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言いたいことはひとつだけ  作者: 糸雫撚葉
第二章 双姫邂逅
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第十三話 食卓

「遅いよ、ルーノちゃん!お腹すい……って、それ誰!?いてて……」


 拠点に戻るとヴィクターは調理器具の用意を済ませて本を読んでいた。ルーノに文句を言う最中隣に見なれない人影があることに気づき椅子から転げ落ちる。ドシャン、と大きな音が鳴った。ルーノはうんざりした顔をし、シアルは見慣れないものを見る目でヴィクターのことを見ている。


「後で詳しく説明するよ。今はご飯を先にしよう。そうしないと君は話に集中できないでしょ」


「はーい。牛ありがとう、今日はどう料理しようかなあ」


 なんとヴィクターはルーノの言葉を受けいれ、シアルの存在にこれ以上言及することなく料理に向かった。よほど相棒の言葉に信頼を置いているのか、それとも無頓着なのか。どちらも有り得るな、とシアルは思う。彼の中でのヴィクターへの印象は、このわずかな時間で凄腕の傭兵からマイペースな青年に塗り変わろうとしていた。


――――――――――――――――――――――――


「はふほほ。ほへへふへへひはんはへ」


「飲み込んでから喋ってくれない?」


 ヴィクターが調理したステーキの置かれたテーブルを囲み、三人は情報の共有を行っていた。三人の前には、ステーキの断面から流れた脂が染みた皿がそれぞれ置かれている。程よい赤みが断面から覗く、絶妙な火加減で焼かれたステーキからはスパイスの美味しそうな香りが漂っていた。ヴィクターはルーノたちが出会った時のことを喋っているというのに一人で先にステーキをがっついており、そんな姿に慣れたルーノはともかくシアルからは軽蔑の眼差しを向けられている。


「んくっ。なるほど、それで連れてきたんだね。これからの旅にも同行させるって認識でいい?」


「そのつもり。奴隷紋があるから一応契約して、でも仲間としてこれから行動しようと思ってる」


 食事中はさすがにマフラーを解いているシアルの首元に輝く魔法陣、『奴隷紋』。触れて魔力を通せば自動的に発動し、紋章の刻まれた物と触れた者の間に絶対服従の契約が発生する。具体的には命令に従わなかったり危害を加えたりしようとすると紋から激痛が走り、最悪の場合は命を奪うこともできるものだ。また、死ぬまでその効果が解除されることは無い。


「契約はいつでもいいぞ。元よりそのつもりだからな」


「じゃあすぐしちゃおう。余計なリスクは背負いたくない、今この瞬間にでも異能を使って襲われないか不安だよ」


 ヴィクターはルーノと比べて随分慎重、あるいは臆病なようで早く契約して安心してしまいたいという気持ちが透けて見える。だが、本人からではなくルーノから又聞きした情報しか知らない彼がそうなるのは仕方のないことでもある。


「そのつもりならとっくにできる!全く、失礼な」


「ヴィクター、これから共に行動するんだから余計な溝は生みたくない。その態度は改めて」


 仕方のないことではあるのだが、疑われたシアルや彼を信じると決めたルーノからは不満の声が上がり、ヴィクターは縮こまった。口は災いの元だと自分を戒めるヴィクター。つい余計なことを言ってしまうのは彼の悪い癖だ。


「うう、分かったよ。ごめんね、シアル。ルーノちゃんの信じた君を信じるよ」


「分かればいいのだ!ふん」


 不満そうに一瞬そっぽを向いたが、さすがに目の前に置かれた肉の誘惑にそろそろ抗えなくなってきたようで、テーブルに置かれたナイフとフォークを手に取りステーキを口に運んだ。施設育ちだというのに彼のその所作は意外と様になっており、きっと姉に教えこまれたのだろうなとルーノはまだ見ぬ彼の姉へ思いを馳せる。


「っ、美味しい!」


 ステーキを一口食べたシアルは目を輝かせる。それもそのはず、ヴィクターの料理の腕は超一流。日々帝国内の有名店を渡り歩き舌を肥えさせた彼は、自分の料理にも強いこだわりを持っている。この度にも自前の調理器具一式と調味料セットを持ち込んでいるほどだ。


「へえ、見る目あるじゃん!もっと食べな、おかわりもあるよ!」


 先ほどまで疑っていた相手からだというのに賞賛に露骨に上機嫌になるヴィクター。えてして料理人というのは自分の料理を褒められると喜ぶものだ。ルーノ以外に自分の料理を振る舞う機会がなかった彼は新鮮な反応が嬉しいのだろう。


「わあ!じゃあ遠慮なく、いただきます!」


 普段の大仰なものとは違う、純粋な少年のような口調になったシアルが更なる一切れを口に運んだ。会話が一段落し、食事の時間が始まったとみて、こちらは食事中だというのにフードを被ったままのルーノも自分の前に置かれた皿に手を伸ばす。その皿はヴィクターとシアルの前に置かれたそれの二倍以上の大きさを誇っており、五枚もの肉が積まれていた。本当に食べ切れるのだろうかとシアルがまじまじと見ていると、ルーノは重ねられた五枚をナイフで一息で切り、一枚ずつ口に運び始める。


「シアル。ルーノちゃんはね、こう見えてとっても大食げふっごほっ」


 ゴスッ、と鈍い音がテーブルの下から響く。ルーノがまたしても余計なことを口にしたヴィクターの脛を蹴りつけた音であるというのはシアルにも容易に想像できた。悶絶するヴィクターと、静かな怒りに燃えるルーノである。


「ヴィクター?」


 おぞましいほどの殺気の込められた声が隣から聞こえ、向けられたヴィクターだけでなくシアルまで身震いする。今の発言はさすがに無神経だというのは、施設育ちできょうだい以外の女性と喋る機会がほとんどない彼でも理解できた。


「ずびばぜん」


「次は無いからね」


 涙声のヴィクターと淡々とステーキを食べ続けるルーノ。それを見たシアルは自分も発言には気をつけようと心に誓うのであった。


「ご馳走様。私は少し休んでくる。二人はせっかくだから何か話したら?」


 手を合わせ立ち上がるルーノ。見ればいつの間になルーノの前の大皿からは肉が消えている。もう全て食べたということか。しかしそれに触れるとヴィクターの二の舞になってしまう気がして、シアルは舌先まで出かかった言葉を飲み込む。


「お粗末さまでした。ゆっくり休んでね、お言葉に甘えて僕達は親交を深めるよ」


 ヴィクターはテントに向かうルーノに手を振り、彼女がテントに入ったことを確認するとシアルへと向き直った。その顔にはいやに真剣な表情が浮かんでおり、シアルは思わず居住まいを正す。緊張した空気が二人の間に流れる。


「片方だけの『赤眼』に時を止める異能、ねえ。ふーむ」


「な、なんだ。そんなに見てもなにも出ないぞ!」


 ヴィクターの不躾な視線に、シアルは居心地悪そうに身じろぎする。しかしそれを全く意に介さないヴィクターは、穴があくほどシアルを凝視するのだった。


「好奇心が刺激される……。異能を一度見せてくれないかな、試してみたいことがあるんだ」


「我を実験体のように扱うな!少しは気遣いというものができないのか?」


 ルーノから自分の過去を聞かされた上で今の言葉が出るのはもはや才能ですらあるとシアルは思う。褒めているわけではもちろんない。さすがのヴィクターも今のは自分が悪いと感じたようでばっと口を塞ぎ、一瞬遅れて頭を下げる。


「ごめん。今のは軽率だった……」


「うむ。今回はこの料理に免じて許してやる。もぐ。だが次はないぞ。……もぐ」


 先ほどの不機嫌そうな顔から一転、頬を膨らませ満面の笑みを浮かべているシアルを見て、ヴィクターは明日も料理を頑張ろうと心に誓う。魚など振る舞えたら良いのだが、進行方向に川はあるだろうか。


「本当に美味だ。……姉にも食べさせたい」


「いつかお姉さんを解放できたら、腕によりをかけて料理してあげるよ!生きて一緒に食べよう?」


 シアルはただでさえ笑顔なのだが、そこから更に変化したことが分かるほどにパッと顔を輝かせた。その日を想像しただけで幸せな気持ちになる。姉は滅多に見せない笑顔を見せてくれるだろうか。


「感謝する!」


 十数分後、休憩を終えテントから出てきたルーノが目にしたのはとても会話の弾んでいる様子の二人だった。三度ほど呼びかけても返事がなかったため、さすがに痺れを切らして大声をあげる。


「二人とも!聞こえないの!?」


「わっびっくりゃしちゃ!?」


 盛大に舌を噛んだヴィクターと、声こそ出さなかったものの体が少し跳ねたシアル。個性が出たなとルーノは柄にもなく感動を覚える。


「はあ、全く。いい?もう一回言うよ。契約をしよう、シアル」


「承知した。……まさか、またこれに縛られる日がくるとはな。しかも、自ら望んでとは」


 シアルが首筋に手を当てて感慨深そうに呟く。一度は開放された辛い過去に再度自分から飛び込むのはとても勇気がいる事だろうと、ヴィクターは彼に尊敬の念を感じた。


「さあ、契約だ。だけどその前に、今度は私の話をしよう」

ここまでお読み下さりありがとうございます。

楽しんで頂けていれば作者冥利に尽きます。



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