜しいくらいだ」
その日の夜。一行は再び拠点を作り、ルーノが近くで釣り、ヴィクターが調理した魚を食していた。昨日同様非常に美味なヴィクターの料理にシアルは舌鼓を打つ。ヴィクターの調理の腕もさることながら、たった三十分ほどで十五匹もの魚を釣ってきたルーノの釣り人としての技術も凄まじい。そして、そのうちの十匹を食べたルーノの胃袋も。だが後者の感動は間違っても口には出せないなと、シアルは昨日のヴィクターの犠牲により学んでいた。ルーノのこちらを見つめる視線が少し冷たい気がするのはきっと気のせいだろう。
「はは、そこまで言って貰えると嬉しいなあ。そうだ、たまになら作りに行ってあげようか?」
「いいのか!願ってもないことだ」
シアルの失礼な思考はヴィクターの言葉によって中断された。幸せな未来を想像し瞳を輝かせるシアルと、賞賛された上に手放しに喜ばれて満更でもなさそうなヴィクター。そんな二人を横目に食事を終えたルーノは何か考え事をしているようで、顎のあたりに手をやっている。何事かとシアルが様子を窺っていると、ルーノはおもむろに口を開いた。
「シアル。今日の夜の見張りをお願いしたいんだけど、いいかな」
改まったルーノの態度に、何か深刻な事態でも起こったのかと危惧していたシアルはほっと胸を撫で下ろす。てっきり敵襲でも来たのかと思っていたが、それは杞憂だったようだ。今朝決意を新たにしたばかりではあるが、ようやく役に立てる時が来たことに喜びを覚え強く頷く。
「ああ!」
「いやに元気だね?」
意気揚々とした様子のシアルを見て不思議そうにするヴィクターと、相変わらず無表情なルーノ。だが態度についてそれ以上追求されることはなかった。ヴィクターは皿に乗った魚の残りに勢いよくかぶりつき、ルーノはただ黙って座っている。その様子すら絵になるなとシアルは場違いな感動を覚えた。
「なに、そんなに見て。私がどうかした?」
「な、なんでもない。少し惚けていただけだ」
ルーノに不思議そうに尋ねられシアルは慌てて目線を逸らす。少し気まずくなった空気を誤魔化すようにヴィクター以上の勢いで魚にがっついた。こんがりと焼けた皮に歯の立つパリ、という音が心地よい。魚という食材も料理人の腕次第でここまで化けるのだな、と普段は肉食なシアルは感動を覚える。
「うう、なんか妙に冷えるね。ゴーストでも近くにいるのかな?」
そんな時。ヴィクターの発した何気ない一言により、食事を楽しんでいたシアルの動きはフォークを魚に刺す寸前の体勢でピタリと止まった。俯いた彼は微動だにしなくなる。それはまるで彼の異能が暴発し、時間が止まったのかと錯覚してしまうほどに異様な光景だった。
「あれ、シアル?どうしたの、小骨でも刺さった?」
一瞬遅れてヴィクターが心配そうにシアルの顔を覗き込む。見ればシアルの顔からは完全に表情が消えており、普段脳天気なヴィクターですら心配になるほど。血色すら悪く見えた。まさか魚に毒が?自分の調理は完璧だったはずなのにと、ヴィクターが焦り始めると。
「……け」
「け?」
シアルがなにか呟く。ヴィクターに聞き取れたのはたった一音、だがそれだけで彼に尋常でない何かが起こったことが察せられた。解毒魔術の準備を始めつつ、本人に意識があるか確認しようと聞き返す。何か言おうとしても言葉が出ないような状況に陥っているのなら行動を起こさねば、と覚悟を固めたその時。シアルはばっと顔を上げた。
「うわっ!?」
シアルの予想外の行動に驚き仰け反るヴィクター。見れば彼の様子はこの短時間で激変していた。引き攣った表情の浮かんだ顔は真っ赤で、目は今にも涙がこぼれそうなほどに潤んでおり、体はガタガタと震えている。古びたからくりのように錆び付いた動きで口が開いたかと思えば、何やら不思議な音が聞こえてきた。
「ばけいやだおばけいやだおばけいやだおば」
その音がシアルの口から出ている言葉だということにヴィクターが気づくまでには少しの時間がかかった。ようやく聞き取れた言葉は半ば意味を成さないうわ言だ。ルーノとヴィクターは遅れて彼がおばけ、ゴーストに対して怯えていたのだと理解する。同時に、これまでシアルが見せていた尊大な態度ではなく、今の蛇に睨まれた蛙のような弱気な姿こそが彼の隠していた本性なのだと直感した。
ここまでお読み下さりありがとうございます。
楽しんで頂けていれば作者冥利に尽きます。




