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言いたいことはひとつだけ  作者: 糸雫撚葉
第一章 赤い眼の少女
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第一話 怒れる少女

第一章、「赤い眼の少女」。

開幕です。

「言い訳を聞こうか」


「……」


 傭兵組合(ギルド)直営の依頼窓口と酒場を兼ねた建物、リドット亭。喧騒に包まれたそこは、まだ日が高いというのに酒を浴びるように飲む、良く言えば陽気、悪く言えば怠惰な傭兵たちで埋め尽くされている。しかしそこに、そんな明るい世界から切り取られているのかと錯覚してしまうほど重々しい空気が支配する卓があった。その卓を囲むのは特徴的な容姿の二人の男女。少女は屋内だと言うのに深紅のフードを目深に被っていて、青年は地面につきそうなほど長い若草色のローブを纏っている。


「はぁ。何か言ったら、ヴィクター?」


 フードの少女がため息を吐く。続いたのは決して大きくはないのに酒場の喧騒にかき消されない、鈴を転がしたようなアルトの声。彼女の機嫌が悪くさえなければ、誰もがその声に聞き惚れていたはずだ。だが今その声は耳にした者を震え上がらせるほどの気迫、更に言えば殺気に満ちている。


「ご、ごめんなさい」


 少女に怒りを向けられているローブの青年―ヴィクターは、彼女の気迫に呑まれている。どもりつつ、ようやくといった様子で謝罪の言葉を口にした。ボサボサの髪の向こうにかろうじて見える眼鏡の奥の、気弱そうな垂れ目の目尻が極限まで下がっている。冷や汗がポタリと床に落ちる音は、周囲の喧騒にかき消された。


「謝罪はいい。言い訳を聞こうか、と言ったよね」


 ヴィクターの怯えなどお構いなしに少女は言葉を紡ぐ。その声に含まれる怒りの成分が先ほどより増加していることを肌で感じたヴィクターは、勢いよく頭を下げた。しかし勢いがつきすぎたようで、額を机に盛大にぶつける。その衝撃で少女の側にだけ存在する食器の山が跳ねてゴツガチャン!、と盛大な音が鳴った。


「あいて!……えへ」


 照れ笑いをひとつ、だがそれがまずかった。あまりに間抜けなヴィクターに少女の怒りはついに爆発する。勢いよく立ち上がり机に手を叩きつける。ダンガチャン!、と先程より大きな音が鳴ったがそれに負けないくらい大きな怒声を少女は上げた。


「えへ、じゃない!二時間も人を待たせておいてその態度、ふざけてるの!?」


「る、ルーノちゃ」


「何!?」


 少女―ルーノはヴィクターの言葉を遮って詰め寄る。今にも首元に掴みかからんばかりの勢いだ。大きな物音、声に酒場の喧騒も一時止み、客は皆ルーノたちのテーブルに視線をやっている。だがルーノの怒りは頂点に達しているようで、自分が注目の的になっていることを気にも留めない。


「十一時に集合、ご飯食べたら出発って言ったよね。それがどう?もう一時過ぎだけど!」


 詰め寄られたヴィクターはたじたじになり、ただ頷く事しかできない。そんな彼の情けない姿を前にルーノの怒りは収まることを知らず、勢いそのまま言葉を続ける。


「一昨日、別れる前に念を押したよね?なのに一体何してたの?まあ大方、読書に夢中になってたら夜が更けてたとかそんなとこだろうけど」


「はひっ」


 図星だったようで、ヴィクターの喉から奇妙な音が鳴った。一時は静けさに包まれていた酒場もいつの間にか元の活気を取り戻しているというのに、その小さな音を聞き逃さなかったルーノは呆れ果てたように大きなため息を吐く。ヴィクターの肩がびくり、と動いた。


「赤子の方がまだ学習するよ。遅刻、これで何回目だっけ?」


 容赦のない厳しい言葉がヴィクターを襲う。しかしその言葉はもっともで、彼が遅刻した数は十や二十どころの騒ぎではない。百を超えたあたりでルーノは数えるのを止めた。


「五百十二回目、です」


「はっ」


 謎の記憶力を発揮するヴィクターと、怒りを通り越して呆れ果てたのか乾いた笑いが出てしまうルーノ。もはや馬鹿らしくなったのか、ヴィクターの元から離れ席に戻る。深呼吸をひとつし、ゆっくり木製の簡素な椅子に腰を下ろした。キィ、と軽い音が鳴る。


「もはや私が慣れるべきなのかなって思う時もあるよ」


 これ以上怒るのは時間と労力の無駄だと判断したようで、目の前のカップに三割ほど残っていた紅茶を一気に飲み干し一息つく。カップをゆっくりと置き、テーブルの上で手を組んだ。白くしなやかな指が絡み合うその様は、今まさに問い詰められているヴィクターですら息を飲むほど美しく、思わず見とれてしまう。


「さて。集合時間は忘れても、依頼内容まではさすがに忘れてないよね?」


 鋭い眼光に射抜かれたヴィクターは慌ててルーノの手から目を逸らして、ぶんぶんと音が聞こえそうなくらい激しく頷く。その顔には明確に怯えの感情が見て取れた。五百回以上の遅刻を経てもなお、怒られることは毎回恐ろしいらしい。


「も、もちろんだよ!トリオーテ家の令嬢、サラの護衛とトリオーテ領の調査だよね!」


 三日前、帝国の果てを統治するトリオーテ辺境伯から傭兵組合(ギルド)に依頼が舞い込んだ。その内容はヴィクターが口にした通りのもの。依頼ボードには簡潔な文章でこのように記された紙が貼られていた。


『我が娘のサラが最近付きまといの被害を訴えている。また、時を同じくしてトリオーテ領内でも不可解なことが起き始めた。サラの護衛、そして原因究明を依頼したい』


 紙に記された報酬は、依頼主が有力な貴族なこともあってかなりの額。傭兵たちは皆色めき立ったが、依頼文と同一人物が書いたとは思えないほど細かい、数十にわたる条件を満たせずに退散していった。例えば女性を含むパーティであること。例えば二十歳前後であること。例えば獣人の奴隷を連れていないこと。人によってはあまりの長さに目を通すことすらせず、別の依頼に流れたほどである。だがルーノたちは奇跡的に全ての条件を満たして依頼を受けたのだった。


「さすがに覚えてたみたいで安心したよ。じゃあ次、場所と日時は?」


「トリオーテ辺境伯邸に明日の十五時、だね……」


 一時間前には到着できるようスケジュールを組んだのだが、自分が二時間遅刻したため間に合うか不確実になってしまっている。今更その事に気付いたようでヴィクターは俯き声は尻すぼみになった。もし依頼に間に合わないとなると、傭兵としての今後に関わる。最悪の場合、注意喚起を出され今後依頼を受けにくくなってしまうことも。特に今回の依頼主は細かい条件を出すあたり、非常に気難しそうだから尚更心配だ。


「その通り。余裕は無いけど、ディアとリスタなら間に合わせてくれると信じよう」


「間に合う、の?」


 ルーノのその言葉にヴィクターは頭を上げた。表情が目に見えて明るくなっており、現金なやつだとルーノは何度目か分からない呆れを覚える。


「君の昼食の時間を省けば、ね」


「そ、そんな」


 ルーノから告げられた事実に、先ほど怒られていた時よりも顔色が悪くなるヴィクター。次の瞬間ぐぎゅう、と情けない音がヴィクターの腹部から響く。それをルーノは蔑んだ目で見ていた。


「自業自得。さあ、行くよ」


 そう言って席を立ち、スタスタと出口の方へ歩いていくルーノ。伝票は当然のようにテーブルに置かれたままだ。彼が遅刻する度会計を持つというのが二人の間の暗黙の了解。ヴィクターも特に文句を言わず伝票を手に取る。


「うげぇっ」


 伝票に記された数字を見て汚い声を出すヴィクター。机に積まれていた食器も十分な数だったが、それでもこの額にはならない。二時間の間にルーノはどれだけ飲み食いしたのだろう。しかしこれも迷惑料だと思い、懐からくたびれた財布を取り出し、泣く泣くなけなしの金貨を支払うのだった。

ここまでお読み下さりありがとうございます。

楽しんで頂けていれば作者冥利に尽きます。


初めまして!

この度小説を投稿させていただきました、糸雫撚葉(しずく よるは)といいます。

現在進行形で緊張で手が震えております。

この作品は、画面の向こうのあなた様を楽しませることが出来ているでしょうか?

できていれば……。いや、できていると信じます。


これからワクワクする冒険譚を紡いでいきます。

少年少女は困難にぶつかり、苦悩し、成長し、乗り越える。その過程が美しいのです。

目指すは王道ど真ん中。

これからよろしくお願いします。


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