第十九話 ボーイズトーク
お久しぶりです。
お待たせしました!本日より投稿を再開します。
またこの物語を楽しんでいただけると幸いです。
よろしくお願いします!
しばらくシアルの表情を眺めてにやけていたヴィクターだが、自身も風呂の誘惑に負けて浴槽へ飛び込む。シアルの時は水しぶきだったが今回は水柱が立った。蕩けた表情から一転、ぎょっとした顔になるシアル。
「ちょわっ!?何をする!」
「へへ、ごめん!僕も入りたくなっちゃった!」
もう少しで危うく意識が天に昇るところだったシアルは、文句を言いつつも現実に戻ってこれたことに内心少しほっとする。それだけ彼にとって浴槽の魔力はとてつもないものだった。今ですら自分の体が溶け出すような錯覚を覚える。
「で、どうだった?まあ聞くまでもないと思うけど」
「悔しいが、素晴らしい。これは虜になるな……」
ヴィクターの得意げな表情を前に拳を握りしめながらも、シアルは正直に己の負けを認める。この快楽をこれまでの人生で知らなかったというのは、ヴィクターの言う通り確かに損失だ。
「でしょでしょ?ルーノちゃんなんて多い時は一日三回入るらしいよ」
「ふっ。それは少し多いな」
浴槽の温かさにより少し気持ちがほぐれたのか、自然な笑みを浮かべてくれるシアル。これまで少し自分に対して距離を感じていたヴィクターは、これを機にシアルと仲良くなれるかもしれないとお風呂に誘った過去の自分を心の中で褒めちぎるのだった。
「でしょ?他にもね、ルーノちゃんは」
その時ドシン、と。壁から音が響いた。それは耳のいいルーノが、ヴィクターが余計なことを言いそうになったことを察知して壁を殴った音。ヴィクターはひっ、と口から情けない音を漏らし黙り込む。
「ぷっ、あはは!」
シアルはその様子を見て、堪えきれないと言ったふうに吹き出すのだった。不服に思いながらも彼の歳相応な一面を見ることができて満足な子供好きのヴィクター。自分が後で怒られるであろう事は一度棚上げすることにする。
「……この話は忘れて。そうだ、シアルの好きな物の話でもしない?僕、君のことが知りたいな」
予期せぬ邪魔が入ったため、ヴィクターは話題転換を試みる。それに対し上機嫌なシアルは、子供のような純粋な笑顔を浮かべた。自分の好きな物を聞かれて嫌な思いをする人間はいない。先ほどもこの話題を振ればよかったなと反省するのであった。
「我か?我はおとぎ話が好きだ!特に『時の英雄』の物語は、何度も姉に読み聞かせてもらったお気に入りだ」
「なんだって!?」
シアルが語ったそれは奇しくもヴィクターと共通する趣味だった。目を輝かせ、シアルへと詰め寄るヴィクター。シアルは後ずさるが浴槽はあまり広くはなく、逃げ場はなかった。目を閉じ、何かを覚悟したように頭を手で覆うシアル。
「『時の英雄』、いいよね!僕は特にあの場面が好きだな、好敵手のカイロスとの一騎討ち!クロノの時を操る反則級の能力に対抗するカイロスの策、あんなの思いつかないよ」
「何、お前も同士か!」
だがヴィクターが自分の趣味へ同意してくれたことを理解すると、臆していたシアルも勢いよく喋り始める。そこからはもう止まらなかった。
「その話もいいが、我は介抱した少年が実は敵だった、という部分が好きだ!最後に少年が改心するところはクロノの懐の深さも現れていて、姉に何度もねだって読んでもらったものだ」
「それもいい!裏切られて傷を負ってもなお少年の心配をしたクロノには感動したなあ。あんなの、僕だったらめちゃくちゃ怒っちゃいそうだよ」
二人が話しているエピソードは『時の英雄』というおとぎ話の中ではそこまで有名ではない部類のもの。即座に話が通じ合うあたり、二人ともが相当深く読み込んでいることが窺える。
「はっ!シアル、もしかして君クロノを意識してる?時を止める異能にその格好、尊大な喋り方。どれも彼みたいだ」
ヴィクターがなにかに気づいたようで突然大声をあげる。ビクリと体を震わせるシアル、その驚きは大声によるものか、それともヴィクターの言葉が図星だったからか。シアルの顔がみるみるうちに赤くなる。
「……そうだ。我はクロノのような英雄になりたい。だから彼を真似て、せめて近づけるところだけでも近づこうと思ったのだ」
数秒黙りこんだ後、観念したように照れくさそうに、だが瞳を輝かせてシアルは答える。少年の憧れを感じて、彼にも案外可愛いところがあるのだなとヴィクターの中のシアルの認識が一部更新された。自分にもそんな時期があったなと微笑ましいが少しむず痒い気持ちにもなる。ちょうど、彼くらいの年頃だった。
「いいじゃん。目指しなよ、英雄!応援するよ」
「っ。否定しないのだな、貴様は」
心底意外そうにシアルは目を見開く。おとぎ話の英雄を目指しているなど、笑いとばされても仕方ない話だと思っていたのに、応援までされるとは思ってもみなかった。喜びに思わず表情がほころびそうになるのを意志の力でぐっと堪える。鈍感なヴィクターには気づかれなかったと信じたい。
「でさ、話は戻るんだけど!」
シアルの祈りが届いたのか、ヴィクターは何も変わらない様子で話を続けてくれた。内心ほっとしながらシアルも彼の話に応じる。その後二人は再び『時の英雄』の考察や感想をぶつけあい、シアルがのぼせるという現象を人生で初めて経験するまで話し合いは終わらなかった。
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「遅い……」
浴室の外、ルーノが二人を待っていた。話が随分盛りあがっているようで、定期的に笑い声が漏れ聞こえてくる。これは長くなりそうだと紅茶を準備するルーノ。二人が浴槽に入ってからもう十五分は経過した気がした、焚き火で沸かしていたお湯で淹れた紅茶に口をつけたちょうどその時。
「風呂というものは……魔物なのだな……」
ヴィクターに肩を支えられる形で、顔を真っ赤にしたシアルが浴室から出てきた。歩く足取りはたどたどしく、のぼせてしまったことが一目で分かる。人生初めての入浴は手痛い教訓を彼に与えたようだ。
「ごめんルーノちゃん、話に夢中になって……。シアルはお風呂が初めてなんだから、ちゃんと見ておくべきだった」
ヴィクターもさすがに反省しているようで、言い訳ではなく謝罪を口にする。そのままシアルをテントまで運び、魔術で氷を錬成し布でくるんで彼の額を冷やすように置いた。ぐったりとしたシアルは、ヴィクターを潤んだ目で見つめてくる。
「我のせいで、出発が遅れる。すまないと『剣姫』にも伝えてくれ」
「君は悪くない。今は回復に務めて」
ヴィクターは次なる魔術を組み立て、シアルに穏やかな風を送る。シアルは目を閉じ、火照った体に心地よい風に身を任せた。十分ほどそうしていただろうか、シアルは体を起こし、元気になったというふうにその場で屈伸をしてみせる。
「感謝する、もう大丈夫だ。迷惑をかけた」
「よかった……。そんな、迷惑なんかじゃないよ」
自分を否定するシアルの言葉に、ヴィクターは彼の過去を想起する。辛い境遇にあったから自分を大切にすることを覚えられなかったのかもしれない。研究者への怒りを覚ながらも、眼前の少年には優しくしようと決意するヴィクターだった。
「回復したみたいで良かった。早速で悪いけど出発だ。片付けるよ」
テントの外からルーノの声が聞こえる。文句を言わず待っていてくれたことにシアルはルーノの静かな優しさを感じた。一刻も早く出発したかっただろうに、自分のことを気遣ってくれたという事実に報いなくては、と決意を新たにする。
「承知した!」
ここまでお読み下さりありがとうございます。
楽しんで頂けていれば作者冥利に尽きます。




